表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エジルの双眸  作者: カワセミ
1/1

始まり

 丈の長い笹原の中をひた走る男達がいた。

 彼らは奇妙な形をした弓を携え、鹿のような獣を追っている。男達の背よりやや高い笹が顔面や体を容赦なく打っているが、それに構うことなく走り続けている。

 突如、先頭を走っていた禿頭の男が足を止め、弓を高々と揚げて、空で円を描いた。

 

「回り込んで囲め! 俺が射るまで、何もするなよ!」


 その声が大気を震わせ、少しの余韻も待たずに、男たちは獣を囲むようにして散っていった。そして禿頭の男は肩で息をしながら、矢の羽中節(はなかぶし)と弓弦を掴み、徐々に引いていった。

 

 一呼吸、二呼吸、三呼吸目でついに矢を射った。  


 矢が空を切り裂く音とともに、獣の断末魔の鳴き声が聞こえ、周りを取り囲んでいた男の一人がすかさず二射目を射った。

 男達は硬直し、辺りには荒く息を吐く音と、野鳥の囀りのみがこだましていたが、ややあって、背の高い男が「急所だ! 二射とも急所に当たってる!」とはつらつとした声で言った。

 それを聞いた男達は大きく息を吐き、やっと顔をほころばせた。


「かなりの大物だから、ここで解体してくぞ」


 禿頭の男が大鹿の喉元に、一瞬の迷いもなくナイフを突き立てると、そこから鮮血が噴き出し、血だまりからは湯気が立ち上っている。


「エジル、こっちに来て解体を手伝え」

「えっ、嫌だよ面倒くさい」

「だめだ! お前はもう立派な成人なんだ。これくらいは出来るようになれ!」


 禿頭の男の勢いに負け、エジルと呼ばれた成年が一歩前に出た。

 若干声に幼さが残ってはいるが、目鼻立ちがはっきりしていて、かなりの美男だ。

 

「ほら、肛門にナイフを突き刺して、ここをこうするんだ」

「わかってるよ……」


 エジルは渋々ナイフを受け取って、言われた通りに解体していき、一時間程で大鹿は運び易い大きさの肉塊になった。そして男達は帰路についたが、一人、エジルだけはその場に残り、どこか遠い地平線を眺めていた。


「おい、エジル。帰るぞ」


 背の高い男にそう促されて、エジルも帰路についた。


 

                      〇


 男達が村に着くころには日は沈みかけ、辺りの木々や草花は夕日に照らされて蜜色に染まっていてた。

 村と言っても規模は小さく、簡素な木造の平屋が数十棟あるだけで、通りも舗装されているわけではない。

 

「男衆が帰ってきたよ」


 女の歓声が聞こえたかと思うと、男達の周りに人が大勢集まり、あっという間に取り囲んでいた。


「ジンさん、今日は大物ですね! よかったよかった」

「またジンさんが仕留められたのですか?」

「エジル坊はしっかりやったかい?」

「いつも助かるよ、ジンさん!」


 ジンと呼ばれた禿頭の男は、やや頬を赤くして「俺の手柄じゃねえよ。あいつらが頑張ってくれたお陰だよ」と控えめに言っているが、おそらく嬉しいのだろう、その恵比須顔から笑みが消えることはなかった。

 しばらく雑談を交わした男達は、それぞれ散っていき、それに倣うように村人達も徐々に散っていった。


「エジルー。おかえりなさい」

 

 一人そこに残ったエジルは、誰かに呼び掛けられ、はっと振り返った。

 そこには白い衣を着た髪の長い女が爪立(つまだ)っていた。


「ああ……たっ、ただいま」

「なによ、気の抜けた返事しちゃって」

「なんだよ、悪いか」

「別になんにも悪くないけどさー」


 その女の嫣然(えんぜん)とした佇まいに魅了されたのか、エジルは頬を赤らめて背を向けた。

 無理もない、なぜなら透き通るような白い肌に漆黒の瞳が映え、笑うと口元から八重歯がこぼれ、さらに女の面立ちは均整のとれた美人だったからだ。

 

「なあ、ユウ……。いや、魔が差した。今のは忘れてくれ」

「えー、何よそれ。気になるじゃない、ちゃんと言いなさいよ」

「なんでもないって」

「ちゃんと言って」

「だからなんでもないって!」


 エジルは声を荒げたが、すぐ冷静になって言葉を継いだ。


「ごめん。悪かったよ」

「いいや、私の方こそ悪かったよ。もお、余計な詮索はしない」

「ああ、助かるよ」


 二人はしばらく沈黙していたが、背の高い男の「おーい! 夕食の支度ができたから、二人とも早く家に入りなさい」という言葉に促され、帰宅することにした。

 エジルとユウ、そして背の高い男との関係性はどの様なものなのか、おそらくそれは、いずれ分かるだろう。


                      〇


「なあ、二人とも、喧嘩でもしたのか?」

 

 背の高い男が顎に生えた無精髭を触りながら二人に訊いた。しかしこの男、風貌がどことなくエジルに似ている。少し切れ長な目や唇の形、肌の色まで同じだ。だが、ユウは似ていない。エジルにも背の高い男にも。

 

「喧嘩なんかしてないよ。なあ、ユウ……」

「うん……」


 うつ向いたままそう答えた二人を、背の高い男は訝しげな表情で見つめていたが、しばらくして立ち上がり「やれやれ」と首を横に振りながら、食器を台所の方へ持っていった。


「喧嘩するのはいいけどなぁ。仲直りは……早くした方がいいぞ。これは教訓だ。お父さんのな」


 背の高い男は言葉を区切り区切り、絞り出して言った。とても、寂しげな表情で。


 

 

 

  


 



 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