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 ……場面は、エレメントルート伯爵家別邸前に戻る。


 余談ですが、()邸です。王都にいくつも屋敷があるんだね。すごいなあ。


 マクシミリアン──マクス兄さまが、エディットに右手を差し出した。


「本当に、なにからなにまでお世話になりました、エディットどの」

「とんでもない」


 彼女は現役ばりばりの王さまの姪だった。正直なところ、ディルク姓があるとはいえ、バルドイ男爵家はエレメントルート伯爵家に「ふさわしい家柄」とは言いがたい。


 けれど、エディットにこだわる様子はない。この程度の出費なんか、痛くもかゆくもないんだろう。彼女がマクスの手を握り返すと、続いてレオンハルトが前へ出る。


「弟をよろしくお願いします」

「ええ。義父上(ちちうえ)義母上(ははうえ)にも、お元気でとお伝えください」


 レオンは、俺の頬へ指の背で触れた。なんだかエディットの言葉にうなずいたついでみたいだ。


「ティ、なにか困ったことがあったら、オレース街にある『銀星館(シルヴァ・ブレイズ)』へ行け」

「本当に困ったときだけだぞ」


 マクスもひどく真面目な顔になっている。


 兄たちは年に一度か二度、かわりばんこに父のお供で王都へくる。銀星館は父にないしょで立ち寄る隠れ家的な場所であると、二人は言う。


「双子には言うなよ。先にティに教えたってばれたら、あいつら怒るから」


 レオンが秘密めかして言うから、驚いてしまった。銀星館を知っているのは四兄まで。俺のすぐ上の双子は上の兄たちと王都へきたことがなく、紹介する機会を逃していたそうだ。


「絶対な。言ったら、あの()のことを、みんなにばらしてやる」

「言いません」


 俺はすばやく右手を挙げて誓った。()()を知られたら、俺、もう二度と実家の敷居をまたげない……


 二人の兄は、馬上の人となった。


「ティ、覚えてるか? ()()()()()()()()()()()()!」

「違うぞ、レオン! ()()()()()()()()()()()()、だ!」


 俺は小走りになって、兄たちを乗せた馬を追いかける。「なんのこと?!」


「うちの図書室にあっただろ! 精霊の森の話だ!」


 手綱をあやつりながら、マクスが笑う。


 おとぎ話に出てくる台詞だろうか。でも、そんなのいちいち覚えていたら、次に読むとき楽しめない。忘却が俺の特技なんだ。


「さびしくなったりつらくなったら、歌でも口笛でもいい、俺たちを呼べ!」


 言ってレオンは鞭を振る。馬車の列は、もうずいぶん先まで進んでいる。二頭の馬は速度を上げた。

 

 ……行ってしまった。


 俺は息を切らして足を止めた。


 なんだよ、格好つけて。呼んだって、聞こえるわけがないじゃないか。


 アルノーは遠い。手紙を送っても、返事がくるのは半月以上先だ。


「…………」


 二人の姿は角を曲がり、じきに見えなくなった。


 俺は石畳を踏んでとぼとぼと引き返した。──目を上げれば、長剣を()き、ぞろりと背の高い青年が、門柱にもたれて待っている。


 彼の名は、グレイ。俺付きの従者になった男だ。くすんだ金髪に青灰色の瞳。顔だけいえばまずまずの二枚目だが、彼にはどこかのんびりした雰囲気がある。年齢は、はたちをいくつか過ぎたくらいか。


 グレイはなに食わぬ顔で俺のあとからついてくる。門をくぐると、エディットの従者が馬を引いてきたところだった。どうやら彼女は今から仕事に戻るらしい。


 こっちの従者はグレイとは対照的に、ずんぐりしたおじさんだ。名前は……なんていったっけ。いかにも、歴戦の勇士、って感じのおっかない目つきで、なんだか大柄なドワーフみたい。戦斧をかついだら、ものすごく似合うだろう。


