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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あいいろのしんぞう

作者: 蕾華牡丹

 0

今から何万年と先の惑星の状態など、想像できるだろうか。地球のような宇宙のごく一部である惑星など消えてなくなっているだろうし、代わりに別の惑星が創造される。云わば惑星は「使い捨て」とでもいうのだろう。


 そんな{使い捨ての惑星}の中の一つを紹介していこうと思う。



「人間だ!!」

 響き渡る怒号、足元の土を踏みしめる音、金属が擦れ合って耳障りである。しようのないことだ。ここにはこのような音以外印象として残る音が存在しなかったのだ。

 この惑星は地球とは異なる____言い換えれば〔地球の1万年後〕の姿と呼べよう。

地球と極端に異なるのは、一つ、ここに住んでいるモノたちだろうか。


 人間は次々と『アンドロイド』に裂かれ、潰され、焼かれている。ゴミ溜めのような穴に人間の死骸を入れ、そして葬った。

惑星は人間ではなく、人間の手によって作られたアンドロイドたちが占拠している。人間はそんなモノに殺されるべくして存在しているのだ。何故このような悲劇が生まれたのか。


それは一人の研究員によるミスだった。


 本来アンドロイドには感情を持たせない。無感情な人形アンドロイドを造り出していた。だが、研究員___a氏が、誤って感情を埋め込んでしまったのだった。

 人間に対する嫌悪、憎悪。a氏はそのような感情をアンドロイドを作成してしまった。故に感情がこもってしまったアンドロイドのことを、研究員を含めた人間は『emo-エモ-』と呼ぶのだった。


 その中で一体、その憎悪以外の感情を『取り入れてしまった』emoが居た。

 emoにはそれぞれ特徴的な色彩が含まれ、それを呼び名としていることが多い。

 とある一体のemoの名、『藍-アオ-』という。設定されているのは、23歳男性、背丈はおよそ170㎝弱といったところだろう。年齢はあくまで総合的な筋力等を計算した参考値である。アオはナイフを用いて人間を消していく。それぞれクラスに合わせて武器は配布されるのだが、アオはまだ中の下くらいのクラスだろう。その中でも極めて優秀で、すぐにでも格上げを期待されているとのこと。

 そんな彼が崩れてしまった元凶を、少しばかり話していこう。


 1

 アオは惑星内の東方面の見回りへ向かう。あたりに放置されている死骸、共に漂う腐敗した臭い。アンドロイドである彼にしてみれば何も問題のないことだ。目に入った物体が人間であれば殺す。裏切りを侵したemoであった場合も殺す。慈悲の心など存在しないアンドロイドにとって、その行動は文字通り『機械的』に過ぎていく当然なことなのだ。


___人間を、今日も又発見した。


 黒い艶やかな、大体肩くらいの長さの髪。小柄で華奢な身体、まるで人形のような佇まいをした少女だ。

 いや、本当に人間なんだろうか。こんなに計算しつくされたような人間は、アオが見てきた中では存在しなかった。アオは少女に見とれているというか、ちょっとした興味が湧いてしまったのか、暫く、ほんの数分間見つめていた。

 ふ、と少女はアオのほうに目を向け、少し目を見開いた。叫ぶか、震えるか、逃げ出すか、少女のほうを見つめるアオは様々な思考を進めていく。


____が、その考えはすぐに打ち消された。


「初めまして、emoさん。私のこと、殺そうとしているのね」


「ええ、何も言わなくていいの、わかっているわ」


「それがあなたの仕事なら、それがあなたの幸福なら、止める資格なんてない、止める理由なんてない、そうでしょう?」


「アンドロイド、emoさん、どうぞ殺して頂戴」

 

 正直、アオは唖然とした。人間とはこんなに余裕が持てるものだったろうか。もっと錯乱したり、泣きわめいたり、命乞いするのが当然のように思えた。

 だが、目の前の少女はそれどころかまるでアオを諭すのかのように、自分を殺せと言ったのだ、拍子抜けどころじゃない。


「お前は、殺されたいのか」


無機質な声で問いかけるemoに、少女は少し首をかしげる。


「いいえ、決して殺されたいわけではないわ。けど、あなたの仕事の邪魔をしたくないし、わたしが生きることでemoさんが不幸になるくらいなら喜んで命を差し出すってだけ」


