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 ──アセルス王国王都、アセルティア。


 下界がうらやましくなった神さまたちが雲のすきまからのぞき見してるんじゃないかと思うくらい、とってもにぎやかな街。


 これまでは馬車から見下ろすだけだった風景の中を、俺は自分の足で歩いている。


 結婚式のとき、ほとんどパレード状態で往復した道なのに、誰も俺に気づかない。当たり前か。あの日の俺は金髪だったし、背も十五センチは高かった。なにより、エディットがいっしょじゃない。


 マクスとレオンが言ったオレース街って、どっちかなあ。──いやいや、本当に困ったときしか行くなって言われたっけ。銀星館(シルヴァ・ブレイズ)はまた今度探すとして、記念すべき初めてのお出かけである。めざすはやっぱり王宮だ。


 俺は王宮へ行ってみたかった。単におのぼりさん的好奇心もあったし、敵は目の前にそびえていて迷子になる心配もない。それに、エディットが普段どんなことをしているか、わかるかもしれない。


 王宮といえば、王さまの住むところである。出入りするのは王族とか軍人ばかりだろうと、なんとなく考えていた。が、そうではなかった。


 周りを歩く人たちも王宮へ行くのだ。荷を満載にした馬車もそうだし、平民の婦人の団体、妻子を連れた旅姿の剣士、箱を背負った商人らしいの──大勢が同じ方角に向かっている。


 納得。王宮ではたくさんの人が働いている。だからその分、人や荷物もいっぱいくる。中の誰かに用があったり、陳情に訪れる人もいるだろう。アルノーの実家も来訪者が多く、母や兄嫁は応対に忙しかったものだ。


 視界が開け、正門前広場に出た。──きらめくしぶきがあふれる噴水の向こうには、十二の高いな塔を従えた、アセルス城の雄大な姿。


 王家の紋章を掲げた大門は、まるで人々を拒むように、ぴったりと閉じたままだ。前には美々しい鎧兜に身を包み、槍を手にした門衛が二人。微動だにしない。


 だが、みんなは勝手知ったる様子で横道へそれてゆく。俺もいっしょについていくと、やがて通用門が見えてきた。


 おお、そうか。きっと正門は偉い人が使って、普通の人は裏口から入るんだな。


 衣装はいささか簡素だが、こちらにも門衛が数人、かわるがわる通る荷や人をあらためている。


 あ、しまった。


 王宮へ入るには、それなりの理由が必要なんだ。ぼやぼやしているうちに、列はどんどん進んでゆく。


「ジャーマンの店でございます。王后陛下ご注文の毛皮をお届けにあがりました。どうぞお通りをお許しねがいます」

「ゾンターク宰相閣下へ、ハーゼ街を代表して美化のお願いに参ったものでございます」

「それがしはヴィクトル=スタンガスンと申す。騎士団のトータス副団長にお約束をいただいている」

「サルマンド公爵へ、奥さまからのメッセージをお預かりしております」

「カタラナ・ローランでござい! 厨房へワイン十樽、配達にめえりやした!」


 うーん……


『妻がこちらで働いているので、僕も通らせてもらっていいですか?』


 だめ。ないないない。第一、無断で出てきたんだから。


 考えろ、俺。せっかくここまできて、今さら引き返すのか?


「──次!」


 岩みたいにごつごつした顔の衛兵が、凄みのある目つきで俺を見下ろした。


「ゾンターク宰相閣下へ、お手紙を預かってまいりました」


 俺が(かた)るなら貴族の小姓辺りだろう。手ぶらだし、間違っても荷物を届けにきたようには見えないもの。


 衛兵はうなずいて、手元の板にはさんだ紙へ、なにかを書きつけた。


「宰相閣下へ手紙、と……どこから?」

「ええーっと……奥さまからです」

「奥さま?」


 ぶっとい眉が、ぐい、と寄った。「宰相閣下はお独り身だぞ?」


「えっ?」

「お・ひ・と・り・み・だ!」

「えっ?」


 いや、だから。俺はなにを言ってるんだ。


 自分が生まれた国の宰相の名前くらい、俺だって知ってたよ? でも、独身か妻子持ちかまでは知らないよ!


 いきなり大きな手が伸びてきて、思わず首をすくめてしまう。すごい力で襟をつかまれた。


「おまえ、これはゾンターク家の制服じゃないな?」

「ケン、どうした」

「あやしい小僧だ。──おい、ちび、詰所までいっしょにきてもらおう」


 まずい。


 俺はとっさにあっちのほうへ指を向けた。


「あっ! 宰相閣下!!」

「なに?!」


 古典的な手だけど、実際やる人は少ないんだろう。効果はあった。衛兵のケンが顔をめぐらせたとき、ごついこぶしがほんの少しゆるんだ。俺は彼を振り払って駆け出した。


「こらッ! 止まれ!」

「そいつを捕まえろ!」


 うわわわわ、どうしよう!


 どうしようったって、やってしまったものはしかたがない。衛兵たちが追ってくる。もう走るしかない。


 年のわりには──あくまでも年のわりには──俺が小柄だったことが幸いした。俺は通用門を抜ける人波にまぎれ込み、荷馬車のあいだをすり抜け、馬の足をかいくぐった。


「うわっ、危ない!」

「なんだ、このガキ! 気をつけろ!」


 うっせー! 俺はガキじゃねーぞ!──なんて言い返す余裕は、もちろんない。


 アーチをくぐり、石畳を蹴って、ごちゃごちゃならぶ建物のあいだの細い通路へ向かう。先にある大きな扉が、少しだけ開いている。


 俺の心臓はもう爆発寸前だ。なんの部屋かもわからないまま、扉を開けて薄暗い室内へ転がり込んだ。──そこで、力尽きてしまった。


 どうにか扉だけは閉めることができた。鍵もかければよかったのに、そんなことすら思いつけないほど動転していた。


 たちまち大勢の軍靴の音が近づいてくる。どこか、どこかへ隠れよう。俺は必死で立ち上がろうとした。


 そのとき。


「──やあ、待っていたよ! よくきてくれたね!」


 と、大きな声がした。






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