144 スキンシップ
「ふはははは!無駄だ!いかに〔強化魔法〕を高めようとも、一発や二発の攻撃では俺は沈まない!」
もはや覚悟を決めてしまったのか、『毒蝮』は避ける気配すら見せずに高笑いを続けている。
しかしミルファはそんな様子に臆することもなく、最後の一歩を踏み込んでいった。
「それなら、沈むまで攻撃を続ければ良いだけのことですわね!」
「なにっ!?」
「【マルチアタック】!」
その言葉の直後から、淀みなく流れるように止まることなく次々と攻撃が繰り出されていく。斬り突き払い突き上げ袈裟斬り払い腰……。いや、最後のは冗談だけど。
【マルチアタック】。それは基本の攻撃系技能の熟練度を最大まで上げることによって習得できる奥義的な扱いの闘技だ。
闘技並みの威力の攻撃を複数回行うことができるという単純ながら強力なもので、その性質上、回数が増えるごとに加速度的に攻撃力が上昇していくことになる。
残念ながら現状では回数を増やすための明確な条件は判明していないのだけど、技能の熟練度が関係しているのではないかというのが最も有力な説となっている。
以上の点だけでも【マルチアタック】がいかに優れているのかが分かってもらえると思う。
だけど、この闘技の真価はそこじゃない。動作の範囲がある程度固定されてしまっている他の闘技とは異なり、攻撃の動きを自由に設定できるのだ。
例えばボクが多用している――はい、そこ!「それしか使えない」とか言わない――【ピアス】だけど、これは理想的な突きの動作を再現してくれる反面、その動きを強制されるともいえる。慣れた人ほどこれには違和感を覚えるようになってくるらしく、よほどその一撃に威力を求める時以外は基本的な闘技は使わなくなっていくそうだ。
対して、【マルチアタック】の場合は自由に動きを設定することができる。
だからその動きを制御できるのであれば、自分の身長よりも刀身が長い剣を片手だけで斬りつけることもできれば、百トンハンマーを叩き付けることだってできてしまうのだ。
もちろん闘技の動きをそのまま真似ることも可能だ。闘技を連続で使用する抜け道その二がこれ、という訳。まあ、正確に言うと【マルチアタック】という闘技を使用しているだけなので、ちょっと違うのだけど。
「が……、は……」
糸が切れたように『毒蝮』が崩れ落ちる。ミルファの攻撃は宣言通り男が沈むまで続いたのだった。
時間にすればほんの数秒といったところだろう。だけどボクには、とてもとても長く感じられた。
「……これがNPCとプレイヤーの間にある、この世界での経験の差ってやつなんだね」
プレイヤーとは違って、この世界で生きてきたNPCたちはそれまでの足跡にふさわしいだけの技能熟練度を備えているのだ。
レベル十だったミルファが〔剣技〕をマスターしていたり、同じ〔警戒〕や〔気配遮断〕の技能でもネイトの方が段違いに精度が高かったりするのはそういう理由からだった。
「遠いなあ……」
これまでの付き合いから彼女が戦闘に特化した技能構成であることは分かっていた。つまりその強さは公主一族のご令嬢としての何かを犠牲としたものであり――、
「なぜかとっても生温かい視線を感じるような気がしますわ!?」
……コホン。
まあ、ともかく彼女が選択して努力し続けてきた結果なのだ。一朝一夕で成し遂げられるものじゃない。
……理解しているはずなのに、お腹の奥の方で何か言いようのないものがグルグルして気持ち悪い。
戦闘も終わっていることだし、一旦ログアウトしてきた方が良いのかもしれない。
ふと、足元に何かが触れる感触がした。近くには何も置いていなかったはずなのに思いながら下を向くと、スベスベ卵ボディが甘えるようにスリスリとボクの足へと体を擦り付けていた。
「どうしたの?甘えん坊さんになっちゃった?」
抱き上げると今度はグリグリとボクの胸へと体を擦り付け始める。いつの間にか、リーヴもボクに寄り添うように立っている。
その時になって、ようやくボクはうちの子たちが甘えているのではなく、心配しているのだと気が付くことができたのだった。
「不安にさせちゃったかな」
ほわんと胸の中に灯った暖かな思いを伝えてあげられるように、片方の腕でギュッとエッ君を抱きしめて、もう片方の手でそっとリーヴの頭を撫でていく。カッチョイイ鎧兜のリーヴだけれど、ピグミーサイズだからちょうど撫でやすい位置に頭がくるのだ。
そうやってうちの子たちとスキンシップを計っている間に、じりじりとした焦燥感はすっかり消えてなくなってしまっていたのだった。
「もう大丈夫みたいですね」
そして心配をかけてしまっていたのはうちの子たちだけではなかったようで。ネイトはそんな言葉共に安心したと言わんばかりの柔らかな微笑みを向けてくれた。
その向こうでは、ミルファが倒した『毒蝮』の身柄を騎士さんたちに引き渡しながら、時折チラチラとこちらに視線を飛ばしているのが見えた。
「ごめんね」
万感の思いをその一言に込めて告げると、ネイトはふるふると首を横に振る。
「構いませんよ。置いていかれそうな気持は、わたしにも良く分かりますから」
その微笑みは先ほどまでの物とは違って、とても寂しそうに思えた。
だからだろうか。次の瞬間には「はい」と抱き上げていたエッ君を彼女へと渡していた。ボクが一人じゃないように、あなたも一人ぼっちじゃないんだよと伝えるために。
エッ君セラピーは抜群の効果を発揮したようで、突然の展開に驚いたのも束の間、すぐにネイトのお顔はほにゃらと緩んでいったのでした。
そんな和み空間を形成するボクたちに対して、せめて自分だけでもしっかりしなくてはいけないと感じたのか、ミルファが珍しく気張ってあちらこちらへと指示を出していた、のだけれど……。
どうも気持ちが先走っているのか微妙に空回りしているもようです。周りの騎士さんや衛兵さんたちも困惑気味だ。
顔見知りになっている何人かに至っては、「お嬢を引き取って!」と顔だけで訴えかけてきている。
うん。やっぱり仲間外れはよろしくないよね。などという建前の元、「ミルファ、ミルファ」と呼び寄せて近付いてきたところをガバッと抱き着き捕獲する。
「ひやあ!?ちょ、ちょっと、いきなり何をするんですの!?」
「頑張った子にはご褒美を上げないといけないからねー」
突然抱き着かれてワタワタしているミルファを一際強くぎゅううっと抱きしめる。観念したのかすぐに力を抜いてなすがままに任せてくれたけれど、実はほんの少し不満が残っていた。
なぜなら、魔法使い用のローブ姿のボクとは違い彼女の上半身には皮鎧が装備されているため、一番柔らかな部分を堪能できなかったのだ。
「ひょわあ!?ど、どこを触ってますの!?」
「リュカリュカ……。さすがにそれはやり過ぎです」
代わりに体中をまさぐっていたら叱られてしまった。
なぜかネイトにまで。
こうして、深夜の奇襲はボクたちの圧倒的勝利で幕を下ろした。
まあ、最後はちょっと締まらなかったけれど、こういうのもボクたちらしくて良かったのかも、ね。