146 東に向かって
夏休み。それは学生にとって束の間の楽園。有り余る時間を望みのことに注ぎ込むことができる素晴らしい一時。
が、同時に大量の宿題や課題と対峙しなければならない試練の時でもある。
あの深夜の大捕り物行った頃、リアルでのボクもまた夏休みへと突入していた。しかしながら「学生諸君がふしだらな生活を送ることがないように」との先生方の恩情によって、先に述べた例にもれず大量の宿題に課題を抱え込むことになってしまっていたのだった。
この時ばかりは特進クラスを選んでしまった数か月前の迂闊な自分を呪いたくなってしまったよ。
ところがどっこい、別のクラスの中学時代からの友人たちから話を聞いてみると、ボクたちに勝るとも劣らない量のプレゼントを頂いていたらしく、結局うちの学校全体が長期休暇中の宿題や課題が多い傾向にあるという全くもって嬉しくない事実が判明したのだった。
それでも『お気楽帰宅部』なボクはまだ良い方で、部活で青春している人たちはそちらの活動と出された課題をこなすだけで毎日が終わっていくような状況であるそうだ。
「どこにも出かける暇もなければ、遊ぶ暇もない!」
というのは運動部所属でクラスメイトの雪っちゃんの談だ。かくいう彼女は県大会序盤で早々に敗退したために抜けた三年生の後釜を巡って、部活仲間と熾烈なレギュラー争いを繰り広げている最中である。
……まあ、誰も彼も実力が似通っていたために「レギュラー争奪じゃんけん大会」だったと後から聞かされて、「うおいっ!?」と盛大に突っ込むことになるのだけれど、ね。
ともかく、「平日は普段通りの生活リズムを崩さないように」という家族からのお達しもあって、せっかくの夏休みなのに自室の机に噛り付いて宿題を終わらせているボクなのでした。
「はふう……。ゲームしたい」
伸びをした拍子に口から零れ落ちた言葉の意味にハッと意識が引き戻される。
慌てて周囲を見回して、見慣れた自分の部屋の風景が広がるだけだったことに安堵しながら、コツンと自分の頭を軽く叩く。
まったくもって不用心にもほどがある。下手な人に聞かれてしまえば、ただでさえ少ない自由時間が激減してしまうところだった。
しかもこの台詞、休憩する度に口をついていたのだ。
「はあ……。まさかここまでのめり込むことになるとはね。我が事ながら重症だわ」
もしも里っちゃんに知られてしまったなら、とてつもなく良い笑顔で「うえるかーむ♪」と言ってくれることだろう。
彼女と共通の話題ができることそれ自体はボクにとってもウェルカムだけど、元はと言えば彼女から勧められたものだったということもあって、ものの見事に掌でコロコロされたような気がしてしまうのだった。
そんな風にどことなく釈然としないまま数日が過ぎ、ようやくやって来ました待望の土曜日!
ログインしたボクを待ち構えていたのは見渡す限りの青空だった。
「知らないお空だ」
定番台詞をもじって使ってみたけれど、様にならないことこの上ない。やっちまった感満載です。
「起きたと思ったらいきなり何を言っているんだ、お前は」
案の定というか横から突っ込みを入れてきたのはいつもの面子、ではなく<オールレンジ>のディランこと、おじいちゃんだった。おや?普通は紹介の仕方が逆かな?まあ、いいか。
「ここしばらくの間の疲れがたまっているのかもしれないぞい。東の町に着くまでなら大した魔物はいないはずだから、のんびりとしているといいぞい」
この特徴的な語尾の喋り方はゾイさんだね。何はともあれ状況を確認するために起き上がることにした。
「よっと」
腹筋を使ってぐいんと上体を起こすと、一気に周囲の様子が視界に飛び込んでくる。
「……なんだか代わり映えのしない景色だね」
緑に覆われた平原に続く道と、所々にこんもりとした林が見えるだけ。
期待したような風光明媚な景色どころか、リアルでもなかなかお目に掛かれないほど長閑な風景だった。遠くに薄っすらと垂直にそびえ立つ『大霊山』が見えているのが唯一ファンタジーっぽいかな?
