131 腕が良くても仕事があるとは限らない
「なんや話がうま過ぎて怪しさしか感じられんのやけど」
「そう?」
「そらそやろ。あんたの話の通りやとすればクンビーラの公主様のお抱え、つまりは直臣扱いになるいうことやん。ウチらみたいな一人者にはまず縁のない話や」
裏社会にも『冒険者協会』や『商業組合』のような同業者同士の組織は存在するものの、表とは違って情報を得るための場という意味合いが強く、しかも構成員に関することであっても金次第では情報として売られてしまうのだとか。
そのため冒険者がパーティーを組むように、裏社会の人たちも比較的利害関係が一致している者同士などが集まり、グループや組織を作ることが主流なのだそうだ。
「そういう連中が召し抱えられるっちゅうこともないことはない。せやけど、力量が高い国や街になると自前でしっかりと諜報部隊を育てとるんが当たり前なんや」
初期投資をするならば、個々人に当たるよりも団体さんにまとめて来てもらう方が効率が良いということかな。
一方で元々組織として完備してあるならば、いくら能力が高くともやり方等が異なる人では異物になってしまう、ということになるのだろう。
そういえば中学の時の生徒会で、急に転校になった役員の代わりとして入ってきた子がなかなか馴染めなくて里っちゃんですら苦労していた記憶がある。
一応、彼のことをフォローしておくと、緊急ということで本来なら行われるはずの生徒内選挙をすっ飛ばして役員に抜擢されるくらいに成績優秀な子ではあったのだけどね。
ちなみに、ボクがイレギュラー要員として本格的に生徒会に居座りだした原因の一つだったりもします。
「結果、あなたのようなボッチはフリーで細々とやっていくより他ない、ということか」
「ボッチ言うな。というか細々ってなんやねん。一人で活動してるから大金とかは必要ないだけや。ウチが本気でやろう思たら、『風卿』にある都市国家の一つや二つ引っ繰り返すくらいできるで」
これは確かに本当のことだと思う。何度も繰り返すようで恐縮だけど、エルフちゃんはたった一人で、しかも何のバックアップもなしにクンビーラのお城に潜入して来ていたのだ。
もしも彼女が本気であれば、昨日の時点で公主様一族は全員息絶えていたかもしれない。
もちろん、ボクたちがいた迎賓区画と公主様たちのプレイべートな空間があるエリアでは警備の度合いが大きく違っているのだろう。
きっと近衛兵や護衛技術を持つ侍従に侍女さんたちによる防御の陣が敷かれているはずだ。
ただそれでもなお、今ボクの目の前にいる彼女であれば突破しきってしまうのではないか、そんな風に感じられてならないのだった。
とはいえ、エルフちゃんの言い方がムキになった子どものようであったのもまた事実。どう返したところで嫌身にしかなりそうになかった。
そこでボクが取った対応がこちら。
「へー、ふーん。すっごいねー」
「なんやの、その微笑ましいものを見るかのような慈しみの目は!あんた、人怒らせることにかけては一級品やな!」
「一級品ってところだけ受け取っておくー」
「はーらーたーつー!!」
ついには、キーっと地団駄を踏み始めるエルフちゃん。
これこれ、まだ他にもお客さんがいるんだから、騒ぐのはよろしくないよ。
「女将さん……」
「リュカリュカの知り合いみたいだから、放っておくのが一番さね」
「いざとなれば、騎士団の連中に引き取りに来させる。それよりもうそろそろ時間だから、適当なところで上がってくれよ。今日もご苦労さん」
あれ?ミシェルさんたち、まさかの放置ですか?
え?いつの間にかボク、呆れられたり諦められたりしてる?
……いやいやいや!そんなまさか、ねえ?
……そう!きっと信頼されているんだよ!そういうことにしておきましょう!
「なんかウチ、お店の人たちに問題児の仲間扱いされてる気がするんやけど……」
脳内で自己弁護を行っていると、向かいの席からジト目が飛んでくる。
「ボクが問題児?何の冗談ですかそれ?品行方正で清廉潔白がボクの信条ですよ」
「その割に、色々と騒ぎを巻き起こしてるやん?」
「それはあっちから勝手に寄ってくるの。ボクは巻き込まれただけ」
ブラックドラゴンも冒険者協会での騒動も、男爵の屋敷の倉庫で昔の王冠とティアラを見つけたのも全部偶然!……のはず。
まあ、ゲームだからイベントらしきものが目に見えて分かりやすくするために大袈裟な展開となるようになっているのかもしれない。
何にせよ、このままでは風向きが悪いことになりそうだ。さっさと話題を変換しようっと。
「ボクのことよりも今はあなたのことだよ。言葉は悪いけど、本気でこちらに寝返るつもりがあるのなら、公主様に口利きをしてあげることくらいはできるけど?」
「…………」
問いかけると再び口をつぐむエルフちゃん。
きっと頭の中ではこれまで培ってきた彼女なりの職業倫理観や矜持と、今置かれている悪状況を引っ繰り返したいという気持ちがぶつかり合っているのだろう。
これまでにないほど難しい顔をしている。
そしてこんなに悩まなくてはいけない状況へと落とし込んだ事件の首謀者とその黒幕に対して、ボクは心の中で静かに怒りを燃やしていた。
こう真剣に何かに向き合っている人をあざ笑っているようで、無性に腹が立ったのだ。
「……あんた、ホンマ変なやつやなあ」
と、一人でムカムカしていると、呆れたような声が。
顔を上げると声音と同じく呆れた顔をしたエルフちゃんがいた。
「こんなん、どう言い繕ったところでウチの自業自得やん。それを我が事のように怒るやなんて、変なやつ以外の何者でもないで」
似非カンサイ弁を喋るエルフに変なやつって言われた……。
と冗談はさておき、真面目に考察するなら、ボクにはこちらの世界でのしがらみがないから、発想が自由になるのかもしれない。
例えばリアルでならば、エルフちゃんはスパイ的な何かになる。
うん。間違いなくそんな危なそうな人とは関わろうとはしないだろう。
「変でも何でもいいよ。で、そろそろ答えは出ましたか?」
「……何でそんなにウチのことを引き込もうとするんや?」
「あなたのような腕利きとは敵対したくないからだね。ぜひともこちらに付いて欲しいと思ってますよ」
後、こんな面白キャラを放置しておくなんてもったいないと思う。
言うと怒るだろうから秘密だけど。
「分かった。クンビーラに付くわ」
よしっ!説得成功!




