報告
自宅に戻った僕は考えていた。
(警察に捜索願いを出すべきか‥‥?)
(いや、待て‥‥。その前に解らない事だらけの現状を整理しよう。)
(知世さんは、突発的な事故に巻き込まれた?)
(勿論、その可能性はある。ただ、そうではなかったとしたら、彼女が行方不明になった原因に思い当たるふしはないか?何かその兆候は見られなかったか?)
僕は、思い付く限りの最近の知世について、整理してみた。
・僕からの旅行の誘いに、彼女は難色を示した。その理由はパスポートを持っていなかったから(?)だった。
・彼女は僕の父について尋ねてきた。そして、その後日、教えていなかった僕の父の名前を言い当てた。彼女はそれを発見と表していた。
・約束した店に彼女は来なかった。事前連絡はなかった。そしてその後、音信不通になった。
・彼女が住んでいる筈のマンションに行ったが、そこに杉浦という名前の人は住んでいないと管理人は言った。
これらを踏まえて、僕は考えを巡らした。
だが、説得力を持った答えは思い付かなかった。およそ仮説と呼べるような類いのものすら‥‥浮かばなかったのだ。
ただ、僕には根拠のない一つの確信だけはあった。
それは、この失踪は知世自身の意思によるものでは決してないという事だった。
(とりあえず、誰かに相談しよう‥‥。)
僕が辿り着いたのは、ありきたりな結論だった。
そして、僕にとって相談出来る相手は実は一人しか思い浮かばなかった。
その人は、仕事上最も御世話になっているマネージャーだった。
3日後、僕は沢渡という男と会っていた。
今時珍しいキチッと七三に分けた髪型、ストライプのワイシャツ、折り目のキチッと入ったスラックスと磨かれて黒光りしている革靴‥‥。どこか陰があるはみ出し者というより、爽やかなホワイトカラーの一員といった表現が適当と言えるだろう。
僕が持っていたイメージとは程遠いが、彼はマネージャーが紹介してくれた探偵だった。
「途中経過ではありますが、色々と判った事がありますよ。‥‥ただ、それと同時に新たな謎も出て来ましたがね。」
彼は意味深な前振りをしてから、報告を始めた。
「最初、私はあのマンションで『杉浦という女性を知りませんか?』と住人の一人に尋ねてみました。すると『知らないわ。』という返事が帰ってきました。
ところが‥、次に、頂いた知世さんの写真を見せて『この女性を知りませんか?』と再度尋ねると『知ってるわ。』という答えが返って来たんですよ。
そして、これは他の住人についても同様でした。」
彼の報告は続いた。
「それで、写真の人物が誰なのかを聞いてみたんです。すると彼女を知っていると答えた人達が同じ名前を挙げました。『田中さんよ』と‥‥。」
「えっ、田中?」
「そうなんです。つまり、貴方が杉浦知世と言っていた女性は、同じマンションの住人には田中として認識されていたんです。」
「なんで‥‥」
「ちなみに、住んでいる部屋も301号室だとすぐ特定出来ました。」
「301号室‥‥」
「ええ、それで部屋の中に入ってみたんですが‥‥」
「えっ、ちょっと待って下さい。どうやって中に?」
「管理人に自分は兄だと言って、田中という名前の名刺を見せたんですよ。」
「それにしたって‥‥」
「幸い知世さんの特徴等、多少の情報は頂いていましたし、前日立ち寄った時にスマホを忘れたと言ったら、一応信じてもらえたようで‥‥管理人自身の立ち合いを条件に、中に入れて貰えましたよ。」
「だって、本当は忘れてなんかいないんでしょ。」
「ハハハッ、そんなのソファのクッションの下にでも手を突っ込んで、予め手に持ってたスマホを見せればいいんですよ。」
「なる程‥‥」
呆気にとられていた僕を他所に、更に報告は続いた。
「そこで分かった事は2つ‥‥、
1つは彼女の公的な名前は『田中優子』だという事。部屋にあった複数の郵便物がその名前宛だった事から、そう考えるのが妥当だろう。
そしてもう1つは、彼女はすぐ戻るつもりで出掛けたという事。部屋にあった炊飯器が保温状態だった事から、その可能性は高いと言える。」
(やはり、彼女は自分の意思に反して行方不明になったんだ‥‥。それにしても、何故彼女は僕に自分を『杉浦知世』と名乗っていたんだろうか?)
「彼女の足取りや、行方不明になった原因に繋がるものがないかについては引き続き調査をしていくつもりです。
‥‥今のところの報告は、以上です。」
「あっ、ありがとうございましす。また、何か分かったらすぐに教えて下さい。」
「わかりました。」
探偵は、軽く頭を下げてから帰って行った。
分かった事があったと同時に、新たな謎も生まれた。
多少のショックはあった。
それでも、マネージャーのアドバイスによって、この探偵に調査を依頼したのは正解だったと思う。
警察に捜査依頼をしたところで、まだ連絡が取れなくなって数日であり、名前も違っていた事等を考えると、真剣に取り合ってくれたかどうかも怪しい。
ましてや、僅か3日間でここまでの捜査の成果が出たとも思えなかったからだ。




