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伯爵令嬢は、契約結婚した俺にいつ恋をする?  作者: カタイチ
三章 王宮編

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 さっきの魔法をもう一度見せて、と、彼女は言った。


 断っておくが、()()()()()()()()、ではないのである。十五年と数か月ぽっちとはいえ、これまでの俺が格別地味な人生を歩んできたせいもあるだろう。ここ数週間というもの、銀縁眼鏡の鬼教官に、作法とかダンスとかをしごかれていたせいもあるだろう。


 ともあれ、その言葉は、ひどく俺の胸に響いてしまった。


 自分一人だけで、案外悪くないんじゃないか──と思っていたささやかな趣味を、ほかの誰かからいいと言われることがこんなにもうれしいなんて、俺は知らなかったのだ。


 しかも相手は、超にして絶なる美少女である。こまかな花模様のリボンをいくつも結んだ長い巻き毛は、すごいような銀色だ。(みは)るとこぼれ落ちてしまいそうな青い瞳が、()()と俺を見上げてくる。小さな手指を組み合わせ、


「……ね、いいでしょう?」


 これを断る度胸を持った男がいたら、お目にかかってみたい。


「かしこまりました、王女殿下」


 俺がうなずくと、クローディア姫の瞳はなおいっそう明るく輝いた。


 王宮魔法士は一人しかいなくても、王宮お出入りの魔術師ならいるのかもしれない。クローディアは魔法使いを知っていた。


 王族に(わざ)を披露できるなんて、王都でも指折りの一座の、花形魔術師に違いない。だが、間近で見るのはなにか違うのだろうか。彼女は俺が出した光の玉に歓声をあげた。


「すてき! まるで小さなお日さまみたい!」


 彼女がそんなふうに言ったから、俺にも太陽のイメージが生まれた。──すると、白かった魔法の光は、白銀を経て、次第に濃い黄金(こがね)色へと変わった。俺の手のひらの上で、かげろうのようにゆらゆら立ち昇り、じきに消える。


「きれい……」


 クローディアは、うっとりとため息をついた。


 俺が自分の想像(いまーご)を魔力に映してみたのは今日が初めてのようなものだ。つまりは付け焼き刃で、それほど複雑なことをできるわけがない。そして、子どもは飽きっぽい。お姫さまはすぐに違うものが見たいと仰せになる。


「ね、ほかにはどんな魔法がおできになるの?」


 いくらなんでも錠前開けだの、()()(わざ)をお見せするわけにはいかん。断じていかんよな、うん。


「そうですね……」


 俺は選んでいるふりをする。ほかに(うた)える呪文がないこともないが、決して見映えのする魔法ではない。


 あ、そうだ。


 アルノーの実家の庭で、季節が変わるごと、よくやった遊びがあった。今が秋の終わりだったら、いろいろやりやすかったんだけどなあ。


 ──詠う言葉はこの手に宿る。


「……『そよぎ なびけ わがもとへ()よ』」


 右手を伝い、指先へ。


「『吹き下ろせ 天辺より 大いなる大気』」


 示すものは、小さな花が満開の金木犀(キンモクセイ)の木。


「──きゃ!」


 クローディアが可愛らしく叫び、銀の髪を押さえた。


 俺がくるりと人差し指を回せば、風はゆるやかなうずを巻き、落ち葉が舞い上がる。音を立てて金木犀の葉が揺れる。いっぱいの可憐な小花が、空に舞う。


 王女の唇が、かすかに開いた。


「まあ……」


 ほろほろと散ってゆく金色の花吹雪を見つめ、瞳を何度も瞬かせる。──風がやむと、辺りには地面に敷き詰められた花の香りがふくいくと漂った。


「………………」


 クローディアは、両の手のひらを自分の頬に押しあてた。


 彼女があんまり長いこと黙っているので、俺は不安になってくる。……もしかして、ぜんぜんつまんなかった?


