スカウト
「何するんですか?離して下さい!」
一瞬、身の危険を感じた僕は、慌ててその手を払い除けた。
「ああ、すいません。つい、空想してしまっていて‥‥」
「空想って‥‥、いったい何なんですか!」
「申し遅れました。実は私、こういう者です。」
『株式会社ASプロモーション マネージメント担当 佐々木研一』、男が差し出した名刺には、そう表示されていた。
「失礼ですが、御名前を伺っても宜しいですか?」
状況がよく飲み込めていない僕にはお構いなく、男は尋ねてきた。
「真々田 優です。」
「真々田 優‥‥ね。」
そう言いながら、佐々木と名乗ったその男は、内ポケットから取り出した手帳にメモを取り始めた。
「職業は?」
「‥‥大学生です。」
「大学生?以外と若いんだね。‥‥何年生?」
「よ、四年生です。」
「就職先は、もう決まってるの?」
「‥‥何なんですか?!ズケズケと!」
「そうか、内定まだなんだ。」
「失礼じゃないですか!」
「ごめん、ごめん。怒らせるつもりはなかったんだ。」
男は軽く右手を上げ、表面上謝罪して見せたが、その口元は笑っていた。結果的に、僕の不快感を高めただけだった。
「用があるんで‥‥失礼します。」
「あ~っ、本当謝るから‥‥ちょっと待って!」
男は少し慌てた。こちらの苛立ちをようやく察したらしい。
「‥‥ご用件は何なんですか?」
「君をスカウトしたいんだ。」
一瞬、言葉が出なかった。
言われてみれは、男性の名刺は、彼が芸能事務所の人間である事を示していた。
その彼が、面識のない自分に声を掛けて来たのだから、その(スカウト)可能性はあったのかもしれない。
しかし、これまで他人に容姿を褒められた事もなく、個性にも欠けている僕に限っては、そんな事は想定外だった。
「冗談を言わないで下さい。」
「いや、こちらは至って真面目だよ。」
「僕の何がスカウトの対象になるんですか?イケメンでもないし、個性的な訳でもない‥‥」
「‥‥丁度いいんだよ!」
「?!」
「君を俳優として、スカウトしたいんだ。」
「俳優?‥って、何が丁度いいんですか?」
「背格好と顔だよ。」
「はい?」
「君さぁ、俳優の達磨正人に似てるって誰かに言われた事ないかい?」
「達磨正人?」
その名前は知っていた。元々は脇役中心の俳優だったが、その独特の存在感で注目を浴びるようになり、最近では連続ドラマの主役も務めるようになったベテラン俳優だった。
もっとも、そのファン層は50代前後が中心なのだが‥‥
そう言えば‥‥あった。
大学3年の時に参加した人生2度目の合コン‥‥
確か相手短大生グループの中に、自称相当な年上好きという娘がいて‥‥、その娘が僕の自己紹介終わりに言ったのが、
「真々田君て、達磨正人に似てるよね!」
という言葉だった。
ただ、周囲の他の参加メンバーからの賛同は得られず、盛り上がりに繋がる要素でもなかった為、その話題はすぐに収束した。
結果、僕の記憶の片隅に大した存在感を放つ事もなく佇んでいたのだった。
「1度だけ‥‥」
「1度か‥‥、まあ君たち世代だと仕方ないか‥。
それに君の知人達がどう思ったかなんて、どうでもいいんだ。
マネージャーの僕が言うんだから間違いない。
君は達磨正人にそっくり‥‥、いやちょっと違うな。
そう、君には達磨正人の面影があるんだ。」
男のテンションが上がって来ているのは分かった。彼が言うとおりの雰囲気が、もしかしたら僕にはあるのかもしれない。
だが、それがなんだというのだ?
「それと、僕をスカウトするのと何の関係があるんですか?」
「はぁ~‥‥」
僕の言葉に、男は呆れたように溜息をしてみせた。
「鈍いなぁ、もう!
分かった、はっきり言うよ!
真々田優君、君に、ドラマの中で達磨正人が演じている主人公の、若い頃の役を演じて欲しいんだ!」
やっと、男の意図が理解出来た。
なる程、確かに振り返って考えてみると‥‥僕は相当鈍かったのかもしれない。
ただ、この時の男からのスカウトは、それ程僕にとっては、想定外の事だったのだ。