ぽかぽか陽気のお天気とも相まって、絶好のお昼寝日和といえる。実際にボクが横になっていた荷台の隅では、エッ君とリーヴが寝こけていた。
「主従っていうのは似通るものなのかねえ。お前が眠り始めた途端に、こっちの卵だけでなくそっちのリビングアーマーも動かなくなっちまいやがった」
苦笑しながら言うおじいちゃんは、馬に乗りながらボクたちの乗る荷車と並んで走っていた。並走とはいっても馬からすれば駆け足にもならない程度ののんびりしたスピードだ。おじいちゃんを乗せている分を加味しても負担にもならないだろう。
一方、ボクたちが乗っている荷台の前に陣取って御者役を務めていたのがゾイさんだった。ほとんど腕や体を動かさないその様子が熟練の技を感じさせる。
「穏やかな景色ですけど、これって今だけなんですよね?」
「その通りだぞい。東の町を超えてヴァジュラとの境に近付くと、少しばかり物騒になってしまうぞい」
スタート地点から離れるためというだけではなく、小さいながらも国同士の境となるといざこざが起こりやすいらしい。
「まあ、そこさえ越えてしまえばヴァジュラの支配地域も至って平穏なもんだがな。場所柄ちょっとばかり血の気の多い連中が多いのが玉に瑕か」
中核となる都市に闘技場なんてものがある国だからねえ。力への信奉者が多いのは仕方のない話なのかもしれない。
絡まれるのは御免だけど。
「心配しなくても<オールレンジ>だと分かっていて喧嘩を吹っ掛けてくるようなバカはそうはいないぞい」
「ゾイさんゾイさん、それって気が付かずに喧嘩を吹っ掛けるおバカちゃんならいるかもしれないってことですよね?」
「そこは知らないままでいた方が幸せだったことだぞい」
おうっふ。誰彼構わずに売り歩く商売下手がいないことを祈っておくべきかもしれない。
「それにしてもこんな時期に黒幕かもしれない相手がいる街に行こうってんだから、リュカリュカも存外ぶっ飛んでいやがるな」
「おじいちゃん、人を常識外れみたいに言わないで。それに今だからこそ行くんだよ。ブラックドラゴンがクンビーラの守護竜となったことで、ほとんどの目がそちらに注目しているはずだから」
もっと正確に言うならば、注目せざるを得ないということになるだろうか。ドラゴンの力は強大だ。あのブラックドラゴンに至っては、ブレスの一発で都市一つを丸ごと壊滅させることができるくらいの強さを持っている。そんな存在がいきなり隣人となるのだから、気になるどころの騒ぎではないと思う。
「いくらクンビーラが守護のためにしか助力を請わないと言っても、いつか自分たちへとその矛先が向くかもしれないと疑心暗鬼になる連中は後を絶たないだろう。こればっかりは相手次第じゃから、どうすることもできんな」
クンビーラを取り巻く状況について語るゾイさんの声は、酷く達観しているように聞こえた。
「という訳で、どうせ注目されているなら、その隙を突いてやろうと考えるのは当然のことなのですよ!」
暗くなりそうな雰囲気を吹き飛ばそうと、エッヘンと胸を張るボク。
「思い付くのと実際に行動するのとは大違いなんだけどな」
おじいちゃん、あんまり皮肉っぽいことばっかり言っていると、寂しい老後を送ることになっちゃうんだからね!
リュカリュカちゃんたちのステータス関係なんですが、一応、一定期間ごとに新しく作ってはいます。
……表計算ソフトで。
要望があれば掲載しようと思っていますので、活動報告の方でも、この作品の感想の方でもいいのでコメントをお願いします。