147 街道を行く
さて、ここでもう少し今の状況について説明しておこう。
時間軸的には『毒蝮』と彼に呼び寄せられた連中を捕らえてから数日後ということになる。この数日の間には実に色々なことが起こっていた。
まず一番大きな出来事といえば、間違いなくこれになるだろう。クンビーラの守護竜となるために『竜の里』へと向かっていたブラックドラゴンが、諸々の手続きと説得を終えてようやく帰って来たのだ。
そして『毒蝮』たちは捕らえていたものの、別ルートからの横槍や邪魔が入る可能性が無きにしも非ずということで、すぐさま公主様たちとの顔合わせが行われることになった。
前々から言われていたように、守護竜化の立役者扱いのボクもそこに同席することになり……。
うん。まあ、堅苦しい挨拶や難しい契約についての話し合いが行われる中で居眠りせずにいられたのは我ながらよく頑張ったと思うね。
その後、かねてからの計画通りブラックドラゴンの守護竜化を記念した式典を大々的に行われることになると正式に発表された。そして周辺各国の目がクンビーラに集中しているのを良いことに、ボクたちは『ファーム』なるアイテムを購入、並びにちょっかいを出してきた『闘技場主』の様子を探るために、こうしてこっそりとヴァジュラへと向かっているのだった。
いつもの面々と一緒でないのは、ミルファの公主の従姉妹であり宰相の娘、さらにはコムステア侯爵嫡男の婚約者であるという公式の身分を鑑みての結果だ。さすがにそんな重要人物が姿を見せなければ、色々と邪推しようとする輩が内からも外からも出てくるらしい。
まったく、足の引っ張り合いをしたいのであれば、ボクとは一切関係のないところでやって欲しいものだよね。
一方のネイトはというと、クンビーラに到着したばかりなのにボクたちと一緒になって諸々の事件に巻き込まれたので、この際のんびりと休暇を取ってもらうことになったのだった。
「それにしても、おじいちゃんやゾイさんが同行してくれたのはちょっぴり予想外だったかも」
片や一等級の超有名冒険者で、片や等級こそ少し劣るものの実力的には伯仲しているのではと噂されている実力派魔法使いだ。まあ、その噂を流している元凶は某支部長だったりするのだけれど。
「提示された金額も悪くなかったし、何よりクンビーラ公主家からの正式な依頼だったからな」
外聞的にはそうであっても内容自体はボクの護衛ということになるのだから、はっきり言って役不足にもほどがあると思う。
ちなみに、サイティーさんも若手冒険者の中ではトップクラスの実力だと喧伝されていたりします。実際に彼女の年齢で四等級まで上り詰めているのはNPCとしてはかなり珍しいことであるらしいのだけど、某支部長さんはクンビーラ支部を各地の『冒険者協会』に売り込む絶好の機会と捉えているようだ。
ただ、その裏にはボクたち『エッグヘルム』が悪目立ちしないようにという配慮が見え隠れしているんだよね。そのためボクからすると、「ご迷惑をおかけしております」と言うより他ないのでした。
カッポカッポと軽快な蹄の音を残しながら馬車と馬が街道を進んでいく。
コムステア侯爵が治める東の町までは人の足で大体一日ほどの距離にあるそうで、馬であればのんびりペースでも半日ほどで到着できると聞いている。朝方にクンビーラを出発して現在時間は昼下がりだから、そろそろ見えてくる頃合いかもしれない。
「……暇だね」
警戒ついでにキョロキョロと辺りを見回してみていたが、一向に変化が見られない。
「一連の出来事のせいでかなり頻繁に騎士団が見回りをしていたからな。街道周辺の魔物はほぼ掃討されてしまっているのかもしれん」
騎士団の人たちも頑張っていたらしく、おじいちゃんによると今のクンビーラの領域内は大陸でも有数の安全地帯となっているかもしれない、とのことだった。
うーん……。平和なのは良いことだ、と頭では分かっていても、こう何も起こらないと退屈になってきてしまうかも。
「リュカリュカ、気を抜き過ぎるのは良くないぞい。こういう時には稀にとんでもない魔物と遭遇することがあるんだぞい」
と、いきなりゾイさんがフラグを建てるようなことを言い始める。
「空白地域への進出か……。だが、この近くにそんな危険な魔物が潜んでいたか?」
「どんなに用心していたつもりでも、気が付かない間に凶悪に成長していることがあるのが魔物の恐ろしいところだぞい。あり得ないと断定してしまっていると、思わぬ落とし穴にはまってしまうかもしれないぞい」
ゾイさんの返しにおじいちゃんは「むむむ……」と唸りながら考え込んでしまった。
「あのー、ゾイさん、その空白地域への進出ってなに?」
「ああ、リュカリュカにはまだ経験がなかったぞいな。簡単に言うと強い魔物が支配地域を広げようとすることだぞい。生息している他の魔物を倒すのではなく、今の街道周辺のように他の誰かが魔物を掃討した場所を狙うのが特徴だぞい」
「それってちょっとズルくないですか?」
「ほっほっほ。まあ、言いたいことは分かるぞい。じゃが、それもこれも戦略の内だともいえるぞいな。それに、そうしたことに頭が回るだけあって、空白地域に進出してくる魔物は一筋縄ではいかないものが多いんだぞい」
つまり、滅多に起こることではないけれど、発生した場合はかなり面倒なことになってしまう、と。あのおじいちゃんがあれだけ考え込むのだから、それに応じた凶悪な魔物が登場すると思っておいた方が良さそうかも。
そんな突拍子もないことが起きてしまうと困ってしまうのだけどなあ……。
あれ?よくよく思い返してみると、ボクの周りって結構そんな突拍子もないことが頻出しているような気がしないでもない?
「ひうっ!?」
そんな余計なことを思い浮かべてしまったのが悪かったのか。〔警戒〕技能に何かが引っかかったらしく、ふいにゾワリとした悪寒が背筋に走ったのだ。
同時におじいちゃんとゾイさんのまとう空気がピリっと引き締まり、うちの子たちも飛び上がるようにして眠りから覚醒していた。
「やれやれ。まさか本当に遭遇してしまうとはな。ゾイの爺が余計なことを言ったせいじゃないのか?」
「はんっ!そんなことで魔物と遭遇するなら、珍種の魔物を狩り回っているわい」
軽口の応酬をしながらも、二人は緊張感を解くことなく周囲を見回し続けている。
その様子に、嫌が応にも戦いの予感が強くなっていくのだった。




