陸 タイムラグ
悪いな、連絡もせずに遊びに来ちゃって。
大学に入ってわかったけど、大学生って全然暇じゃないんだわ。みんなして「大学生は暇だ」って言うもんだから、てっきり楽なのかと思ってたのにさ。課題に追われてばかりで、お前と遊ぶ時間も作れない。
んで、今日は割と暇だったから来てみたんだが…まだ寝てんのな。もう昼だぞ。休日とはいえ、よくそんなに寝られるな。ずっと後ろ向いて微動だにしないし、俺がこんだけ喋ってんのに何も反応しないし。家に遊びに来ただけなのに、なんか無防備なお前を襲いに来た変質者みたいじゃねえか。いや、異性の家に勝手にあがる時点でそうかもしれないが。でも、いつもそうしているのに変な感じだ。
まあ、起こしたりはしないさ。ゆっくり寝ていればいい。あとお茶買ってきたから。夏の寝起きは熱中症になる可能性が高いからな。気が利くだろ。そこは効くってことにしとけ。しかし反応しねえ。まるで死んでいるみたいだな。はは、やめとけって。
死ぬのは、俺だけでいいだろ。
参るよな。向こうが一回信号を無視するだけで、俺が死ぬんだぜ。お茶買わなければまだ生きてたのにな。お茶のせいにしておこう。うん。俺もよくわからないんだ。車に撥ねられたと思ったら、既に幽霊になっていた。多分、幽霊なんだろうよ、これ。おかげで即死だってのが分かっちまった。もうちょい希望持たせて欲しい気もする。それはそれで痛いから嫌だけど。
やっぱり、聞こえないんだな。起こしたくても、起こせない。お茶を届けるくらいしか出来ない。
むしろなんでお茶は届けられるのかって思ったんだ。物理的なモノって持てなさそうだろ。それに、このお茶を使ってもお前をぶっ叩けない。届ける以外には使えない。あ、ホントにぶっ叩こうとしたわけじゃないぞ。
幽霊って、未練のある奴とか、やり残したことがある奴がなるんだ。俺がやり残したことは、二つある。一つは、あんま認めたくないが、お茶を渡すこと。そして、もう一つ。
ずっと、お前が好きだった。
最後まで言えなかった。死んだ後に、しかもお茶の力を借りてまでしないと、言えないんだ。ごめんな。今はもう何を言っても聞こえないだろうし、許してくれ。
もうすぐ、俺の事故がお前の耳にも入る。腐っても幼馴染だからな。まさか手放して喜ぶことはないと思うが、もしそうだったら俺は見たくない。悲しんでくれたら嬉しいが、悲しむ顔も見たくない。この、お茶を届ける僅かな時間は、事故死を哀れに思った神様がくれた時間だと思う。
ここに置いとくから。熱中症気をつけろよ。速攻俺んとこ来る羽目になるぞ。
もう、一人でもいいから。