114 びっくりドッキリ大作戦☆
いくらゲームだからと言って、何もしないままでは自分たちの都合の良い展開にはならないだろう。敵の行動をこちらの掌の上でコロコロするために必要なことが話し合われていく。
「後は……、そうですな。大々的な式典を行うことが決定したとでも吹聴しておけば、敵もそれに合わせて動こうとするかもしれませんぞ」
「少しでも向こうの活動を抑制できるのであれば、どんな手でも打っておくべきだろう。デュラン支部長!シュセン組合長!」
「なんでしょうか、公主様」
「は、ははっ!」
公主様に呼ばれて支部長は悠々といつもの口調で、組合長は緊張で裏返る直前の声で返事をしていた。
何とも対照的な態度の二人の長だ。というか、どうしてもデュランさんに比較されることになるシュセン組合長がちょっと可哀想になる。
「今の話を手早く街中で広めてもらいたい。冒険者協会へは特別の緊急依頼として手配すれば良いか。商業組合には、そうだな……。当日街の者たちに振る舞うことになる酒をそちらから購入するというのでどうだ?」
「振る舞い酒を!?ぜ、ぜひともやらせて頂きます!」
「依頼にして頂けるのであれば異を挟む者はいないでしょう。実際に動く者たちにはクンビーラ出身かここに愛着を持っている口の堅い連中を選んでおきますか」
ふむふむ。冒険者たちに街の各地で噂をばら撒いてもらっておいて、商人の人たちが実際に振る舞い酒という現物を準備することで、噂が本当のことであると補強をするという流れとなるのか。
当初の予定よりは規模が大きくなってしまうけど、ブラックドラゴンが守護竜になったことを記念しての式典の開催は予定されていたことだ。零から準備を始めるのではない分だけ素早く行動に移ることができるだろう。
なお、追加の予算については公主様が長年個人的に貯め続けていたへそくりを使用することになった。
「ハハハ……。クンビーラがなくなってしまうことに比べれば、どれほどの損失でもないな」
微かにその声が震えていたので、強がりだったみたいです。宰相さんがいい笑顔だったので、使わせる機会を探っていたようだ。
公主様の個人的なへそくりすらも把握しているその様子に、ボクたち以外の参加者が戦々恐々としていたよ。
こうして、クンビーラをあげての『びっくりドッキリだまし討ち大作戦☆』が始まることになったのだった。
「それで、どうしてボクたちはこんな所にいるのでしょうか?」
と、呟いたボクを始めとした『エッグヘルム』の一行がいたのは、お城の一角にある迎賓用の部屋の一つだ。
あの後、結局会議が終わったのは夜の八時が近い頃合いだった。長丁場となったためか、最後の方などはすっかりエッ君が飽きてだらけてしまっていた。
まあ、そこまではいい。ブラックドラゴンがいつ帰って来てもおかしくないため、手を打つのが遅くなればなってしまうほどに、こちらの置かれている状況は悪くなってしまいかねなかった。
うあー、こうやってじっくりと思い返してみると、実のところかなりギリギリの瀬戸際まで追いつめられていたのだね……。
おっと、話しが逆戻りしちゃった。とりあえずその問題は一旦横に置いておくとしまして。
改めて時間を言っておくと午後八時直前。リアルの夏場でもいい加減、やる気に満ち溢れた太陽が西の地平へと姿を消している時間帯です。
つまり真っ暗。
それでも普通なら騎士さんたちを護衛にして定宿にしている『猟犬のあくび亭』まで送り届けるということになったはずだ。
が、そこは街中なのに襲われたというボクたちの前科!?が影響したのか、それとも宰相さんが死にかけたという実績!?のある愛娘を憂慮した結果なのか、何と今日のところはお城に泊まるように仰せつかってしまったのだった。
「あ、あ、あわわわわ……」
ああ、ネイトが驚き過ぎてあわわ娘になっちゃってるよ……。
「別に取って食べるという訳ではないのですから、少しは落ち着きなさいな」
立ち尽くしている彼女とは対照的に、ミルファは柔らかそうなソファに深く腰掛けてくつろいでいる。
実家か。いや、この娘にとっては本当に実家なのだった。それでも「呼ばなくてはお茶は出てこないのかしら?」とか言っているのはどうかと思う。
「ミルファは少し反省しておこうか」
「はうっ!?」
自分が原因となっていることはしっかりと理解しているようで、意図的にいつもより冷ややかな声で指摘するとビクンと体を硬直させる。
この前のお仕置きが効き過ぎた気がしないでもないけれど、これで彼女の手綱が握れるのであれば良しとしておこうか。
「それとエッ君、はしゃぐ気持ちは分からないでもないけれど、何か壊したりでもしたらご飯抜きになるからね」
そしてもう一人、好奇心の赴くままに部屋中を行ったり来たりしていた問題児にも釘を刺しておく。その当のエッ君は片隅の台の上に飾られていた、見るからに高そうな壺に触れようとしていたところだった。
あ、危なかった。その壺は首元が大きく広がっている割に、足下にいくほど細くすぼまっているという不安定極まりない代物だったからだ。
部屋に入ってそれを見た瞬間、難癖付けるためのトラップか何かなのだろうか?と邪推してしまったくらいの危険物だった。
「とにかく、エッ君はミルファと一緒にソファにでも座ってなさい」
こちらを見上げては「遊んじゃダメ?」と可愛く体を傾げるエッ君を抱き上げてミルファの隣にポスンと落とす。
身体が沈み込む感触が気持ちよかったのか、それとも反発して浮かび上がる感覚が楽しかったのか。そのままポヨンポヨンと小さく跳ね始めたので、こちらはしばらくこのままで大丈夫だろう。
……ミルファ、さすがにあなたがそれをやるとソファが傷みそうだからエッ君の真似をするのは止めておいて。
それに何より、別のところがポヨンポヨンしそうだし。
まあ、それを見て顔を赤くする人もいなければ、ダークサイドに落ちてしまいそうな人もいないけどね。身体の線が出にくい服を着ているから意外と気づかれ難いんですが、実はあれでいてネイトも良い体つきをしているのだ。
「リーヴ、そのままだとネイトがいつ倒れるか分からないから、ベッドにでも腰掛けさせてあげて」
そんな現在進行形で危機的な状況にある彼女には頼もしい助っ人を派遣しておき、ボクは部屋の入り口近くへと向かう。
小さなテーブルの上には喉の渇きを癒せるようにか、水差しだろうと思われるものが置かれていた。
それを手に取りコップへと中身を注いでいくと、微かに甘い香りが漂ってくる。どうやらただの水ではなく、香りづけ程度に果汁が加えられているようだ。
フルーティーな香りが心を落ち着かせてくれるように感じる。
小さいながらも手の込んだ気遣いに感心しつつ、最も心を落ち着かせなくてはいけない状態のネイトの元へとそれを運んでいった。