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 おばあさまの崩御ののち延び延びになっていた爵位授与式だが、正式な日取りが決まってからは早かった。一生延期が続いてもかまわないんだけど──本音をいえば祈るような思いだったが、そんなことはありえない。


 お天気もよくてうららかな午後である。俺は(あお)の塔へ出かけた。


「……これまでに述べたように、『召喚魔法(さーる)』における呪文(ことば)とは、神々や精霊たちを呼び出し、力を借りるための約束ごとだ。だが、『想像魔法(いまーご)』における呪文は、似て非なるもの。なぜなら想像魔法の呪文とは、自らの想像を喚起するための触媒であるからだ。呪文によって想像を(いざな)い、誘われた想像に魔力を加えれば、それは現象となる。──ゆえに、かつての偉大な魔法使いたちは、自らを『言葉に力を与えるもの』と、言い表した……」


 このところの俺は、ユーリといっしょに魔法学を教わっている。


 教師役は当然、この時代のアセルス王国にたった一人の王宮魔法士、ジュリアン=オドネルだ。妙に響きのよい彼の(テノール)が、俺を想像どころか夢の世界へ誘ってゆく。


 ──と、オドネルが言葉を切ったので、われに返った。見れば彼は(すす)けた天井を仰ぎ、片手で目を覆っている。


「おお、やんぬるかな……! ヨアヒム=ファーヴァーを導いた三人の賢者の背中のこぶにかけて、きみたちは私の話が退()()だと言うんだね?」

「ようやく気がつきましたかぁ……」


 答えたのはもちろん俺ではない。机に頬杖をついたユーリが、大きなあくびとともに言う。


「師匠の催眠魔法は、すごい威力ですからね。ティ坊ちゃまなんか、白目むいてました」


 え、本当? 俺、そんなつもりはなかったんだけど。


 しかし、思い返してみれば意識がなかった瞬間は何度もあった。……オドネルさん、ごめんなさい。


 近い将来魔法学院で教鞭をとるであろう魔法士は、しょんぼりとローブの肩を落とした。


「わかっているとも。いまどきの子どもたちが知る魔法は、見世物小屋だのサーカスだので演じられる、派手できらびやかなものばかりだというくらい……」

「そうですねえ、手品じゃなかったら、やっぱり『花火(ふろらーど)』とか、『夢幻(ぷりるーど)』辺りが思い浮かんじゃいますね」


 ユーリがうんうんうなずいている。


花火(ふろらーど)』とは、魔法の光で絵を描く術だ。火薬の花火とは異なり、火をもちいない。天幕(テント)の中で演じられるから季節や時間も問わないし、定番の出しものといってよい。


夢幻(ぷりるーど)』なら、もっとこまやかな映像を見せてくれる。誰しも一度は行ってみたいと思う、有名な観光地の見知らぬ風景を描き出したりする、らしい。


 らしい、というのは、俺が『夢幻』を見たことがないからだ。俺がサーカスで魔法使い──魔術師ともいう──を見たのは、今までに二度だけである。アルノーみたいな田舎町に、大きな一座はやってこないのだ。そして、サーカスで『花火』を演じる魔術師はしばしばいても、『夢幻』の演じ手はほとんど見ない、とユーリも言う。