 ならば、とアオは刃先を相手の喉元へ静かに持っていく。少女は静かに目を伏せた。長い睫毛、白く透き通った肌、仄かに桃色を彩る唇。アンドロイドのなき心を、目の前の少女は着実に動かしていた。


「……emoさん?」


「お前はまだ生かす。その代わりお前の様子を見させてもらう」


「けれど、そうしたらあなたはどうなるの?」



『どうなるの?』という問いかけに、口をつぐむ。人間を発見している、なのに生かしている。そうすれば消されるのはアオのほうだ。自分を犠牲にしてまで、目の前の少女を助ける意味はあるのだろうか。

 いや、あるんだろう、あると確信している。今まで出会ったことのないような、そんな生命力を感じたようだ。


「ついてこい」


アオは少女に声をかけ、踵を返す。向かうのは、アンドロイドの製造現場。数少ない研究員の血を受け継いだ人間たちが、新たな殺人兵器を生みだしている。


「ねえ、emoさん?ここは…」


「我々emoを人間に作らせている。選抜された者のみここに派遣される。お前もここにいろ」


「え?」


 少女はさぞ驚愕したであろう。まさか生かされながら、人間の大人にまぎれこの殺人兵器を造れ、と言われたのだ。目を瞬かせる彼女に、アオは声をかける。


「精々必死にもがいて働いておけ、人間」


 アオの言葉に、少し迷いがあるように少女は目を伏せた。ぐ、とこぶしを握り締めて、数十秒して意を決したように『ええ、ありがとう、emoさん』と柔らかく微笑んだ。少女は大人たちに事情を話すも、危険な場所だよ、などと何度か止められていた。しかし少女はもう意思を曲げる気はないようで、お願いします、と述べ深々と頭を下げていた。


 漸く大人たちの了承を得て、嬉しそうに少女はアオの元へ駆け寄って、同時にこう問いかけた。


「ところでemoさん、私名前がないのだけど、どうしたらいいかしら」


「どう、とはなんだ」


「ほら。声をかけられてもわからないから」


「……」


いきなり名前がない、と言われると思っていなかったため、正直どうしようもないのだが、確かに人間にとって名前がないのは不便か。そう思いアオが名付けたのが『アイ』だ。


「ア、イ…そう、素敵な名前、有難う」


「満足したか」


「ええ、とっても、…emoさんの名前は、何?」


問いかけられ、アオは自身の名を告げる。『綺麗な色だものね、あなたの瞳』と少女___アイは微笑んだ。



 2

 アオは惑星内の巡回、アイは大人の仮研究員とともに殺人(アンド)兵器(ロイド)『emo』の製造。

 無理やりなりたたせているこの関係に、彼ら自身が納得いっているのだ。

 とある時、アオとは別のemoが、アイに声をかけた。

「貴様、何者だ」


「あら、emoさん、わたしはアイっていうの、あなた___」


「こんな小娘がなぜここにいる、処分しろ」


 emoの中の一体がアイの首根っこをつかみ軽々と持ち上げた。当然、彼女はまだ10歳という幼い年齢なのだ、抵抗もできないことであろう。

その場に遭遇したアオが、待て、と声を上げた。


「そいつは研究員の血縁者だ。首を見ろ、刻まれた数字がある」


「…確かに間違いはない。危うく重要な人材を棒に振るところだった」


emoは手をはなし、アイは咳き込んだ。

 そう、emoの言った『重要な人材』。先ほどのアオの言葉の通り、研究員の血縁者には、首横に数字が刻まれている。ごくまれにいる人間のため、みすみす殺すわけにはいかないのだ。

 しかし、このような小さな少女にも刻まれているというのは本当に珍しいことだ。仮に血縁者でなく、また別の理由なのかもしれない、とアイ本人に問いかけた。


「アイ、お前は、研究員の血縁者なのか」

「?いいえ、きっと違う(・・)と(・)思う(・・)わ(・)」

『違うと思う』という曖昧な返答に顔を(しか)めた。なんだその言い方は。何か言いたくないことでもあったのだろうか、と不思議に思う。仮に研究員の血縁者でないと断定したとしても、首の数の説明がつかない。

