132 決意の午後
ボクの寝返り工作によって、エルフちゃんがこちら側に付いてくれることになりました。
「どのみちこのまま事が進んだとしても、味を占めたあいつが同じことを繰り返してくるのは目に見えとる。そんなら、一発思いっきりやり返せる方を選ぶんのもアリやろ」
なんて言うところを見ると、踏ん切りをつけるための最期の一押しを求めていたのかもしれない、などと思ってみたりして。
「それなら善は急げ。急いでお城の公主様たちにも知らせておかないとね」
「城に?誰か使いを出すっちゅうこと?」
「ノンノン。こんな大事なことは直接伝えないと」
公主様から貰った陶製の通行許可証があるから、お城に入るのは楽勝のはず。
問題はボク一人で出歩くことができないということかしらん。エルフちゃんが腕利きなのはボクしか知らないことだから、彼女が同行すると言ってもミシェルさんたちは聞き入れてはくれないだろう。
「そうすると……。ギルウッドさん、急ぎの用ができたからお城に行きたいんですけど、騎士団の誰かに護衛をお願いすることってできますかね?」
「ふむ。今の時間だと夜番の連中も出てきている頃だから人手はあるだろう。そろそろ巡回の時間だから、そいつと一緒に行けばいい」
「了解です」
では、巡回の騎士さんが来るまでのんびり待つとしましょうか。
「あの料理長、なんや随分と騎士団と親しげやけど、常連のやつでもおるんかいな?」
「常連も何もギルウッドさんは元騎士団長だから、騎士団の人たちに顔が利くんだよ」
教えてあげると目を丸くするエルフちゃん。
どうやら知らなかったもよう。
「あんのアホ!こんな大事な情報まで隠しとったんかい!……決めたで!絶対あいつには一泡吹かせてやるわ!」
と、かなりお怒りなご様子だ。
彼女の話によると、ボクはあちらからすれば最重要排除対象者となるそうで、そんなボクが拠点としている場所が騎士団と深いかかわりがあることを調べていないはずがない、ということらしい。
つまり、意図的に一部を隠したまま情報を渡されていたということになる。
「そら、情報収集を怠っとったウチの落ち度がないとは言わん。せやけど、今のウチらは仲間とまではいかんでも共闘関係にはあったはずや。それを一切無視して足を引っ張るような真似しくさりおってから!」
加えてそいつはエルフちゃんがしっかり下調べしようとするのを邪魔して、すぐにお城へ潜入するように仕向けたそうだ。
もしかすると、おじさんを襲撃して荷物を奪うことを悟られないようにしたのかも。そう思い、昨日ボクたちがお城に呼ばれた元となる事件について語ったところ……、
「ウチが潜入するための隙を作るとか言うといて、本命はそっちやったっちゅうことかい」
この点も見事に騙されていたようだ。
というかあの男はボクに張り倒された後はずっと衛兵隊詰所に監禁されていたはず。つまり、エルフちゃんはお城だけでなく、たくさんの衛兵さんたちがいたはずの詰所にさえ気づかれずに侵入していたということになる。
……とんでもねえ技量の持ち主ですな。
「ぬふっ……。にゅっふっふっふっふ……」
「え?ちょ、大丈夫?」
黙り込んだかと思えば、突然怪しげな笑い声を出し始めたエルフちゃんに、色々と心配になって声を掛ける。
「ええで。そっちがそのつもりなんやったら、徹底抗戦や!信義にもとる思て黙っとこう思とったことも洗いざらい全部ぶちまけたるわ!」
お、おおう……。今のことでエルフちゃんは完全に吹っ切れてしまったみたいだ。
いや、むしろブチ切れた?自身の矜持と信念に基づいて秘密にしておこうとしていたことまでも話してくれる気になったようだ。
こちらとしては有力で確実性の高い情報が集まるということになるから、願ったり叶ったりと言えるのかも。
「こんにちは。巡回に参りました。変わったことや問題はありませんでしたか?」
エルフちゃんと話している内に巡回の時間がきたようで、宿の入り口がある方から顔を出したのは十人隊長――角なし――のグラッツさんだった。
「おや、いらっしゃい。うちの方には何も問題はないよ。ただ、リュカリュカが用があると言っていたさね」
「リュカリュカさんが?」
ボクの名前が出た瞬間、怪訝な顔をするのはいかがなものかと思うのですよ、グラッツさん。
そんなことだから彼女ができないんだよ。と、上司の千人隊長さんが漏らしてました。
「グラッツさん、お久しぶり。実はお城に行きたいので、護衛として付いて来てほしいんですよね」
「お久しぶりです。が、リュカリュカさんが城へ?あんなに嫌がっていたのに?」
あー、そう言えばグラッツさんには以前街の色々な場所に案内してもらった際に、世間話も兼ねて「その内呼ばれることになりそうだけど、お城には行きたくないー」と愚痴めいたことを言った覚えがある。その時のことをしっかりと覚えられていたようだ。
「年頃の乙女には色々とあるんです」
機密とか極秘事情とかが。
「あ、え?」
「やれやれさね。もう少し察しが良くならないと、百人隊長より上には上がれないよ」
乙女という単語に過剰反応したのか、フリーズしかけたグラッツさんにミッシェルさんが助け舟を出していた。
まあ、単に発破をかけただけとも言えそうだけど。
「そんな訳でこっちの彼女と一緒にちょっとお城まで行ってきますので、ミルファたちが帰ってきたら伝えておいてください」
「分かったさね。大丈夫だとは思うけど、何かあったらそこの唐変木を餌にしてでも逃げるんだよ」
言外にボクを心配してくれているのがはっきり分かり、しっかりと頷くことで答える。
一方でグラッツさんはというと、「と、唐変木……。餌……」とショックを受けていた。彼にはまだその辺りの言葉の裏の機微を理解しろというのは難しいみたい。
これに関しては人付き合いを通じて精進していくしか方法はない。お世話になるお礼代わりに、頑張れと小さく応援しておきましょう。
「はいはい。グラッツさん、行きますよー」
「え?いや、リュカリュカさん?お、押さないで下さい!?」
突っ立ったままのグラッツさんの背を押しながら、エルフちゃんを連れて宿の外へ向かう。
今日も青空いい天気。絶好のお散歩日和であります。
「はあ……。事情を説明しておかなくてはいけませんから、中央広場の騎士団詰所に寄ってから城に向かう、ということでよろしいですね?」
「中央広場ならどうせ道すがらだから問題ないです」
道順も決まったことだし、サクサク行きましょう。
グラッツさんを先頭に歩き始めるボクたち。するとすぐに後ろから何やら呟きが聞こえてくる。
「騎士を相手にしてもマイペースのままとか、この娘いったいどんだけやねん」
エルフちゃんや、ボクはそこまでごーいんぐまいうぇいには生きていませんぜ。