 ──突然、クローディアが芝に手をついて、俺の顔をのぞき込んだ。


「エレメントルート卿」

「は、はい」


 うわ、近い。顔が近いよ。


「あなたはいつから魔法使いなの?」

「え?」

「魔法を教えてくださるかたがいらしたの? それとも、あなたのお父さまか、お母さまが魔法使いなの?」


 ああ、そういうことか。


 子どもの質問は、いつだって唐突だ。俺にも小さな姪っ子がいるから、わからないでもない。


「いいえ、今の呪文は特に誰かから教わったのではありません。本で読みました」

「魔法は本に書いてあるの?」

「はい。どんな本にでも書いてあるわけではありませんが」

「わたくしにも、できるかしら?」

「はっ?」


 クローディアは胸の前で両手を組み合わせ、大きな空色の瞳をうるませている。──それを見ていたら、思わずうなずいてしまった。


「そうですね。殿下もお勉強されれば、きっとおできになると思いますよ」

「エレメントルート卿は、たくさんお勉強をなさったの?」

「まあ、それなりに……」


 正確にいうと、俺の場合は勉強のつもりじゃなかったんだけど。


「──クローディア!」


 声がして、彼女はようやく俺から瞳をそらし、振り返ってくれた。息をつく暇もなく、性急な足音とともに現れたのは、またしても子どもである。


「クローディア! 侍女たちが探していたぞ!」


 駆けてきたのは、クローディア王女よりもさらに幼い男の子だ。濃い茶の髪と瞳、きかんきな目つきの少年は、俺に気づくと即座に腰の小剣へ手をかけた。


「おまえ、誰だ?! なにをしている! クローディアから離れろ!」

「いけないわ、テオドア」


 クローディアが、おっとりととりなした。


「こちらはカイル=エレメントルート卿。エディットお姉さまの旦那さまよ」

「なんだって?」


 男の子は、(ひざまず)いた俺をじろじろと見下ろした。──こうなると、さすがに冷や汗が出る。


 勇敢な()()殿()()へ名乗りをあげる俺に手を伸べ、クローディアが誇らしげに言う。


「エレメントルート卿は、魔法使いなのよ!」

「魔法使い?」


 国王マティウス二世の一子、テオドア王子は、どかりと俺の前へ腰を下ろした。王子はまだ八歳のはずだ。きりりとした眉をひそめ、父親にそっくりの厳しいまなざしで、測るように俺を見る。


「……魔法使いって、そんなへんてこな格好をしているか?」


 それを言われますと……


 誰もいなかったのをいいことに、俺は靴を脱ぎ、ズボンの裾を折り返した裸足である。かき回したぼさぼさの赤毛。かたわらには金髪のかつらや、長い(ブーツ)が無造作に投げ捨ててある。──なんとはなしに、ローブをからげた珍妙ななりの、初めて会ったときのオドネルを思い出してしまう。


「クローディア、ミリスたちが探していたぞ。こんなところで、なにをしてるんだ」

「わたくしだって見たかったんですもの、エディットお姉さまの結婚式。大人しか行っちゃいけないなんて、ひどいわ」

「結婚式じゃないだろ。爵位……ええと、じゅよ式だ」


 してみると、クローディア姫は大広間をのぞきに行こうともくろんで、中庭を通りかかったらしい。侍女にもないしょでとは、見かけによらず、なかなかのおてんばぶりだ。


 ……ていうか、あれはやっぱり結婚式だったのね。


「わたくしね、エレメントルート卿に、素晴らしい魔法をいくつも見せていただいたの」

「ふうん」


 テオドア王子は従姉(いとこ)と俺を見比べ、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「いいだろう、僕にも見せてみろ」


 はい?


「僕もこのあいだ城に招かれたルシオン一座の『大花火』なら、見てるんだ。あの『流星』は、見事だった。クローディアも覚えているだろう?」

「え、ええ」


 俺を見るクローディア王女の瞳が、少しばかり心配そうに瞬いた。テオドアはますます不満げになる。


「どうした、エレメントルート卿。できないのか? 早くしろ」

「ここで『流星』なんてやっては、お城中のみんながびっくりしてしまってよ」


 あわてたように、クローディアが言う。


「もっとほかのものがいいわ。──ほら」


 たおやかな指が、飛んでゆく赤とんぼを指した。「あの()()()をやってみせて? ね?」


 きっと彼女は俺に『流星』とやらができまいと思い、代わりの案を出してくれたんだろう。──それにしても、とんぼって。花のような火を見せるから、『花火(ふろらーど)』って言うんじゃない?


「クローディアは馬鹿だなあ」


 テオドア王子は大いにあきれ顔だ。


「もっと()()()にしろよ。──エレメントルート卿、とんぼより、クワガタだ」


 どっちだって、たいした変わりはない。


『流星』だろうが虫だろうが、俺にそんな(わざ)ができるだろうか。少なくとも俺はまだ、『花火』で具体的な絵を描いたことはないのだ。──首をひねっていると、意外な方向から助け船がやってきた。


「カイル」


 来訪者の多い庭である。振り返れば、今度は俺の妻が立っていた。


 どうやらエディットは、姿を消してしまった俺を探しにきたようだ。()()を解いている俺を、じろ、とにらみつける。だが、すぐに笑みを浮かべ、俺のかたわらにドレスの裾を広げて膝をついた。


「これはこれは、思いがけないところでご尊顔を拝します。テオドア王子殿下、クローディア王女殿下」

「エディットお姉さま!」


 クローディアが、うれしそうに腰を浮かせた。


「とってもすてきな旦那さまね! これからエレメントルート卿が、わたくしたちに魔法を見せてくださるのよ!」

「魔法」


 エディットの形のいい眉が、少し上がる。──彼女の瞳の色を見て、俺の心臓は、どきり、と鳴った。


 あれ、ひょっとして……ものすごーく怒ってる?






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