 その首はどうしたんだ、とアオは問いかける。彼女は、『前世の記憶』を辿り、話し始めた。



2.5

 アイの前世、それは非道なもので、奴隷として売られていた。酷く汚れ、酷く傷つき、酷く蔑まれていた。美しく可憐な少女を穢す老若男女、きっと『穢れている』というレッテルを貼り付けたいだけだったんだろう。艶やかな黒い髪を乱雑に切り、服は布で継接ぎに作られたものを投げ渡され、身体中痣だらけになっていた。

 しかし、前世の少女は常に笑みを浮かべていた。たとえ苦しかろうと、痛かろうと泣きはしなかった。叫びもしなかった。

 それが彼女にとっての幸福だった。

 泣いていること、悲しんでいること、苦しんでいること。そういう状態に自分自身がなっていると認識すること。

それこそが彼女にとっての不幸であるという。

 少女の周りの人間は気味悪がり、彼女の首に処刑の通し番号である『134』という印を押し、無実の彼女を火炙りにかけた。


なんて惨くて、人間は汚れているのだろう。


この時初めて、彼女は初めて人の前で涙を見せた。



 3

 話し終わったアイの表情は、驚くほどに美しかった。出会ったときと同じように、透明で、儚く。


なおかつ麗しくて。


「面白かったかしら、この話」


「気味が悪かったな、俺にとっては」


「ええ、きっとそれが普通なんだわ。わたしは何とも思わなくても、ほかの人にとっては凄惨なものなんだって。

 けれど、それって本当に個人によって変わるものなのよ。美しく思うのも、穢れているように思うのも、個人の自由、同時に個人の勝手なの。その意見と見解の違いで、わたしの前世の女の子は炙られた。ただ、それだけ」


 だから、アイは死を拒まなかった。それで解決なのだろう。

だが、この話、そして考えを周りの仲間、emoに聞かれてしまえば、即座にこの少女は殺されることだろう。いや、アイだけでなく、裏切りを侵した自分も同様に殺されるんだろうけれど。

いずれ消えるこの身を、消されてしまう目の前の少女を。


『少しでも長く生かしたい』と。


アンドロイド、emoのアオは思ってしまった。


新しく、感情が芽生えてしまった。


この感情が何なのか、彼女に問いかけてもよいのだろうか。


「_____アイ」


呼びかけた、しかし彼女は返事しなかった。アオの後ろあたりを見つめ、驚いたような顔をしていた。


「emo、No,237 裏切り者確保 完了」


アオの頭部が、地面に叩きつけられた。突然のことで本人も理解が追い付いていないようだった。アイはアオに近づこうとしたが、以前疑いをかけてきたemoに取り押さえられ、其れが叶わなかった。

いったい何処でばれたんだ、とアオは思考を巡らせる。しかし先ほど叩きつけられた反動でメモリの一部が破損したようだ。対人間用の殺人兵器なため、emo同士では脆く壊れやすい。同族ならば人間とさほど変わらないのだ。


「残念だ、アオ。お前はよく働いていた。が、だ。この小娘に捻じ曲げられるとは。実に、実に無念だ」


アオの頭部がemoの脚によってごり、と不快な音を漏らす。


「アオを殺さないで頂戴!」


アイが、声を張り上げた。


「アオは懸命な判断をしたのよ、それだけではいけないの?」


「ああ、惨めだわ、悲しいの。こんな気持ちになったのは前世以来だわ。わたしはあなた達の考えを否定するつもりはない、だってそれが生き物の性だもの。どうしようもないことなの。けれど、けれど、無実の彼を、アオを殺すのだけはやめてほしいの」


「そのためなら、」≫


「この身を炙ったって構わないわ」


アイの発言に、emo達はわずかな気味悪さを感じている。人間同様、彼女の存在はどこか『他の人間』とは異なるのだ。


 一度解放された二人に宣告された、タイムリミットは2時間。この時間が終わった瞬間、この二人の命は尽きる。

 アイは口を開く。


「ごめんなさい、アオ。わたしがあなたに出会ってさえなければ…」


「構わない。いずれは尽きるこの身。それが多少早まっただけだ」


 そう、とアイは眉を下げてつぶやいた。

そうだ、彼女に聞かなくてはいけない。感情の『名前』を。これさえわかれば、もう思い残すことなどないはずだ。


「アイ、お前に聞きたいことがある。

俺はお前と会ってから感情が生まれた。知っての通り、アンドロイドは感情を持たないものだ。しかし、俺の中に、『アイ』を守りたい、そういう気持ちがあった。お前が捕らえられた時も、笑みを浮かべた時も。

