失踪③
あちこちを岩にぶつけながらも、真々田が致命傷を追わなかったのは‥‥ある意味奇跡だった。
とは言え、打撲による内出血を何箇所も起こしているのは確かだった。地面に突っ伏した状態から立ち上がろうとした真々田を、体の複数箇所からの激痛が襲った。
それでも‥‥真々田は立ち上がり、そして叫んだ。
「小泉さーん、どこですかーっ。」
返事は‥‥なかった。
だがその直後に、真々田は自分が立っている山道から斜面を5メートル程下った辺りで、微かに動く気配を感じた。
真々田は、目をこらしてその辺りを凝視し‥‥そして発見した。其所にうつ伏せになって倒れているのは間違いなく小泉だった。
「小泉さん、大丈夫ですか?」
斜面を滑り降り、小泉の元に駆けつけた真々田は、小泉の耳元で声をかけた。
「あ‥‥ああ、真々田さんか。」
返事があった事で、真々田はほっと胸をなで下ろした。
どうやら、意識はしっかりしているようだった。
だが、それが=(イコール)大丈夫という訳ではない事は、その外観から既に分かっていた。
その左脚が、あらぬ方向に折れ曲がっていたのだ。
「しっかりして下さい。‥‥多少は動けますか?」
「そうだな‥‥、ぐっ‥‥。左脚は折れてるな‥‥。あと‥‥右肩を打ち付けられたせいで、腕に力が入らない。だが1番痛みを感じるのは脇腹だ‥‥。あばら骨の何本かは折れているだろうし、内臓系の方まで損傷したかもしれないな‥‥。」
真々田には、小泉に次にかける言葉が見つからなかった。
小泉の上半身を抱き起こし‥支えているその手は、小刻みに震えていた。
先に次の言葉を発したのは、小泉の方だった。
「なんてこった‥‥、こんな体じゃあ‥‥演じる事が出来ないじゃないか‥‥」
「小泉さん、生きてさえいればまたチャンスはあります。今は‥‥、とにかく生きて帰る事だけを考えて下さい。」
そう言って慰めるのが、真々田には精一杯だった。
しかし、その後‥小泉からの返事はなかなか返ってこない‥‥。
「小泉さんっ、小泉さんっ‥‥」
真々田は焦った。
「‥‥大丈夫だ。‥‥少し考えていただけだよ。」
「脅かさないで下さいよ。‥‥こんな状態で、何を考えてたんですか?」
「ああ‥‥、それなんだが‥‥、真々田さんに頼みたい事があるんだ。」
「何ですか?いいですよ、何でも言って下さい。‥‥なんたって、小泉さんは私の命の恩人なんですから。」
真々田は、小泉のどんな頼み事にも応じるつもりだった。
しかし、それは‥‥真々田にとって思いもよらないものだった。
「貴方に‥‥小泉浩良を演じて欲しいんだ。‥‥そして、私の代わりに‥‥今回の役を演じて欲しいんだ。」
「何を言ってるんですか?‥‥そんなの‥‥」
「無理じゃないよね‥‥。貴方の演技力は凄い‥‥そして、その風貌は‥‥奇跡的にも‥‥私にそっくりだ‥‥。」
「そういう問題じゃなくて‥‥」
「‥‥私が‥‥小泉浩良が‥‥俳優として名を馳せる為の‥‥最初で最後のチャンスかもしれないんだ。妻のためにも‥‥このチャンスを逃す訳にはいかないんだ‥‥。‥‥頼むっ。」
「無理ですよ。」
「‥‥何でもやるって‥‥言ってくれたじゃないか‥‥。」
「言いましたけど‥‥」
「‥‥解りました。」
押し問答の末‥‥、真々田は小泉の頼みを了承した。
真々田が、小泉の事を気の毒に思ったのは事実だった。だが‥‥それと共に、真々田の中でくすぶり続けていた演劇への思いが、そうさせたのかもしれない。
そこから真々田は、小泉の指示に従った。
まずお互いの服装を交換して、着替えた。そして、携帯電話、免許証を含めた全ての所持品を交換した。
「それで、当面の小泉さんの入院先等についてですが‥‥」
リュックの荷物の入れ替えを済ませた真々田が、そう言って振り返った時だった。
「こっ‥‥小泉さんっ!?」
ついさっきまで、横になっていた小泉が‥‥傍らの木に寄り掛かり‥‥立ち上がっていた。
「どうしたんですか?まだ寝ていないと‥‥」
「真々田さん‥‥、いや‥‥敢えて小泉さんと呼ばせてもらう。私が存在していたら‥‥この代役は完成しないんだよ。‥‥私は‥‥いてはいけないんだ。」
「何言ってるんですか。代役は今回だけの話じゃないですか‥‥。その後‥‥また、貴方が頑張るんじゃないですか?」
真々田の問い掛けに‥‥小泉は返事を返さなかった。
ただ‥‥代わりに、一瞬‥‥ニヤリと笑って見せた。
そして、次の瞬間‥‥小泉は斜面にダイブした。
ザザザザザザっ‥‥
滑り落ちていく音だけを残し‥‥小泉はその姿を霧の中に消した。
それから数時間後‥‥、意識を失いかけていた真々田は、到着した救助隊の手によって助けられた。
「しっかりして下さい。大丈夫ですか?‥‥貴方のお名前は?」
救助隊員からの問い掛けに、真々田は答えた。
「‥‥小泉、‥‥小泉浩良です‥‥。」




