ファン第一号
「それじゃあ、かんぱ~い!」
そう言って、知世は、僕のコーラが入ったグラスに、その手に持ったアイスティー入りのグラスの縁をを軽くぶつけてきた。
「ははっ、乾杯か‥‥」
「そりゃそうよ!真々田さんの初主演の第一話放送を祝してよ!‥‥って、真々田さんじゃなくて『成人さん』と言った方が正しいのかな。」
「どっちでもいいよ。‥‥いや、やっぱ真々田の方で頼むよ。」
彼女にそう頼んだ僕は、帽子を目深に被り、だてメガネをしていた。
最近では、見知らぬ通行人からも時々声を掛けられる‥‥そんな僕を取り巻く環境の変化が、僕にこの格好を強いていた。
「フフッ、そうね!いま注目の若手俳優様がここにいる事がバレたら、大変だもんねぇ~。」
「そういう言い方は、止めてくれないか。」
「冗談よ、ごめんなさい。ちょっとからかってみたかったの‥‥許して‥‥ネ!!」
顔をテーブルに向けて、その頭上で両掌を合わせて擦り合わせる。
出た!彼女お得意の許しを請うポーズだ。
正直‥‥これには弱い。
「もう、いいよ。‥‥全く、知世ちゃんには敵わないな。」
「へへっ。」
「それよりも、どうだった?昨日の第一話。」
「そうそう、その第一話なんだけど‥‥」
僕の問いかけに、彼女は軽く前に乗り出し、感想を言い始めた。
彼女、『杉浦知世』とはこの半年、定期的に会っていた。
元々の初対面は2年前の合コンに遡るのだが、その時は挨拶程度の会話で一応のメアド交換をしただけだった。
それが、その1年後、僕のドラマ初出演直後にメールを貰った。
そのリアクションの早さに驚きつつも、一応お礼のメールをしたのだが‥‥、その後も僕のドラマ出演の度に彼女はメールを送ってきた。
『自称ファン第一号』と名乗り、一応の御祝いの言葉を送って来てくれるのだが、それと共に送られてくる感想は、僕の興味を惹きつける内容だった。
個々のシーンでの僕の間の取り方、目線の送り方、台詞の言い方‥‥、良かった点を誉めつつも、「こうした方がもっと見る者を惹きつけると思う。」「こうした方が自然で、リアリティが出ると思う。」というような彼女の意見は、本人がなかなか気付き難い点を指摘した、成る程と思えるものばかりだった。
僕を取り巻く周囲の人達や知人は、大抵が僕の演技を誉めるばかりだった。しかも、その賛美の言葉には殆ど具体性が無かった。そんな中にあって、根っからのドラマっ子だという知世のその観察力と感性に基づく感想は、僕を驚かせた。
いつしか、僕は彼女と定期的に会うようになっていた。
そして、彼女から感想や意見を貰う事が大いなる楽しみとなっていた。
ある日、彼女が言った。
「ねえ、私、本人公認の須磨成人のファン第一号って事でいいわよね!」
「ああ、いいよ。」
「やった!!」
そう言って、無邪気な笑顔を浮かべて喜ぶ彼女を‥‥少し愛おしくも感じた。
「そうね、第1話って事で、探偵である主人公とそれを取り巻く周囲の人達の人間関係を視聴者に伝えながら、簡単な事件を解決していくっていう回だったわよね。」
「まあ、ありがちだけど‥‥そんな感じだね。」
「尺も決まっているから、ストーリー的にはあの位のボリュームで良かったと思うわ。ただ‥‥」
「ただ‥‥何?」
「これは私の個人的見解なんだけど‥‥、主人公とその周辺キャラとの関係性のアピールがもっとあった方がいいと思うのよね。」
「‥‥と言うと?」
「うん、もう何年も一緒に関わりを持ち続けている故の結びつきの強さの表現があった方が、奥行きが出て来て、登場人物の人間関係にも観る側の興味を惹きつけるんじゃないかなっ‥‥て。」
「‥‥成る程。」
「例えば、櫻木萌が演じていた探偵のアシスタント的な女性がいたわよね。」
「ああ。」
「彼女が自尊心と功名心が高く、マイペースの主人公に対していつも苛立っているっていうのは、彼女が早口なのとその強い語気から伝わってきたんだけど‥‥
それに対して、主人公の探偵が普通なのよね。」
「普通?」
「ええ、彼女にせっつかれても動じない‥‥、自然体っていう事だとは思うんだけど‥‥」
「‥‥うん。」
「もう少し‥‥、例えば冒頭にいつも少し間を空けるとか、ゆっくり話すとか、目線をわざと合わせないで話すとか‥‥、そうした振る舞いひとつで、主人公の彼女に対する理解とか懐の深さとかを強調する事が出来るんじゃないかなと思うのよね。」
「‥‥成る程ね。」
「あっ、御免ね!あくまで一視聴者の個人的見解だから‥‥、気を悪くしないでね。」
「いや、正直自分でも、少ししっくりきていなかったんだよ。鋭い指摘だと思う。ありがとう!」
実際、彼女の指摘は毎回的を得ており、僕に気づきを与えるものばかりだった。
「でも、第一話としては十分及第点はクリアしてると思うわ。」
「ハハ‥‥、及第点か~。」
「ファン第一号としては、厳しくして育ててかなきゃいけないからね。」
そう言って、杉浦知世はニッコリと笑ってみせた。
ショートカットにぱっつんの前髪の彼女は、笑うと両側の口元に笑窪が出来た。
そんな彼女の笑顔に、僕は癒された。




