122 お湯に浸かると出てくるやばいやつ
侍女さんに連れられて入った湯浴み場はいわゆる西洋風な浴室で、中央に足の付いた浴槽がデンと置かれているだけのちょっぴり殺風景な部屋だった。
さすがにホテルとかのようにトイレと一体になっているなんてことはなかったのが救いかな。
当然、食堂やボクたちの泊まることになった部屋などのように不思議な照明のアイテムが備え付けられているはずもなく、壁に取り付けられたいくつかの蝋燭の火がぼんやりと部屋の中を浮かび上がらせていた。
余談だけど、不思議照明のアイテムは『魔道具』と呼ばれている物の一つで、リアルでの家電的な立ち位置となっている物だ。
燃料となるのは魔物から取れる魔石。照明の魔道具は比較的燃料の魔石の持ちも良く便利なので、クンビーラのような都市国家では一般家庭にまで普及しつつあるのだそうだ。
逆に冷蔵庫や冷暖房装置などは魔石の持ちが悪く、一部の貴族たちくらいしか所持していないのだとか。
お湯を作るのもそちら側になるようで、お風呂が広まるためにはまだまだ改善しなくちゃいけない箇所がたくさんあるようだ。
「うーん……。あまりくつろげるという空間ではないかな」
来客用の施設ということで、使用されている物自体は良いものなのだろうが、いかんせん壁から床、天井に至るまで全て石材なので冷ややかな印象を受けてしまうのだ。
せめて壁部分だけでも板材で覆っていれば、少しは雰囲気が違ったんじゃないかと思う。
……えー、大丈夫。
それ以上に気にするべき項目があることはちゃんと理解していますとも。
「あの、湯浴みをしたいのですけど」
こちらへと案内してくれた後、部屋の隅で待機していた侍女さんに遠慮がちに告げる。
「はい。ですから、着替えなどのお手伝いをさせて頂きます。何なりとお申し付けください」
当たり前のことですと言わんばかりの勢いでそんな回答が。
「そのくらいはボク一人でできますから」
「いえいえ。ご遠慮なさる必要はございません」
え?何この噛み合わなさ。
言葉のキャッチボールをしようとしていたはずなのに、痛烈なピッチャーライナーを返された気分だよ。
そんな押し売り的なお手伝いはいらないと拒否したのだけど、彼女の方もそれが仕事だの一点張りで譲ろうとしない。
最終的に手伝いはしないものの、何かあってはいけないので浴室内で待機しているということになってしまったのだった。
まさかゲーム内で人目に肌をさらす時がくるとは思わなかった……。
あれ?それ以前に装備を全て外して裸になるってことができるのかしらん?
確認してみたところ、特殊な状況下のみ限定でできるみたいです。それでも完全に裸という訳ではなく、アンダーウェア姿という扱いのようだけど。
ちなみにかなり大人しめの代物で、ビキニとかよりはよっぽど露出が少ない安心設計だった。
さてさて、色々と分かったところでお風呂です。
装備を解除するとアンダーウェア姿の美少女が出現する。スクショは……、やめておこう。里っちゃんのパーツも使用しているので、不慮の事故で外部に流出なんてことになったら洒落にならない。
それにしても一瞬の早着脱ぎなんですが、侍女さんも何も言わないね。そういうところはやはりゲームなんだな、と改めて感じる。
床の一辺には小さく溝が掘られていて排水ができるようになっていたけれど、肝心の手桶のようなものが見当たらない。仕方なく手ですくっては汚れが気になるところを洗い流していく。
あちら式では湯船にためたお湯に浸かりながら体を洗うらしいが、そこはニポン式のお風呂文化で育ってきた身としては汚れたまま湯船に浸かるというのは抵抗があるのだ。
粗方汚れが落とせたところで、いざ湯船に。
温かいお湯に足先から包まれていく感覚がたまりませんにゃあ!
……あ、やばい。変な声でそう。
「んんーー!!」
湯船に体を預けるようにしながら、ぐぐっと体を伸ばして反らす。
堅苦しい会議とかで凝り固まった身体が一斉に解れていっているような気に分になる。ああ、気持ちいい。
「ところで、あなたもブラックドラゴンがクンビーラの守護竜になるのを阻止しに来た人なのかな?」
ふいーっと息を吐き、目を閉じたままで部屋の隅にいるはずの人に尋ねてみる。
「何のことでしょう?」
本音なのか惚けているだけなのか、それすらも悟らせないような抑揚のない声は、記憶にあるはずの位置とは違った場所から聞こえてきたのだった。
「まあ、素直に答えてくれるとは思っていないけどねー。リーヴ、お願い」
言い終えた瞬間にカキンと金属同士がぶつかる甲高い音が響く。
湯浴み場だからなのか、反響してかなりやかましい。目を開けるとボクを守るようにリーヴが剣と盾を構えて立っており、その向こうに逆手で短剣を持った侍女さんが見えた。
「ちっ……!まさか、気が付かれていたなんて!一体いつから!?」
「違和感を覚えたのは、湯浴みの準備ができたとボクたちの部屋にやって来た時かな。あなたは三回しか扉を叩かなかったけれど、本当は四回ノックするんだよ」
細かいことだと思うかもしれないけれど、実はこれってお客とか外部の人の目や耳に入りやすいことなのだ。
公主のお城というクンビーラで最も権威のある場所で働いているのだから、当然そうした部分は徹底されているはずだと考えたという訳。
初歩的なミスをしていたのだと理解して険しい顔になる侍女さんカッコカリ。
「で、怪しいと確信したのはあなたの顔を見た時だよ。ここの侍女さんたちは皆、髪を結い上げている。にもかかわらずあなたは髪を下ろしたままだった。紛れ込むならその集団の真似くらいはしっかりとしておくべきだったね」
まあ、真似することのできない理由があったのだろう。
例えば、髪を結うことで耳が露出してしまうことを嫌ったとか。実際に今も彼女の耳は豊かな髪の中に隠れたままだったのだ。
「大方、内輪の人間でもあるミルファがいなくなったことで好機だと考えてしまったというところかな。あの子でなければ多少違っていてもバレないと思っちゃったんだね」
図星だったのか、悔しそうにぐっと唇をかみしめている。
捕まえられたら「くっ、殺せ!」とか言っちゃうタイプの人なんだろうか?
ノックの回数については115話で、髪型については116話で軽くだけ触れています。