今宵の月の…
(どうしよう?これから…)
会社を首になってから数週間が過ぎた。高橋は、元会社から少し離れた公園のベンチに座っている。右手に豆が少し入った小袋を引っ提げて、左手で、地面に蒔く。この動作をすると何処からか鳩が近寄ってきて、豆を食べ出す。高橋は、この作業を数週間繰り返していたのだ。鳩を見ながら、高橋は考えていた。
会社を首になったことは、家族に言っていない、いや、言えない。軽い気持ちで(会社を首なったわぁ)と言ってしまったら、妻や娘はどんな顔をするだろうか?
こんな自分を置いて、妻は家を出ていってしまうだろうか?
それとも、包丁とかを持ってきて襲いかかるだろうか?
…
想像する全ての結末に恐怖感を覚えながら、溜め息を吐いた。
(いいよな。お前らは悩みなんてないだろ?)
高橋は餌をつついている鳩に話しかけた。勿論、鳩は返事などをしないで、餌に夢中になっている。毎日与えていた影響だろうか?増えている。高橋は餌をやりつづけた。
…
夕日が傾いた頃に、高橋はベンチから立ち上がった。それに驚いて、数匹の鳩が飛び立っていった。(あいつらにも帰る場所とかあんのかな?)と思いながら、鳩を見送った。折り畳んでいたスーツの上着を着て、長年使い込んだ鞄を小脇に抱え込んで、足早に家に急いだ。誰も丸一日
公園で鳩に餌やりをしていた暇な男とは思わないだろう。明らかに仕事帰りの男に変身をしていた。
ふと、空を見上げると月が登り始めていた。言葉を失いながら、ぼんやりと見上げた。(めちゃくちゃ綺麗だなぁー今まで気づかなかったわ。)とうっすら思いながら、妻と子供が待つ家にたどり着いた。