12 初めての街
「せめてスープでもあれば、もう少し美味しく食べることができそうなんだけどなあ……」
「とはいえ、屋外じゃあそうそう料理を作る事もできないだろう。嬢ちゃんは冒険者になるつもりなんだろ?それなら今の内から携帯食の味に慣れておいた方が良いんじゃないか」
「次の者たち、前へ!」
解説の通り不味かった安物ビスケットについて話していると、いつの間にかボクたちの順番が回ってきていた。
「行商人のクリー・ボッターです」
おじさんは懐から身分証のような物を取り出すと、衛兵の一人に手渡していた。
「ふむ。クリー・ボッターに間違いないようだな。今日は仕入れか?」
「へい。南西のコトル村の雑貨屋が小火を出したそうで。積んでいた商品を全部置いてきたんですが、まだ足りないということで急ぎ仕入れに来たんでさあ」
「コトル村の小火のことは我々も聞いている。今のところ支援までは必要ないということだったが、状況が変わるようならまた教えてくれ」
「へい。その時は必ずお伝えしますよ」
何気ない会話だけど、その分現実味というものを強く感じられる。アザーワールド、そしてアナザーワールドね……。確かにこれは、まるで異世界に紛れ込んでしまったかのようだ。
ただ……、運営さんのネーミングセンスには一言物申したくなったけれど。
「そちらの娘は?」
「南方の田舎の出だそうで。冒険者になるためにクンビーラまで行くっていうことだったんで、護衛代わりに乗せてきたんでさあ。嬢ちゃん」
「あ、はい。護衛代わりに乗せられてきましたリュカリュカ・ミミルといいます」
「なるほど。ということはクンビーラへの通行証も持っていないか。一時滞在証を作るのに五百デナー必要だが、持っているか?」
「ええと……、あります」
言われた通り衛兵さんに銀貨五枚を支払う。
先ほどと同じようにアイテムボックスをガサゴソとしてみると、千五百デナーという表示が飛び出してきていたので、これで残る所持金は千デナーということになる。
「うむ。ではこれが一時滞在証だ。これがあれば一カ月の間はクンビーラに居ることができる。だが、町から出る時には返却してもらわねばならないぞ」
「えっと、そうなってしまった時にまたクンビーラに入るためには?」
「再び五百デナー支払って一時滞在証を購入してもらうことになる。……そういえば冒険者になると言っていたな。『冒険者協会』で交付される冒険者カードは身分証にもなるから、クンビーラを含めて大抵の町や村に出入りできるようになるぞ」
凄いね、冒険者カード!?
「それと、三日以内に一時滞在証を返却しに来たなら、手数料を引いた三百デナーを返すことができるぞ」
それは絶対に返しに来なければ!
忘れないうちにメモ帳機能に書き込んでおくことにする。
「ありがとうございます。忘れずに返しに来ますね」
にっこり笑ってそう言うと、衛兵さんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。ゴホンゴホンと咳払いもしているし、風邪かな?
「と、ともかく、ようこそ、クンビーラへ」
その言葉を合図におじさんが荷馬車を動かし始める。そして分厚い城門をくぐり街の中へと進んで行くと……、
「うわあー!!」
今度こそボクは心の底から感嘆の声を上げていた。そこには空想の中で思い描いていたものと寸分違わない美しい街並みが見渡す限り広がっていたのだ。
「わっはっは。これ以上ないってくらい完全にお上りさんだな、嬢ちゃん。まあ、気持ちは分からんでもないけどよ」
おじさんの楽しそうな声にようやく我に返る。知らず知らずのうちに荷台に立ち上がってしまっていたらしい。道理で良く見渡せた訳だ。
あちこちらから聞こえるクスクスという笑い声に愛想笑いを返してから慌てて荷台へと座り込む。
「俺はこれらからすぐに市場へと向かうつもりだが、嬢ちゃんはどうするんだ?」
城門から少し先へと進んだ噴水のある広場の端に荷馬車を停めて、おじさんがそう尋ねてきた。
「まずは冒険者協会に行って、冒険者カードを作ることですかね。で、一時滞在証を返して三百デナーを返してもらわないと!」
どのくらいの価値なのかが、まだよく分かっていないけれど、少ないよりは多い方がいいはずだし。
「そうか。冒険者協会があるのはこの大通りを真っ直ぐ進んだ中央広場沿いになるから、ここでお別れだな」
「そうなんですか?おじさんが向かう市場っていうのは?」
「この南広場の東西に広がるのが市場だ。大雑把に分けて東が食料や食い物関係で、西がその他の商品全般ってとこだな」
その昔の名残からか、穀物など保存のきく食料品のほとんどは一度クンビーラへと集まるようになっているのだとか。市場の半分が食料関係となっているのはそのためらしい。
ちなみに自由交易都市と言われるだけあって、クンビーラの南半分は商売人が牛耳っているのだそうだ。
「ここまで乗せてくれてありがとうございました。お陰で助かりました」
「なんのなんの。嬢ちゃんみたいな美人と一緒にいられたから、味気ないはずの旅が随分と楽しいものになったぜ。まあ、あの安物ビスケットは味気ないどころの話じゃなかったけどな」
「あはは。確かにあれは不味かったですね」
街の陽気な雰囲気に釣られておじさんとひとしきり笑い合う。
あ、美人云々はお世辞だとちゃんと分かっていますよ。
「それじゃあ、縁があったらまた会おうや。ああ、そうだ。商売関係で何か困ったことがあれば市場の東の端にある『商業組合』を訪ねてみるといい。クリー・ボッターの紹介だと言えば、邪険にはされないはずだ」
「分かりました。何かあった時には遠慮なく頼らせてもらいます」
「いや、ちょっとくらいは遠慮してくれていいんだぞ。……もしかして俺は今、とんでもないことを安請け合いしてしまったのか?」
おじさん、微妙に失礼ですよ。ボクだってそんなに無理難題を持ち込むつもりはないんだから。
「まあ、いいや。それじゃあ、本当にこれでさよならだ。元気でな」
「はい。おじさんもお元気で。お馬さんもね」
荷馬車を引いてくれていた馬にも一言お礼を告げると、嬉しそうにヒヒーンといななく。
そしておじさんはぐるりと噴水の周りを大回りして東の通りへと消えていった。
それじゃあ、ボクも冒険者協会とやらへ行くとしますか。
次回投稿は本日夕方18:00の予定です。