「師匠、どうしてなんですか? どちらも絵を描く魔法なのに」

「それはね、魔法の種類が異なるからなんだ」


 気を取り直した様子のオドネルが、右の手のひらを天井へ向けた。


「『花火(ふろらーど)』は、想像魔法の初歩である『成型(じぇてぃす)』の一種だ。術者は自らの魔力を形にして、体外へ放出する」


 彼の手の上に、白い光の玉が浮かんだ。以前見せてもらったときと同じように白光は宙を舞い、まるで秋桜(コスモス)みたいに、大きな花弁を開いて散った。


「対して『夢幻(ぷりるーど)』は、想像魔法の中でも『対人魔法(ほーま)』と呼ばれる業に属している。相対する人の精神に働きかけて、まぼろしを見せるんだね」


 今度は左手の人差し指で、机を指す。──と、こまかな傷のある天板の上には、彼の親指ほどの背丈の、三角帽子に顎ひげを生やしたこびとが現れた。


「きゃっ」


 ユーリの声にこびとは目を丸くして飛び上がり、ちょこまか駆けまわると、じきにかき消えてしまった。


「魔法に対する耐性は、人それぞれだ。みんなに同じまぼろしを見せなければ、金を取ることなどできないだろう? 下手を打つと、見える客と見えない客が出てしまうんだよ」


 たとえば、同じ講義を受けていても、俺は眠り込んでしまい、ユーリはあくびをする程度ですんだように、か。


「だから『夢幻』の使い手は、縁日などで少人数の客を相手にする大道芸人に多いね。むろん、例外はあるが」

「へえー、なるほどー」


 オドネルは、栗色の瞳をらんらんと輝かせているユーリを見、おそらくは同じ瞳になっているであろう俺を見る。


「たやすいのはやはり、『花火』のほうかな。きみたちもやってみるかね?」

「「はい!」」


 俺たちが間髪をいれず声をあげたから、オドネルは目をぱちぱちさせた。


「なるほど……講義よりも実践というわけか」

「もっちろんですよー」


 ユーリが張り切って腕まくりをした。オドネルがあっちを向いたすきに、俺の耳元へ、こそっとささやいてくる。


「……ティ坊ちゃまにきていただけるようになって、本当に助かりました」

「え、どうしてですか?」

「なにせ師匠は前置きが長いので……今までにわたしが教わった魔法って、このあいだの火の術ひとつだけなんですから……」



 ◆◇◆


 間違いない。実践するのは、楽しい。


「……『魔法の力はわが手に宿る 破る力は右の手に 護る力は左手に』」


 これは、大昔から伝わる、術者の『想像(いまーご)』を呼び起こすための魔法の言葉だ。


「『言の葉は示すものへと伝わりぬ』……」


 俺の右の手のひらの上に、透き通った丸い光が生まれた。シャボン玉のように、少しずつふくらんでいく。


「カイルくん、触れてみてごらん」


 おそるおそるつついてみて、驚いた。本物のシャボン玉よりずっと固いし、弾力がある。


「それに色をつけて形を整えれば『花火(ふろらーど)』になる」


 オドネルは右手で黄色、左手では濃い茶色の玉を浮かべる。──彼の頭上で二つの光が組み合わされ、大輪の向日葵(ひまわり)を描いてはじけ飛ぶ。


「魔力って、物質化するんですね」


 尋ねてみると、なぜかオドネルは困ったような笑みを浮かべた。


「そうだよ。今はまだ、きみたちにくわしく教えるつもりはないがね」

「どうしてですか?」

「物質化した魔力は、()()にもなるからだ」


 どきり、とする。だが、考えてみれば当たり前のことだ。かつては多くの魔法使いが冒険者として迷宮に入り、魔法をもちいてあまたの魔物を(ほふ)ってきたのだから。


「今の時代に魔法士を養成するなら、世の人々に受け入れられるものでなくてはならない。私はターカンタスの大魔導師のごとき人間兵器を育てるなど、ごめんだからね。──それにこのほうが、ずうっと()()()だろう?」

「物質でも非物質でもかまいませんけどね……」


 と、オドネルの隣でぼそぼそこぼすユーリは、ご機嫌斜めもいいところである。


「師匠、()()()()()()()()()!」


 彼女もさっきから幾度となく呪文を唱え、右手を出したり、左手にしたり、はたまた握ったり開いたりとうなっている。けれど、魔力の玉は一度たりとも産み出されていない。


「うん、そうだろうね」


 オドネルはこともなげにうなずいた。「ローランドくんは、ひたすら精進したまえ」


「どうしてわたしには出せないんですか?!」

「こればっかりは、始まりの大神の母たる、()し方と行く末を司る女神へ捧げた歳月の違い、とだけ言っておこう」


 ようするに、俺とユーリでは魔法の稽古をしていた年月が違うと言いたいらしい。ユーリ=ローランドはますますふくれっつらになる。


「──おや、もうこんな時間だ」


 時計の鐘が四回鳴り、五時を告げていた。


「カイルくん、今日はここまでにしよう。物質化した魔力をどのように変化させるかは、また明日説明するよ」

「すみません、僕、明日からしばらくこられないんです」

「おお」


 オドネルは眉を上げた。ユーリも呪文の詠唱をやめて、俺を見る。


「ティ坊ちゃま、いよいよなんですね?」

「はい……」


 きっと俺は、さっきのオドネルよりも、よっぽど肩を落としていただろう。


 俺が正式にエレメントルート伯爵となってしまう日が、あと三日にまでせまっている。


 爵位授与式が近くなると、俺の生活は一変した。それまではみんな俺のことなんかほったらかしだったくせに、突如として作法だの儀式の稽古だのを()いるようになったのだ。


 ……稽古が当然なのはわかってるけど。伯爵にならなきゃいけないんだから。


 明日からはもろもろの準備が佳境を迎えるため、蒼の塔へくることは許されない。それは秘書のオーリーンからも、きつく言い渡されてしまった。


「そんなにへこたれるほどの事件は起きやしないさ。それに、なにごとも経験だ」


 オドネルは笑い、ふと、思いついたように立ち上がった。


「カイルくんに、いいものをあげよう」

「?」


 俺はユーリと顔を見合わせた。オドネルはいくつかの棚や引き出しの中をかき回し、やがてなにかを手にして戻ってくる。


「わがオドネル家に代々伝わる幸運の護符(おまもり)だ。これさえあれば、きみには素晴らしい運命が開けるだろう」


 鈍い銀色の、小さなメダルを渡された。両面に刻まれているのは複雑な幾何学模様と、見たこともない文字である。はしには穴が開けられ、短い革ひもが本のしおりのように結んであった。


「書いてあるのは精霊の言葉だよ」

「どんな意味なんですか?」

「いかにカイルくんといえど、それを教えるわけにはいかないな。なにせ、秘伝だからね」


 とはまた、なかなかにもったいぶった言いかただ。


「……ありがとうございます」


 オドネルの心づかいが、とてもうれしい。


「ティ坊ちゃま、がんばってくださいね」

「カイルくん、きみに始まりの大神の加護があらんことを。──しっかりやりたまえよ」


 ドワーフおじさんが扉の向こうで待っている。俺は立ち上がり、手の中の護符を握りしめた。


 こうしてさえいれば、明日から起こるできごとに対して、勇気を出せるように思えてきた。





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