129 認めたくはないもの
残った料理はうちの子たちにおすそ分けするべく、アイテムボックスの中へと仕舞っておく。
そうこうしている間にお昼休みの時間が終わったのか、食堂にはぽつぽつと空席が見られるようになっていた。
残っているのは少し遅れてやって来た人や、ゆっくりと食後のお茶を楽しんでいる人たちくらいなものだ。
「やっぱり男の人たちは食べるのが早いよね」
でも、早食いって太る原因の一つだとかいう話を耳にしたことがある。
モグモグと一口当たり三十回は噛むようにしないとね。忘れがちだけど。
「いや、あんたが食べ終わるのが遅かったのは、純粋に量が多かったからやと思うわ」
「それは否定しない」
たっぷりとうどんが入った深皿に始まり、別の皿にはお肉やサラダが山のように盛られていたからね。しかも炭水化物マシマシでパンも何個か並べられていた。
ちなみに、ボクが何度か料理をさせてもらったこともあって、『猟犬のあくび亭』では少しは盛り付けに気を遣うようになっていた。
それでもまだまだなのだけど、下町の気取らない料理屋さんという風情みたくなっているので個人的には好みだったりします。
「さて、それじゃあ今度はボクの方から質問させてもらうよ。お姉さんこそ、どうしてここへ?」
「そりゃあ、何かと話題になっとるうどんを食べてみたかったからや」
「嘘だね。今ではうどんはクンビーラの街の色んなお店で提供されてる。珍しい物を食べるだけなら無理に『猟犬のあくび亭』にまでやって来る必要はないでしょ」
単独でクンビーラのお城に潜入できるほどの腕利きの彼女が、ボクと遭遇してしまう可能性に思い至らなかったとは考えられない。
つまり、その危険を冒してでも探らなくてはいけないことがあったというのが適当なところではないかと思うのだ。
まあ、案外遭遇してもやり過ごせる自信があっただけなのかもしれないけれど。
実際、美人のエルフな上に二の腕や太ももがむき出しというとんでもなく目を引いてしまいそうな格好をしているはずなのに、彼女へと大量の視線が注がれるということはなかった。
ボクだってあの時エルフちゃんが挙動不審な行動を取らなければ、彼女という存在に全くもって気が付かなかったかもしれない。
「……こっから先はウチの独り言や。質問しても答えんからそのつもりで聞いて……、って何で自分、そんなに嬉しそうな顔しとるんよ?」
「いえいえ。なんでもないのでお気になさらずに」
と返事をしながらも、ボクは自分の頬がにやけるのを止めることができなかった。
だって、独り言を装った説明だよ!
物語の中ではそれなりに良くあることだけど、これ、リアルではまずあり得ないシチュエーションだからね!興奮してしまっても仕方がないというものですよ。
「くうぅ……。こんな相手に潜入していたことを見破られた上に、正体がバレてしまうやなんて」
うん。まあ、愚痴りたくなる気持ちは分からないでもないけれど、その言い方はボクに対してそこはかとなく失礼じゃないかなと思うのですよ。
ともかく、このままでは埒があかないので、文句はグッとのみ込んで先を続けるように促す大人な対応を取る。
「今回の仕事は、ホンマやったら受けとうなかったんやけど、こっちにもちょっとした事情があってな。受けるしかなかったんよ」
「事情?」
「簡単に言うと、ウチのことを知っとるやつがこの仕事を受けた元締めだったって話や。むかーし、ほんの一時義賊の真似事をしたことがあったんやけど、どこから調べてきたんか「手え貸さんかったらそのことをバラす」言うて脅しかけてきたんよ。ホンマ若気の至りやったとはいえ、高うついてしもうたもんやわ」
苦々しげに言う彼女。エルフであっても若さゆえの過ちというものは認めがたいもののようだ。
それにしても義賊の真似事とは、この娘は予想以上に濃い経歴の持ち主なのかもしれない。
「そいつに仕事を回した相手っていうんも、結構な大物やって分かっとったから、下手に逃げて拡散されるよりはマシやと思って従う振りしとったんやけど……。まさか着いて早々、失敗した尻拭いをさせられた挙句、あんたみたいなのと出会ってしまうやなんて思ってもみんかったわ」
エルフちゃんがボクを狙ったのは、その仕事を受けた元締めがボクの暗殺というか排除に失敗してしまったから、ということらしい。
つまりミルファが死にかける原因にもなったあの襲撃者が諸悪の根源だったということのようだ。
まあ、さらに黒幕としてそいつに仕事を依頼した某大物がいるみたいだけど。
そちらについては今の段階ではどうもこうもできないので、情報として頭の片隅に置いておけば良いでしょう。
「それでまあ、向こうから渡された情報だけでは足りへんのがよう分かったから、こうやって自分の足で調査しとった言う訳やね。……まさか排除する対象にばったり会うてしもて、その相手から重要な話を聞かされることになるとは。あいつに見つかってからこっち、調子が狂うことばっかりや」
彼女の勘によると、首謀者は意図的に情報を隠しているようだ。
あいつにとってはブレードラビットを操っていたおじさんも、エルフちゃんも使い潰すための道具という扱いらしい。派手に失敗すればそれだけ自分から眼をそらせるとでも考えているのだろうか。まったくもっていい根性をしている。
そんなムカつくやつのことよりも、今は目の前のエルフちゃんのことだ。
話を聞いていた限り、今回の仕事は気が乗らないどころか、無理矢理押し付けられたようなものだ。話次第ではこちらに引き入れることだって十分可能なのではないだろうか。
質問は受け付けないなどと言っておきながら、ボクの問い掛けにきちんと答えてくれる律儀なところがあるのも高ポイントです。
それに何より、彼女のような手練れと敵対関係のままいるというのはかなり危険だ。
お城の湯浴み場では守るリーヴに対して有効打がなかったようだけど、あれだって正確にはリーヴが完全に守りに入らなくてはいけない状況に持ち込まれていたのだ。
短槍を取り出したボクと二対一になったとしても、こちらが勝てたかどうかは甘く見積もっても五分五分の確率だっただろう。
戦力面から見ても、ぜひともこちら側へ引き入れておきたいお人だ。