168 同年代プレイヤーとの交流
大通り沿いにあるお店の軒先の下、何もなくなってしまったその場所に向かって、ボクはただぼんやりと立ち尽くしていた。
さっきまで開かれていたはずの露店は、その一切の気配すら残さずに消えてしまっている。
足元に寄り掛かるようにしている二体の人形と、掌に置かれた二個の宝石のようなものがなければ、ボク自身、夢か幻だったのではないかと錯覚してしまいそうだ。
しかし、残されたログには露天商のお姉さんとのやり取りがしっかりと残されており、あの出来事が確かに有ったことだと証明してくれていたのだった。
代金として金貨二枚をひったくると同時にこの宝石のような何かを押し付けたケイミーさんは、「ああっと、いけない!リアルで用事があったのを忘れていたわ!急いでログアウトしなくちゃー!」と、なんともわざとらしい台詞を叫びながら、その姿を露店ごと消してしまっていた。
そしてボクの方はと言うと、まさか『異次元都市メイション』に到着したその日の内に、まさか押し付け売りをされてしまうとは夢にも思っていなかったということもあって、それをただ見送るしかできなかったのだった。
「君、大丈夫かい?何かあった?」
ふと、背後から声を掛けられる。
その事でようやく我に返ったボクは慌てて振り返った。
そこに居たのは数名の男女で、男性陣の方は近接型の<ファイター>なのだろうか、結構見た目からしてごつい鎧を身に着けている。
その一方で、女性陣は身軽そうな部分鎧の人やボクと同じようなローブ姿の人と、衣装のバリエーションが豊富だった。
「さっきから見ていたんだけど、ずっと立ったままでいるからどうしたのかなと思って」
「あ、ごめんなさい!邪魔になってましたよね」
よくよく考えればここは天下の往来なのだ。いくら端の方とはいえ周囲の様子も気にせずに突っ立ったままでいれば、行き来する人たちの邪魔になってしまっていただろう。
そう思う反面、あのやり取りを見られていた訳ではないのだと分かり、少しだけホッとする。
「そういう訳じゃないんだが……。何となく深刻そうな顔をしているような気がしてな。勘違いならすまなかった」
「いえいえいえ!こちらこそ、余計な心配をさせてしまってごめんなさい」
男性の一人からぺこりと頭を下げられて逆に恐縮してしまう。どうやら、本当にお節介で声をかけてくれたようだ。
「驚かせてごめんねー。この人、リアルで先生をしててさ。そのせいか困っているっぽい人を見ると放っておけないだよねー。ちなみに、私ら全員生徒」
「そうそう。まあ、ほとんどの人は本当に困っているんだけど、たまにそうじゃない人もいてさ。「どこの誰かも知らないやつが首を突っ込んでくるな!」とか怒鳴られたこともあったよなあ。巻き込まれる俺たちとしては、もうちょっと自重してもらいたいんだけど」
「あー、そう言えばそんなこともあったあった!今から思い出してみると、あのおっさん、アバターからしていかにも短気ですぐに怒り出しそうな顔してたな」
「言えてる言えてる」
ぺちゃくちゃと喋り出した仲間数名に対して、先生だと言われた最初に声をかけてきた男性は「こいつらは……」と呟きながら何かを堪えるように額を片手で揉み解していた。
あー、まず間違いなくこれはお説教コースだろうね。心配してわざわざ声を掛けてくれた人たちを悪くは言いたくはないけれど、彼らは自分たちのことを喋り過ぎている。
しかも先生に関しては本人に無断でというおまけ付きだ。個人情報の管理や危機管理ができていないと指摘されても仕方がない状況だった。
彼らはただ先生と生徒の関係であることを口にしただけで、そこまでの事を問うのは厳し過ぎるという意見もあるかもしれない。
でも、甘い、甘過ぎなのです。
それというのもリアルの方での規制が厳しくなった影響からか、若者をターゲットとした怪しい勧誘を行う場としてネット上やフルダイブ型のVRゲームなどが目を付けられるようになっているからだ。
例えば、先ほどの彼らが自白してしまった事実とその会話の様子から、先生以外のプレイヤーたちは全員ボクと同じくらいの年代であるミドルエイジではないかと推測していた。
ド素人のボクですらそのくらいのことが分かるのだ。人生経験が豊富な人や、その手の筋の仕事をしている人であれば、もっと簡単により多くのことが予測できてしまうに違いない。
要するに喋り過ぎ。情報管理の点から見ても、沈黙は金なのですよ。
いや、根本的には人数が多いこと、気心の知れた者同士で集まっていることによる気持ちの緩みが原因かな。まあ、それに関してはこの後で先生さんがしっかりと教授してくれるでしょう。
「ええと、ボクの方は本当に何でもありませんから、仲間の人たちの方を優先してあげてください」
「こちらから声をかけたというのに、かえって気を遣わせてしまってすまない」
「いえ。お陰で落ち着くことができたことも確かですから。ありがとうございました」
「そうか。役に立てたのであれば良かった。……こいつらはこんな調子だが、悪いやつらではないんだ。もしまた会ったら、挨拶くらいはしてやってくれると嬉しい」
「はい。そのくらいであれば」
こうやって知り合ったのだから挨拶くらいはする間柄となっても良いと思う。
まあ、逆に言えばそれ以上となると確約はできないということになるけれど。
未だ握りしめたままになっていた宝石らしきものと、足元の二体の人形をアイテムボックスに仕舞う。そのことで、改めてあの取引が有効なのだということが理解できてしまった。
「お前ら、最後くらいはきちんとしろ」
先生さんに言われて、話し込んでいた残りのプレイヤーたちが慌ててボクの方を向く。ちょっと微笑ましいものを感じるね。
「心配してくれてありがとうございました。またこの街のどこかで会った時はよろしくお願いします」
ニッコリを笑いかけると、なぜか先生さん以外は硬直してしまう。
どうしたものかと視線で問いかけると先生さんは小さく頷いてくれた。
「えっと、それじゃあ、ボクはこれで」
「ああ。また」
最後に短く挨拶を交わして一行と別れる。ふはー、緊張した。
よくよく考えてみると、ゲーム内で同年代のプレイヤーと直接話すのは初めての事だったんだよね。変に思われていなければ良いのだけれど。
そんなことを考えながら、たくさんのプレイヤーが行き交う道を少し速足で通り抜けるのだった。