116 いざ、食堂へ
慣れないお城で一晩を明かさないといけなくなったから、せめてご飯時くらいは落ち着いていたい。部屋の外にいる侍女さんにこちらへ運んでもらおうとしたところ、
「いいえ。リュカリュカ、ここは少々面倒でも食堂へ行く方が良いと思いますわ」
何とミルファに反対されてしまった。
「どうして?」
「先日のカストリア様、公主妃様にお会いした時のことを思い出してくださいまし」
公主妃様に会ったというと……。
「ミルファのお仕置きをした日のことだよね」
「そこは思い出さなくてもよろしいのですわ!」
顔を真っ赤にしながら講義してくるけれど、ボクとしてはそちらの方が重要だったので仕方がないではありませんか。
あ、あの時の可愛いミルファたちの姿はちゃんとスクリーンショットで撮影して永久保存フォルダに収めていますのでご安心を!
「コホン!わたくしのことよりもカストリア様のことですわ!帰り際、キャシー様は「今度城に来た時には、絶対に私の所にも顔を見せに来てくださいね」と言っておられたのです」
あー、うん。確かに言っていたね。
「でも、それって社交辞令でしょう?以前にもお忍びで二人が『猟犬のあくび亭』にやって来たところに遭遇したことがあったけど、その時にもハインリッヒ様に紹介したいから顔を出すようにって言われたもの」
ゲーム内時間だと、あれからまだ一週間も経っていないのだよね。まあ、こちらの世界には週という単位がないのだけれど。
リアル換算だと一月近く前の話となってしまうので、なんだか懐かしい気もする。
と、そんな風にのんびりと回想しているボクとは反対に、ミルファは険しい顔をしていた。怪訝に思ってよく見てみると、少しばかり青ざめているようにも見える。
「リュカリュカ……。ハインリッヒ様を引き合いに出した時のキャシーお姉さまは、本気ですわ……」
視線で「まぢですか?」と問うと、ミルファは見間違えのないくらいにしっかりと頷いて見せてくれた。
「……はい?え、いや、それはないでしょ。だって、その前にハインリッヒ様の「先生兼お友達に」なんて冗談も言っていたんだよ?」
「直接会ったということは既に人柄やその他については調べ終えていたはずです。よって、恐らくあなたの反応を確かめたのだと思いますわ」
「それってつまり、もしもその時に首を縦に振っていたなら……」
「今頃リュカリュカは城勤めとなっていたはずですわね」
なんとまあ、リアルでならだれもが憧れ羨むような夢の宮仕え生活を、知らない間にとはいえ蹴ってしまっていたらしい。
まあ、こちらでそんな生活を送るつもりはさらさらなかったので、その点については問題ないけど。
「でもボクは一介の冒険者だよ?」
「……ブラックドラゴンをやり込めたあなたを一介の冒険者というカテゴリーに収めて良いものなのでしょうか?」
真顔で今それを言う?
それにあの件はボクの中では偶然の要素が強過ぎて、胸を張って自信満々で「ブラックドラゴンはボクが倒した!」なんて吹聴するような事はできないよ。
「例え一介の冒険者であったとしても、それこそただの町人であったとしても、カストリア様がお決めになったことであれば、よほど国益を損なうようなものでない限り逆らえる者はおりませんわ。あの方はそのくらいのことはできる権限も力もお持ちなのです」
公主妃様は想像していた以上に逆らってはいけないお人だったようです。
「二人とも、話が明後日の方向に進んでいますよ」
とボクたちを窘めて話の軌道修正を行ったのは、復活してきたネイトだった。
「……それでミルファ、食堂へ行かずにこの部屋で食事をした場合にはどうなってしまうのですか?」
その核心を突いた質問に、ミルファは「確定ではありませんが」と前置きしてから予想を口にする。
「多分ですが、食後にこの部屋へ突撃してくると思いますわ」
その言葉を聞いた時点でボクとネイトは揃って唖然としてしまった。
そして直後に食堂へ向かうことを待機していた侍女さんに告げたのだった。
お団子頭の侍女さんに案内されたのは豪華絢爛な大食堂、ではなく落ち着いた内装の小ぢんまりとした食堂だった。ミルファによると、お城の中でも公主一族のプライベートな一角であるらしい。
まあ、小ぢんまりとはいえそこそこの広さはあるし、〔鑑定〕によると天井からぶら下がっている照明やさりげなく配置された装飾品はかなりのお値打ち物となっていた。
もっとも、一番のお値打ちはその部屋に集まっていた人たちということになるのだろう。
公主様ご一家に宰相さん、後ついでにミルファと、クンビーラの名を継ぐ一族が勢ぞろいしていたのだから。
「食事が遅くなってすまない。カツうどんの考案者がやって来ると聞いたうちの料理長が、張り切り過ぎてしまったようでな」
料理人としての何かに火がついてしまったということらしい。苦笑しながら裏事情を暴露した公主様は、続けてボクたちも席に着くように勧めてきた。
が、「それじゃあ遠慮なく」と言って座れる状況じゃないよ。
何ゆえこの部屋には丸テーブルが一個しか置かれていませんのか!?
せめて上座と下座がはっきり分かる長方形の長テーブルならともかく、円卓は不味いでしょう?
何とかしてもらえないかという期待を込めて、数少ない常識人であり公主様に物申せる唯一の人だろう宰相さんの方を見ると、
「おじじさま、今日は剣術の稽古をしたんだよ!百回も素振りをしたんだ!」
「ほほう。ハインツは優秀だな」
デレッデレの顔で隣に座る男の子との話に夢中になっていた。
この場にいることからあの子が公主様たちの話にたびたび登場していたハインリッヒ君なのだろう。
「無駄ですわ。ああなったお父様は役に立ちません」
処置なしと愛娘にすらすっぱり見限られる有様だった。
しかしこれは困った。今さらこの人たちが不敬だなんだと言い出すことはないだろうけれど、だからといってそれに甘えてばかりというのはよろしくない。
なあなあでずぶずぶの関係になる事で、内側に取り込もうという思惑が全くないとは言い切れないのだ。
クンビーラの街や人は好きだけど、ボクの中には他の街や世界を見て回りたいという欲求が今でも存在していた。
「リュカリュカさん。あなたの疑念はもっともなものですし、その心情も理解できます。ですから今は、私たちの顔を立てると思って席に着いて頂けませんか?」
疑ったままでも構わない。公主妃様からそこまで言われては従うより他はないだろう。
ミルファとネイトに視線で促しながら、ボクは率先して一番手近な椅子に腰を下ろしたのだった。
……その席が公主様たちから最も離れた位置なのは偶然ですよ?