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あなたがいつか黒猫カレーを食べるチャンスに恵まれますように。


気が付いたときに僕が感じたのは、強烈な怒りだった。

だってカレーがないのだ。僕がこれから食べようとしたカレーが。金属の皿からは、カレーがきれいさっぱり消えていた。

消えるどころではない。僕のカレーが入っていた皿は、誰かがキレイに磨いたみたいにピカピカにでカレーが入っていた痕跡すらない。まるで僕の一瞬のすきを見て、マジシャンが皿を入れ替えてしまったかのように。

「僕のカレーがない。誰かが食った!」

思わず僕は声を出した。どうしても許せなかったからだ。


「…いいから、まず口の周りのカレーをふけよ」

隣に座っていた中年ビジネスマンが、そういって僕に紙ナプキンを数枚差し出した。口の周りのカレー?何のことだ?でも確かに何か違和感がある。口のあたりに。

僕は昂ぶった自分の感情を抑え込むために、とりあえず隣のビジネスマンがくれた紙ナプキンを受け取り、口の周りに当ててみた。

なんてことだ。まさかと思って自分の口元に当てた紙ナプキンを見ると、茶色いカレールーがべっとりとついていた。

『もったいない!』

最初に思ったのはそれだ。そしてナプキンで口元を隠して、こっそり舌で舐めとろうとして痛みに気づいた。

舌が痛いのだ。これは火傷の痛みだ。熱いものを冷まさず無理やり口に入れた時になってしまう火傷状態。口の中も痛い。違和感もあるので、口の中でべろりと皮がむけているような気もする。

だがなぜ?僕は熱いものを食った記憶がない。だが不思議と飢餓感は消えている。胃袋は「とても満足しました」と穏やかな信号を僕の脳に送っている。

僕は混乱しながらも、いつの間にかコップの中に満ちていた水を一気に飲んだ。自分を落ち着かせるために。


「それ、大事なメモなんじゃないのか?」

隣の中年ビジネスマンが、また僕に声をかけた。メモ?

よく見ると、僕が置いたコップの下には、びっしりと文字が書き込まれたメモがあった。いや正確には店の紙ナプキン4~5枚に、誰かが文字を書き込んでいた。…僕の字だ。ちょっときれいすぎる気もするが、僕の字に間違いない。殴り書きというよりは、丁寧にキレイな字で書いてある。まるで結婚式の芳名帳に書くように。内容を見てみると、僕がいつか立ち上げようと思っていた新しいビジネスの問題点や展開が細かく書いてある。数行読んでビックリした。驚くべき洞察と細かさだ。そして僕はそのメモを読み初めて、ようやく思い出してきた。


黒猫カレーを食べた僕は、とてもハイな「状態」になったのだ。

そして爆発的に湧き出たアイデアの奔流に我を忘れ、どっぷりと思考に集中した。カレーを食べていることを忘れるくらい。こんなにも集中して思索したことは今までにない。

まさか黒猫カレーに何か麻薬的な成分が入っていたのだろうか?僕はまずそれを心配した。中国の食堂が客を捕まえておくために、怪しい成分の薬を料理に混ぜていた、というネットニュースが頭をよぎったからだ。


だが僕が知っている麻薬とは作用が違う。気分の高揚もダウンもなく、ただひたすら思考力が高まっていた感じがする。

実際、僕が書いた(と思われる)メモを見てみると、論理の破たんがない。ノリノリのハイな状態で書いたものではない。実に恐ろしいほどのキレ味で、ズバズバと要点がまとめてある。そしてそのメモを読みながら、僕はその時の洞察を自分でたどることが出来そうな気がした。

このメモは僕にとってとても貴重なものだ。あとで精査する必要はあるけど、優秀なコンサルタント5人分くらいの仕事に匹敵しそうだ。外に頼んだら300万円取られても不思議じゃない。僕は慌ててメモがかかれた紙ナプキンをかき集め、スーツの内ポケットに入れた。


周りを見てみると、どの客も黒猫カレーを食べ終わっているか、余韻を楽しんでいる感じだ。L字型に並んでいるので真横はよく見えないが、何かメモを書いている客もいる。

皆おとなしくて、「誰かが俺のカレーを食った!」なんてさっきの僕みたいに叫んでいる客はいない。いや「おとなしい」とは違う。静かにギラギラしている。

隣のビジネスマンがカウンターの上に小銭を置き、席を立った。その様子を見て、僕は少し驚いた。

ついさっきまではあまり印象に残らない中年ビジネスマンだったが、毎月フタケタ億を稼ぐカリスマ経営者のような顔つきになっていた。

そしてその男は、これから必勝のプレゼンテーションに臨むかのように堂々と店を出ていった。


隣の学生風の男も席を立った。顔つきを見て僕は驚いた。

新進気鋭の起業家のようなオーラを放っていたからだ。もしいまの彼に「僕のビジネスに出資しませんか?」と聞かれたら、ろくにビジネスプランを聞かずに即500万円を投資しちゃったかもしれない。彼が出資を募るビデオをネットに公開したら、50億くらい簡単に集まりそうだ。その価値が疑いないほどの「大成功のオーラ」をプンプン漂わせているからだ。僕もいろんなビジネスパーソンを見てきたけど、ここまでのオーラを持つ人間は今まで見たことがない。


『視点と思考の一時的な超拡張』

僕の頭の中にポン、と答えが浮かんだ。そしてその答えに至る数百行に及ぶ仮説や実証も。そう、僕にはまだ黒猫カレーの効果が穏やかに残っていたのだ。

じゃあ、僕が考えているビジネスのことも?

そちらに意識を向けると、僕の頭の中に紙ナプキン8ページ分のメモが登場した。書かれている文字だけでなく、紙の皺や水にぬれた場所まではっきりと見える。内容はすべて理解できる。僕にはメモに書かれた合計3258文字が、1枚の絵のように認識できるのだ。

そしてその結論に至るためのメモされていないさまざまな検証や、僕がとっくに忘れていた関連するネットニュースの記事までもハッキリ頭に浮かぶ。


僕は慌てた。この状況が一時的なことが自分で分かっているからだ。

インターネットにパソコン2台、ボイスレコーダー。図表を試し書きするためのスペース、数値をシミュレーションできるアプリ。今すぐ僕に必要なのは、これらの環境だ。

『黒猫カレーの効果が切れるまで、あと38分25秒』

頭の中にすぐに数字が浮かんだ。そしてその環境をそろう場所の地図も。

そして僕は1000円札を1枚置いて釣りをもらう時間を惜しんで外に出た。


その後の僕の話はここでは書かない。

そして僕が黒猫カレーに関して書ける話は、今のところこれでお終いだ。

読んでくれてありがとう。あなたがいつか黒猫カレーを食べるチャンスに恵まれますように。

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