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解雇

(不味いな。)

目の前の大きなガラス窓から見える漆黒の闇を見ながら、社長は言い放った。 その一言は、何も見えない闇にキラリと流れ星がスッと、横切る様に鋭く聞こえた。


(…はい。その通りです。)

私は、その一言の返答しか言えなかった。社長は、私に背を向けて、大きなガラス窓から見える闇をずっと見つめていた。顔は体事そちらに向いているので、勿論、顔色も伺えない。だが、後ろ姿からは、薄々と怒りの黒煙がわなわなと出ている事に気がついている。[不味いな]と言う一言に接ぐ言葉を、私は今か今かと待っていた…徐に社長は口を開いた。


(こんな事になるなんてなぁ…君には失望したよ)

(…)


これは、確実に許さない事を意味する。長年、サラリーマンをやっているのだ。これは怒りを表している位は解る。私の右こめかみにゆっくりと冷や汗が流れるのがわかった。


(よし、辞表書いてくれないか?その後のことは…そうだな、三日間の時間をやる。その三日間で身辺整理してくれ)


そう言うと、社長は机から真っ白な封筒を渡してくれた。万年筆は…自分が持ってる。自分の腕が震えているのがわかる。もう、すぐそこまで自分の終わりが待っているのだから、震えるのは仕方がない。震える腕に力で押さえ付けて、私は封筒の表側に【辞表】と書いていく。字の上手さに自分でも驚きながらゆっくりと書いた。そして、中身の白い紙に理由を書こうとした瞬間に、視覚の見えない所から手が伸びてきた。社長だ。今書いたばかりの辞表を奪い取ると、社長は言った。


(形だけでいいんだよ。辞表って解るからさ、中身は秘書か人事部の人間に上手い事を書かせるからいいよ。)


そうして、辞表を机に放り投げた。


(それじゃ、帰っていいよ。お疲れ様。)


その言葉を聞くか聞かないかと言うタイミングで、社長室の分厚い扉を出た。廊下には明かりも薄暗く灯っていてたが、誰もいない。

私は振り返って扉のプレートの【社長室】という文字を睨み付けた。その後に怒りに任せて、廊下をずんずんと進んだ。



気がついたら、エレベーターの中であった。ゆっくりと階数の表示が下がっていく、比例して心の興奮も下がっていった。


(俺は何の為に仕事を頑張ってきたんだよ…これでは、娘や妻に申し訳ないよ…何て説明したらいいんだ)


娘は今年、高校に入学する。偏差値もそこそこの高校だ。合格したと聞いた時は、まるで自分が受かったかの様に喜んだ。その時に妻が記念にと、娘と二人並んだ写真を取った。写真に写る娘は笑顔であったが、それに比べ俺は顔がぐちゃぐちゃな泣き顔であった。せっかくの親子写真なので、俺は財布の中身に閉まって、時々見るようにしていた。思わず、財布からその写真を取り出した。いつも見ている親子の姿がそこにはあった。だが、何故か分からないが写真が歪んで見える…気がついた。俺は目に一杯の涙を溜めていたのだ。


(あれ?俺泣いてるの?)


自分でもビックリしていた。その後に写真に一粒の涙が落ちたと同時にうめき声を上げて号泣に変わってしまった。これまた、自分でもビックリした。


チーン


エレベーターの扉が開いた。扉が開いた同時に乗り込もうとした人々が驚いていた。エレベーターの中では、一人の男が写真を握り潰しながら、うなだれて泣いていたからだ。(大丈夫ですか?)と声をかけられたが、嗚咽が止まらないので、返事が出来なかった。俺はよろよろとエレベーターを出た、人々が道を開けていき、俺のひ弱な姿を珍しそうに見ていた。顔を上げることが出来ない…


会社の入り口のドアを何とか開けて、外に出た。会社の回りはゆっくりと電灯を照らしていた。気がつけば夕刻。日が沈むのは間近であった。


高橋一【たかはしはじめ】勤務歴12年目にして、会社解雇。


あっさりと首を切られた男には、明日の事を考える事さえも出来なかった。





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