 俺にはこの感情が何なのか、わからない」


「教えてくれ、アイ」


「これは、なんという感情なんだ」


 真っ直ぐにアイの瞳を見つめるアオの表情は真剣そのもので、真実を知りたくて仕方ない、というようにも見えた。


アイは、一呼吸置いた。


「それは、きっと愛よ、アオ」


「誰かを守りたいから自分が危険に晒される」


「それでも相手のことを思う」


「そういうのを、愛っていうの」


「そう、アオはわたしに愛を向けてくれてたのね」


 アイは寂しそうに微笑んだ。アオの頬を、そっと右手の平で撫で、静かに涙を流した。


「あなたは、わたしの最期の主人だった。奴隷のわたしに優しくしすぎたあなたは、闇魔導士だなんて呼ばれていたわ。こんなに優しくて、お人好しで、奴隷のわたしを最後まで愛してくれていた。紛れもない愛情を分けてくれた。

 けれど、あなたは町の人たちの勝手な見解で暗殺された。

それでも、あなたは最期まで微笑んでいたの。

 だからわたしは泣いちゃいけない、最期まで、あなたのような素敵な笑顔でいなくちゃいけないと思ったわ。


 アオ、あなたはさっき言ったわよね、『アンドロイドは感情を持たないものだ』って。わたしはそうはおもわない。だって、奴隷でさえも感情はもっていた、必要とされていなかった奴隷が感情を持つことを許された。」


「其れなら、アンドロイドだって持っていいはずよ


前世から伝えるわ、アオ。


わたしは、あなたを愛してる


気づかせてくれて、本当にありがとう」


 アイはアオの肩に顔をうずめ、声を潜めて静かに泣いていた。アオは自分の中に秘めていた感情の解明を受け、安心するとともに、また違う生き方ができたのなら、と強く願った。そうして今度こそ、彼女を、アイを守ってみせると誓った。

アオは満たされたように、彼女の涙を拭いてやり、向き直った。


「また、出会うことができたなら、愛を教えてくれるか、アイ」


 彼の言葉を受け、アイは今までにないくらい、輝かしい笑顔で述べたのだった。


「ええ、勿論よ、任せて頂戴」


 4


 2時間はあっという間に経ち、二人は焼却所へと向かう。

アイにとっては、これが二度目の炙りだろう。燃え盛る炎を見つめ、アイは『綺麗ね』とつぶやいた。きっと前世と違うのは死ぬ間際の心境の違いだろう。

 二人の間には、『何時か叶う』約束が存在している。

それだけで、十分だった。


どうか二人に、一度きりの絶望を。


そして


永遠の幸福を。


あとがき

                                        

 こんにちは、初めましての方は初めまして、蕾華牡丹です。


 登場人物は主に2人。アイとアオですが、この作品の主要は【輪廻転生】です。

アイは奴隷として売られていた少女で、アオはアイを買った最後の主人です。


 アイは常に微笑んでいるような子でしたね。考え方も普通とは異なっています。

しかし、人と違うことの何がいけないんだ、ということを、作中では特に訴えかけています。加えて、どんな人やものも『持つ権利がない』なんてことはない、ということを少しでも伝えられたなら、と思いました。


 ちなみにこの作品は友人からお題(一万年後、惑星、アンドロイドと少女)をもらって書いたものです。なかなか筆が進まず完成したのは提出前日です。計画性がない。

でもなんとか形になってよかったです。


 そろそろハッピーエンドを描いたほうがいいのでは?と自分でも思ってます。このままバッドエンドを書き続けるとそのうち脳内が血の海になりそうです(なりません)。


 作中で頻繁に登場したアンドロイドの通称『emo』とは英単語の『emotion(感情)』を略称したものとなります。この作品は感情の揺らぎもテーマの一部になっています。


 それではこのあたりで失礼いたします。拝読してくださった方、本当にありがとうございました。

 

 また機会がありましたら、何卒、お願いいたします。




 『あいいろのしんぞう』は藍(アオ、あいいろ)とアイ(愛)をかけて決まったタイトルのため平仮名表記です。


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