ゲームの世界に転生したが俺の顔面が崩壊しててワロタ ―役者は集う―
これは入学式の続きです。
高校に通い始めて数週間が過ぎたが、クラスメイトに話しかけられた回数がまだ両手で数えられる程度だ。
隣の席の子も心なしか席が離れているような気がする。つーか俺の机の周りが掃除されていないように見えるのは目の錯覚だろうか。
学校での話し相手は今一緒に弁当を食べているかれんのみだ。こいつが居なかったら暗黒の高校生活を送る羽目になってたと思う。いくら精神年齢が高くてもぼっちは寂しい。ありがたやありがたや。
しかしかれんといると厄介事に巻き込まれるんだよね。主人公関連のイベントに次々と。既に数多くの修羅場が起きております。かといって逃げようとしてもかれんに勝てるはずもなく。もはや無事を祈ることしかできません。
授業が結構難しくなってきたねー、分かる分かると雑談してるとざわっとクラスが色めき立った。
みんなの視線の先には緑色の髪の上級生。教室に入ってゆっくり此方へ向かってくる。その間も女の子の黄色い声に答えて手を振ってるあたり軟派な男っぽい。ナンパきゅうりと名付けよう。
ナンパきゅうりはかれんの近くへ来ると跪いて手を差し伸べた。
「食事中大変申し訳ありません。乃木坂さん、どうか僕もご一緒させてもらえませんか?」
かっけええええええええ!!
まるで美術館の絵のように美しく様になっている。やるじゃねーかナンパきゅうり。冗談抜きでドラマの主役を張れるレベルだ。現実にこんなかっこいい男がいたなんてびっくりだよ。さすが乙女ゲームの世界ってところか。
さてさて、これには流石のかれんも――
「嫌です。でさ、霖。今度の日曜日そっちで一緒に勉強しようよ」
――びくともしない。微塵も揺れなかった。まだ富士山の方が揺れるだろう。例えになってない? うるせえよ。
凍りつくナンパきゅうりを無視して週末の予定を話すかれんにちょっと慄きつつOKと返事をする。もういっそ触れられた方が可哀想だよね。お前の勇姿は決して忘れない。安らかに眠れ、きゅうり。
「……ふふふ、硬い御人だ。ますますお話ししたくなってきましたよ」
おおーっとここでナンパきゅうり復活ぅ! そして拒否られて喜ぶМ発言だァ!
真面目な話、そのセリフを笑いながら言わない方が良いと思う。なんか腐女子がネタにしそうなのだ。このクラス結構多いし。一人寂しくて盗み聞きしていた成果がこの情報。なんか色々泣けてきて有り得ない。
またお誘いしますと去って行く彼の後ろ姿に頑張れと念を送りながらお弁当に舌鼓を打つ霖でした。
授業が終わり下校時刻。まだかれんのクラスのホームルームが終わっていないので一組の教室の前で待っているともみじとエンカウントした。ものっそいガンつけてくる。もはやいつものことですけどね。
かれんちゃんに何をしたとか別れろとかキャンキャンうるさい。一組まだホームルーム中なの分かってんのかよ。注意したら多少ボリュームを下げたうえでの追加攻撃。もはや良くネタが尽きないもんだなと感心するまである。
こいつ絶対かれんに惚れてるよ。そうじゃなきゃここまでしないと思うし。
真剣にかれんを思って俺を糾弾してくるのは好印象だけど、糾弾内容が根も葉もない噂ばっかなんだよな。もうちょっと情報を吟味してほしい。
というか普段のかれんの様子で察しろ。俺がかれんを脅迫とか無理だから。むしろかれんがおれに脅迫するスタイルだから。……精神的には三十路突入してるおじさんが女子高生に脅迫されるって……。やめよう、なんかへこんできたわ。
キャイーンもみじを聞き流しているとやっとこさホームルームが終わり、かれんと合流しそのまま下校することに。
今の時期は仮入部とかしているらしいのだが、かれんは入る気がないらしい。多分俺が入らないから気を利かせてくれたのだろう。こういう事自然としてくれるから頭が上がらないんですよね。
住宅街を歩く。外は肌寒く、ひゅうと通りぬける風に体を震わせる。昼は日が照って熱いくらいだったのに温度差激しすぎて疲れるわ。これも春の風物詩なのでしょうか。沈みかけている太陽を眺めつつぼんやり考える。
