130 工作員リュカリュカちゃん
エルフちゃんの寝返り工作を行うにしても、いくつか確かめておかなくてはいけないことがある。
「ちょっとあなたの置かれている状況を確認させて欲しいんだけど、まず、お城に侵入したりボクを襲ったりしたのはそういう仕事を受けたからであって、あなた自身がクンビーラに対して恨みを持っている訳じゃない。ここまではオーケー?」
「まあ、そうやんな。ただし、こう何度も出し抜かれたあんたに対しては、ぎゃふんと言わせてやりたい気持ちがない言うたら嘘になるけどな」
ぎゃふん!
……うわー。こうきっちりオチをつけてくるというか、しっかり釘を刺してくるあたり、間違いなく本心なんだろうなあ。
「それについてはあなたの性格的なものだと考えておくよ。次。その仕事についても脅されて嫌々やっていることで、その脅しの内容はボクと脅迫者以外は知らない」
あれ?よくよく考えてみると、随分と重要な情報を漏らされているのではないでせうか?
「ちょっと、あんた!なにか悪どいこと考えとるんやないやろね?」
「ソンナコトナイヨー」
「うっわ、その片言口調がめっちゃ腹立つ!可愛い顔してとんだ腹黒陰険やな!」
「可愛い顔ってところだけ聞こえた。ありがとう」
「しかも無茶苦茶都合のいい耳してる!」
あっはっは。いやあ、この娘いい突っ込みしてくるね。
本場の人からするとステレオタイプな割に中途半端なカンサイ弁と、キャラクターの作り込みが甘く不快に感じる人もいるのかもしれない。が、ボクはそこまで気にする性質ではなく純粋に楽しめているので問題なし。
それにしても、そんな騒々しい性格で良くこれまで潜入任務とかが務まってきたね?
昨日とは随分様子が違っているし、仕事になると切り替わるタイプなのかもしれない。
「続いていくよ、三つ目。元々の仕事の発注者はかなりの大物で、その相手に秘密を知られることは避けたいと思っている」
付け加えるなら、邪魔者と判断したなら暗殺というダーティーな手段を使ってでも排除しようとする危険な思考の持ち主でもありそうだ。
「……悪いけど、その質問には答えられへん」
「それは、そういうルールだから?それともあなた自身がそうしたいから?」
「ウチの矜持の問題や。もちろん、依頼者について口を割ったらあかんっちゅう暗黙のルールもあるけど」
裏社会には裏社会なりの規則や規範があって、そこに身を置く人たちにもそれなりのプライドがある、ということなのだろう。
が、エルフちゃんには悪いけれど、これらは完全に信用に値するものとは言い難い。
今の言葉自体に嘘はないのかもしれない。しかし、彼女と同じ心持ちでいる人が果たしてどれくらいの数存在するのだろうか?
まあ、今はこの娘がそれだけ高い倫理観を持っていたと分かっただけでも良しとしようか。
「それじゃあ、もしもだよ。もしもその依頼者にあなたの素性が知られることなく、今の仕事を放棄する方法があるとすればどうする?」
「そんな都合のええ話が転がっとる訳ないやん」
「だから『もしも』の話しだってば。それで、どうする?場合によればあなたの過去を知って脅迫してきたやつだってプチっと潰しちゃうことができるかもしれないよ?」
依頼されたやつから強制的に引き込まれた下請け的な仕事とはいえ、放棄するとなると様々なペナルティが発生する可能性もあるのかもしれない。
状況次第ではそうした要素を軽減もしくは排除することができるかもしれないと匂わせてみる。
「プチて……。あんた綺麗な顔して時々とんでもなくえげつないこと言い出すな……」
ボクの説明に頬を引きつらせながら言うエルフちゃん。
え?突っ込み所はそこなの?こちらとしましては街中で狙われたあげく、パーティーメンバーのミルファを殺されかけたからね。このくらいの仕返しはして当然だと思っている。
「綺麗な顔ってところだけ聞こえたことにしておくよ」
「思いっきり全部聞こえてるやん!?」
あっはっは。やっぱりこの娘、いい突っ込みをしてくれるね。
……って、危ない。こうやって時間を稼いで煙に巻くつもりだったのかも。
「それで、答えは?」
そうはさせないと、ちょっと強引に話を進める。
「……経過がどうあれ一度受けた仕事を放り出すことはできん。過去のことはともかく、ウチがあいつの下請けになっていることは発注主にも連絡されとるはずや。ここで裏切ったりしたら命を狙われるようになってしまう」
裏社会からではなく仕事の発注者、つまりはこの事件の黒幕から命を狙われるようになってしまう、と。それほどまでに影響力が大きな相手なのか。
でも、何とかなるかもしれない。そう告げると、エルフちゃんは胡散臭そうな顔で「はあ?」と声を上げた。
「要するに向こうと同じか、それ以上の後ろ盾があれば良いってことでしょう。それなら一件当てがあるよ」
『風卿エリア』ではトップクラスの影響力を持つ権力者あの人たちならば、十分な後ろ盾になってくれるはずだ。
「まさか、そんな人がおるはずが――」
「いるよ。昨日あなたが潜入したあのお城にね」
「潜入した城って……、まさか!?」
「そそ。クンビーラの公主様」
大陸のほぼ中央に位置し、『自由交易都市』としてその名は『風卿エリア』以外の各地にも及んでいる。そんなクンビーラの支配者である公主様にたいして、居丈高に物申せる人はまずいないはずだ。
「難点としては、しばらくの間は公主様のところに仕えなくちゃいけないってことかな」
いくら重要な情報を持っていたとしても、お城に潜入して侍女さんに危害を加えたという事実に変わりはない。一方的に保護するなんてことにはならないだろうし、何よりそんな対応であれば彼女が嫌がるだろう。
そして仕える期間がどれくらいになるのかについては、あえて触れない。
ここで下手なことを言ってしまって、後から「話が違う!」なんてことになったら大変だからだ。決して責任を取りたくないだとかそういう理由ではないので念のため。
義賊として活動していた時期――本人的には黒歴史のようだけど――があるにもかかわらず、こうして生きているのだから腕が悪いということにはならないはずだ。
そしてそんな有能な人材――しかも面白い!――をあの人たちが放っておくのかといわれれば、絶対にそんなことはない訳で……。
少なくともヴェルヘルナーグ様が公主の地位にある間は仕えることになりそうな気がする。その後はエルフちゃんが次代以降の公主に絆されるかどうか、というところかな。
次期公主筆頭はハインリッヒ君か……。
ミルファがあっさり陥落していたところから、なかなかに難敵かもしれない。
頑張れ、エルフちゃん!
心を強く持つんだよ!