 戻ってきた俺たちに気づき、エディットが切れ長の瞳を向けてきた。彼女は本物の王宮騎士で、どこかの隊の副隊長を務めているそうだ。


「あの……」

「ん?」


 エディットは軽く目を見開いた。──まつ毛、長いんだなあ。


「ありがとうございました。兄たちの見送りにきてくれて」

「いや」


 エディットは、にこりと口角を持ち上げた。「あなたたちは、いつもにぎやかだな」


 そうかな。さっきみたいに言われっぱなしで終わることがほとんどなんだけど。


 夫婦の語らいも、それでおしまいだった。


「グレイ、カイルを本邸まで送ってくれ」

「ははっ!」

「わたしは王宮へ戻る。今夜も遅くなるから、カイルは先に休んでいるように」

「はい、わかりました」


 ……業務連絡は以上。


 本日もじつにそっけない。


 この人、俺のことをどう思ってるんだろう──さっそうと馬にまたがるエディットを見上げ、俺は考える。彼女はわざわざ仕事を抜けて、兄さまたちを見送りに別邸まで足を運んでくれた。だから、嫌われているとは思わない。俺に興味がない、っていうのが一番しっくりくる言いかただろうか。「夫」として存在していればそれでいい、って感じ。


 ドワーフおじさんを従えたエディットはてきぱきと行ってしまい、俺はグレイが御者を務める馬車で本邸へ帰った。


「「おかえりなさいませ、旦那さま」」


 そう。俺はこの家の「旦那さま」だ。エディットの両親はすでに亡くなっており、主人と呼べる男が、ほかにいないためである。とはいえまさか、(よわい)十五で旦那さま呼ばわりされるとは……


 いつもお出迎えは執事と侍女の二人ぽっち。これだけのお金持ちなら、数えきれないほどの使用人を雇うのが当たり前だと思う。なのに、この屋敷は妙に人が少ない。彼らのほかには、秘書、下男、料理長(コック)、先ほどの二人の従者でおしまいだ。別邸にはもっと大勢の家士がいるから、人手不足なわけでもなさそうなのに。


「旦那さま、ご昼食はいかがなさいますか」


 極めて慇懃に尋ねてくる執事のワトキンスへ、俺は小首をかしげてみせた。


「今日は結構です。──少し、気分が悪くて」

「それはよろしくございませんな。お薬をお持ちいたしましょう」


 ワトキンスは、ずい、と一歩前へ出る。


 彼はとても目力が強い。闇の底みたいな黒い眼光を向けられて、俺は本気で後ずさった。たぶん具合がよくないせいで、立ちくらみを起こしたように見えただろう。


「い、いいえ、平気です。しばらく部屋で休んでいてもいいですか?」

「もちろんでございますとも。──グレイ! グレイ!」

「はいはい、ただいま」


 下男へ馬車を預けたグレイが、ひょろひょろの手足をもてあますように駆けてきた。ワトキンスは顔をしかめた。


「これ、グレイ。旦那さまはお加減が悪くていらっしゃる。お部屋までお送りしてさしあげろ」

「はっ、かしこまりました。──ささ、参りましょう、旦那さま」


 グレイは二階にある俺の部屋の前まできっちりとついてきた。俺は彼を見上げ、いかにもだるそうに言う。


「……しばらく横になっていますので、夕食の時間になったら起こしてもらえますか」

「お任せください!!」


 従者の顔には、よっしゃあ! 午後は休みだぜ! と、()()()書いてある。基本的には無愛想なチーム・エディットの面々だが、彼は比較的わかりやすい若者だ。俺が後ろ手に扉を閉めてしまうと、スキップするらしいかろやかな足音が、廊下から階段へと響いてゆく。


「…………」


 俺は、カチリ、と扉に鍵をかけた。


 ほどなくして、前庭からグレイの声が聞こえてきた。出入りの八百屋の女中かなんかとデートに出かけるようだ。侍女のバルバラがガミガミ叱りつけている。


「…………」


 ──ようやく一人になれた。


 ちょっとだけ笑いがこみ上げてくる。俺は待ち望んでいたのだ。この瞬間(とき)を。


 ついに計画を実行する日がきたぞ!





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