08
名前が間違ってました。ライト→ランス
アサカが目覚めたのは、まだ日の出前だった。空にはいずれ昇る陽によって夜の青が明るく照らされ始めている。
ーーああ、夢だったのか
アサカは目を開ける前のじっとりとした視線を思い出した。けっして自分に良いものではないあの視線を。あれにはもう近づきたくない。恐怖を覚えながらも、震えるほどではないのは、アサカを引き寄せてくれたあの腕があったからだ。
夢だからか、顔の造形がはっきりとしない。髪も瞳も朱だったような蒼だったようなはっきりとしないのだ。ただ、今日会えるだろうと言う確信はあった。
明るくなってきた外の様子を見ると、アサカの住んでいた国とは様子が少し違うようだった。多くのものがアサカの国のものよりも青みが強かった。土も石も植物も、空も夜の闇が残っているかのようだった。
不思議に思ってアサカは自らの体を見たが、特に青みが増したとは思わなかった。
「不思議だろう。ここではすべてのモノに夜素が含まれている。」
いつからそこに居たのか、人がイスに腰掛けていた。人がいるとはわかっても顔や体の輪郭はぼやけていて、はっきりとしない。夢の人だと判ったのは、その声が夢の中のものと同じだったからだ。
「あの、あなたは」
「…?ああ、お前にはまだ名乗っていなかったな。私はランスという。」
目の前の人物は黒髪で琥珀の瞳をしていた。先程の大きめな体の輪郭はどこかに消えてしまったのか、すらりとした細身の青年だった。
「一応、お前の婚約者ということになっている。急なことで悪いことをしたが、よろしく頼む。」
「あ、はい。よろしく、お願いします。」
「カノエに聞いていると思うが…」
「主!まだ、婚儀をあげていない女性の部屋に勝手に入ってはいけません。婚儀をあげてもだめです。とにかく今すぐに出てきてください!」
どんどんと扉を叩く音とともに、部屋の外から叫び声が聞こえてきた。驚いてアサカが固まっていると、ランスはやれやれといったようすで部屋の扉を少し開けた。
「そうやって扉が壊れんばかりに叩くのもどうなんだ。」
「緊急事態ですから。」
「別に変なことはしていない。それに、婚儀をあげたら別に良いだろう。」
「いけません。させません。」
戸の隙間から、フリフリのスカートが見えて、そこから白い肌が見えている。部屋の外の話をぼんやりと聞いていると、ランスがアサカを呼んだ。
「アサカ。」
「あ、はい…!」
声が上ずってしまったアサカに、ランスは穏やかな笑顔を向けた。
「そんなに緊張しなくていい。お前の傍付きを紹介しよう。」