134 敵の正体
アンクゥワー大陸中部の『風卿』エリアを巡って百年ほど前に起きた『三国戦争』。これにより各地に点在していた当時三十を超える都市国家の内、約半分が攻め滅ぼされて廃墟となってしまったそうだ。
「あの戦争には不可解な点が多いのだが、とりあえず今はそれは置いておこう。ただ、あの戦火をなんとか潜り抜けることができた都市も、全てが大なり小なりの何かしらの損害を受けていたのだ」
クンビーラの場合、北からのアキューエリオスの進軍によって包囲されてしまったことから、特に情報網、いや諜報網がズタズタにされてしまったらしい。
「大半は捕らえられてしまい、中には別の都市国家に鞍替えした者もいたという。まあ、この点は生き残るためでもあったから、仕方のないことではあったのだがな」
突っ込んで聞くと青少年保護規制どころか成人指定ばりの残酷描写になりそう。
「戦争後は大急ぎで復興を行わなくてはならず、そうした部隊を再編する事もできなかったと聞く」
「当時の公主たちは『自由交易都市』であることをそれまで以上に前面に出すことで、商人たちの活動や流通を活発化させようとした。その裏で商人たちが持ち帰ったり持ち込んだりする情報を活用しようとした、という訳だ」
先ほど宰相さんが言っていた『表の情報網』というのは、つまり商人さんたちからもたらされる情報のことであるみたいだ。そうなると『商業組合』の職員の中にはクンビーラの息が掛かった人が紛れていると言えそうだね。
昨日の会議でのボッターさんやシュセン組合長の行動や反応を思い出す限り、彼らにすら知らされていない極秘事項な気がする。
「そういう訳で、今のクンビーラには裏の事情に通じているものは驚くほど少ない。引き入れる以上は交渉の材料にしたり、無体に切り捨てたりすることはないと約束しよう」
公主様がそう言った瞬間、エルフちゃんはボクの横から立ち上がると少し離れた場所で片膝をついて深く頭を垂れた。
「過分なお言葉、ありがとうございます。誠心誠意努めさせて頂きます」
「うむ。よろしく頼むぞ」
「期待している」
エルフちゃんの宣誓に頷きながら、激励の言葉を掛ける二人。その嬉しそうな顔には「優秀で貴重な人材、ゲッツ!」という心の声が分かりやすく現れていた。
「エルフちゃんがまともに喋った……」
「ウチかて時と場所と場合に合わせるくらいするわ!」
場の雰囲気に耐え切れなくなったボクの呟きに、すかさず突っ込んでくるエルフちゃん。うんうん。彼女はやっぱりそうじゃないとね。
「……ともかく、話しを続けよう。そう畏まられたままでは話し辛い。席に着いてくれ」
「いえ。仕えることになったからには礼を尽くさせて頂きたく思います」
「ふむ。だが、今のそなたは貴重な情報の提供者でもある。となれば、対等に近い立場としてもてなすことこそ礼儀であろう」
宰相さんの言葉に公主様も首を大きく縦に振る。こういう対応に出られること自体、二人が情報の重要性を理解している証と言えそうだ。
しかし、エルフちゃんとしては不興を買うのが怖いのか、迷ったままその場から動こうとしない。
「他の人の目がある訳でもないんだから、気にせず座っちゃえば」
「あんたは気にしなさ過ぎや!」
「いや、リュカリュカはもう少し周囲の視線に気を配るべきだろう」
「敬えなどというつもりはないが、余計な敵を増やすような真似は控えるべきだな」
さっさと話を進めてという気持ちで軽く呟いたボクの一言に、三人から一斉に反論が上がる。
「ボクだってちゃんと空気を読むくらいはしてますよ」
もしもエアリーディング能力検定なんてものがあれば、準二級は固いね。
え?微妙?気にしない気にしない。
「確かにこれまでの様子からして、場の雰囲気に合わせることができていない訳ではないのだが……」
「様々な報告を聞いていると、どうにもそうは思えなくなるのだ」
それと、昨日の会議以降の出来事諸々もあって、お二人にはフリーダムな印象を持たれてしまっているようだ。まあ、あえて空気を読まずに行動していることもあったからなあ……。
それよりもボクとしましては、その様々な報告というものの方が気に掛かるのですが?どんだけ身辺調査されるのやら……。って、よく考えたらほぼ毎日、騎士さんとか衛兵さんとかのお世話になっていたのだった。 そりゃあ報告されて当たり前だわ。
その後、すったもんだありつつエルフちゃんを同じテーブルへと着かせて、話しが再開されることになった。
「では、今回の件の依頼主とその目的を教えてもらおうか」
「はい。『毒蝮』に今回の仕事を依頼したのは『武闘都市ヴァジュラ』の支配者の片割れ、『闘技場主』の名を持つバドリクです」
ボクの記憶が確かならば、『武闘都市ヴァジュラ』はミルファの婚約者であるバルバロイさんの実家、コムステア侯爵が治める東の町のさらに先にある隣国だったはずだ。
ゲームではある意味定番の闘技場のある街で、栄えているという点では同じだけど、多くの腕自慢が集まるというクンビーラとはまた異なった特色を持っているらしい。
新しい名前の登場にちょっぴりワクワクしているボクとは対照的に、公主様たちは納得だと頷きながらも難しい顔をしていた。
「あの男であれば、ブラックドラゴンの名を聞いた途端に手に入れようと画策するであろうな」
「大方、仲違いさせて我々と争わせ、弱ったところを捕獲しようとでも考えたのでしょう」
典型的な漁夫の利作戦だね。ただし、これには大きな欠点があるけれど。
「もしも公主様たちの話の通りだとしたら、ブラックドラゴンの強さを甘く見積もり過ぎですよね」
「やはり、リュカリュカもそう思うか?」
「はい。ブレスの一発で良くて半壊、最悪の場合は街全部が更地にされちゃうかもしれないです」
「天へと伸びていったアレか……。実物を見ているからか、冗談だろうと茶化す気にもなれん」
「あの時はどこに逃げようとも無駄だという絶望感に苛まれたものだ」
ブラックドラゴン本人に相対していたボクとしては、それどころじゃなかったというのが本音だ。だから少し離れた場所にいて何の手出しもできなかった公主様たちの方が、より強い恐怖に晒されることになったようだ。
「ところで、どうしてその人はブラックドラゴンを手に入れようとしているんでしょうか?」
「なんや、そんなことも知らんのかいな。あそこの闘技場では人間同士の戦いだけやのうて、魔物同士、魔物と人間を戦わせることもあるんや。そやから集客の目玉になりそうな強い魔物なら、喉から手が出るほど欲しがっとるっちゅう訳や」
ふとした疑問に答えてくれたのは、隣に座っていたエルフちゃんだった。なる程、そういう理屈か。でも強い魔物となると、それだけ捕まえるのが大変そうな気もする。
……うん?ちょっと待て、ボク。
今、何を考えた?