05
まるでそこから何か違う液体が空間に混ざっているかのように、空も海も暗く黒くなっていく。
彼の領域の民はいう。それは、我らの護り手であると。
彼の領域の民はいう。それは、忌みなるものを遠ざけると。
では、我らの領域はどうなのか。此方の領域の民は考えた。彼の領域に護り手がいるならば、此方にはいないのか。
いや、いる。と。
彼方が闇に潜む黒き護り手ならば、此方の護り手は光に混じる白き護り手であると。
白き護り手は我らを守護し、特別な加護を与えてくださっていると。
アンジェは夢の中で自らを起こす声を聞いて目を開けた。未だに起き上がるには体全てが重たく、開いた瞼も直ぐに閉じてしまいそうだった。
目の前にアンジェを迎えに来た遣いの者が、心配そうにしていたが、アンジェが目を開けると安心したように口許を緩めた。
「本当によくお目覚めになられました。中には目が覚めない方もおられますから。」
「心配をかけてごめんなさい。…えっ、と…」
「カノエです。」
彼が名乗ると、不思議なことに初めてその姿を認識したような感覚に陥った。その落ち着いた様子から何故か壮年な男性と思っていたカノエは、今はアンジェよりも10は離れていない青年であると認識したのだ。
そして、出会ってから先程まで彼の存在がとても曖昧だったことに気づく。こんなにも鮮やかな緋色の髪と瞳をしているのに、アンジェはただの印象の薄い人としてしか認識していなかったのだ。
ランズは目覚ましにハーブティをアンジェに淹れて、アンジェが横になっていたベッドの横の椅子に腰かけた。
「不思議でございましょう。この国では一部の人を除いて自分より身分の高い相手は、真名を知らなければ、正しく相手の姿を認識できないのでございます。」
「真名…?」
「ええ。真名はとても大切なものでございます。知られてしまうと弱いものは命すら危うくなってしまいます。特にアンジェさま、貴女は本当に信頼できる人を除いて、ご自分の真名を人に教えてはなりません。ここでは、アンジェさまは“アサカ”と名乗られてください。」
「アサカ…」
「はい。…さっそく要らぬ来客ですね。」
ドンドンドンと荒く戸を叩く音が聞こえると、カノエは仕方がなさそうに扉を開けた。そこにはカノエよりも頭ひとつ分高い男が立っていた。
「お前がアイツの婚約者か。おれはライキだ。名前は何と言う。」
「アサカさまでございますよ、ライキさま。」
ライキと呼ばれた男は、カノエと同じく緋色の髪と瞳で、気の強そうな人相をしていた。年齢はカノエと同じくらいだろうか。ライキはじっとアサカの方を見ていたが、つまらなそうにカノエに向き直った。
「アサカ…ね。全くはっきりせんな。真名を教えないつもりか、カノエ。」
「主のご命令ですから。」
近づいてこようとするライキを阻むように、カノエがアサカの前に立った。向こうからアサカの顔が見られないようにもしてくれているようだった。