「夕日が綺麗……」
赤く染まった日の光が柔らかく空と道路を照らす。授業で疲れた体に染み渡るようだ。二人で目を細めて空を見上げる。いやはや綺麗な眺めです。これは心が落ち着くわー。新しい学校って事もあり荒んでいた俺のハートが安らぐ。
俺たちはとても穏やかな気分になった。
空から怪盗の格好をした男が降ってくるまでは。
先程までの穏やかな空気や綺麗な眺めを一瞬でぶち壊した男は少し離れたところへ着地した。何だろう、ここら辺で撮影でもしているのだろうか。周りを見渡すがカメラらしきものはない。これなんて罰ゲーム、というか誰だよ。パーティーとかでよく見る仮面をつけているため顔が分からん。
二人そろってパニックになっていると変態仮面は俺たちの方に歩み寄ってきた。
え、なにこれマジ恐い。無駄に靴をコツコツ鳴らして近づいてきてるんだけどかっこいいとでも思っているんだろうか。逃げた方が良いか。かれんの手を握りいつでも逃走できるように身構える。
「待ちたまえ」
その挙動を察知した変態仮面が呼び止める。すげえ待ちたくねえ。
「因果な少女を救うため、漆黒を纏いし影のプリンス・スバル、見参。少女を惑わす悪漢よ、その身を滅ぼしたくなければ消えるがいい!」
もうお腹いっぱいです、勘弁してください。
そういって走り去りたかった。しかしここにはかれんがいるわけで、さすがに女の子を連れて逃げ切ることができるとは思えない。つまりどうあがいても目の前の不審者を対処しないことには始まらないということだ。さっきまでの穏やかな気持ちを返せ!
混乱して動けない俺を無視して変態仮面は口を開いた。
「もう安心ですよ、美しいお嬢さん。プリンス・スバルがいる限りあなたに闇は訪れない」
変態仮面は優しい笑みを浮かべかれんを見る。
……いやーモテモテだなかれん。いっそ開き直って逆ハーでも目指したらいいんじゃないかな。そして俺に被害が来なければ最高。ちょっと想像してみよう。
もみじは優しい好青年、ブルーハワイは知的なイケメン。ナンパきゅうりは色気のある先輩で、変態仮面はネタ枠。あと一人か二人攻略キャラがいた気がする。こいつらを全員恋人にするかれん。さあ、どんな未来が待ってる?
……あれ、なぜだろう、涙が出てきた。超かっこいい男たちに囲まれているのに全然幸せそうに思えない。一人一人はマジでいい人なんだろうけど、組み合わさった時の面倒臭さが半端じゃなさそう。あくまで俺の想像だけども。
なら誰か一人だけと付き合えばいいじゃんって話だけど、現時点でかれんはイケメンたちに(なぜか)好かれまくっているため、修羅場は確実におこる。俺がそうだからな。今苦労するか将来苦労するか、か。乙女ゲーの主人公って大変なんだなぁ……。
そんな不幸な人であるかれんの様子を見てみると、頭痛がするのか頭を抱えて唸っている。不憫すぎる。これが乙女ゲー主人公の呪いなのだろうか。今度プリンでも買ってきてあげよう。
……まあとりあえず今は頭痛の原因を何とかしてやろう。
で、不審者さん。すみませんが帰ってくれませんかね?
「不審者はあなたの方だろう。いや、もはやモンスターか。貴様がお嬢さんを離さないというのなら、実力行使で行かせてもらう」
俺は不審者にさえ顔を馬鹿にされるのか。いや慣れてんだけどさ。お前に言われたくなかった。……はあ、仕方がない。これだけは使いたくなかったんだが。
雰囲気が変わったのに気付いたのだろう、警戒して構える変態仮面。戦闘でも期待しているのだろうか。しねーよそんなもん。
俺は携帯を懐から取り出し操作すると自分の耳に当てた。
あ、もしもし、警察ですか。はい、友人と学校から帰っていたら怪盗のコスプレした男に友人を離さなければ実力行使をするといわれて。場所ですか。えっと恋姫高校の――
「ちょっと待てえぇぇぇぇぇぇっ! 何で至極冷静に通報している!」
いやだって恐いし。不審者見かけたら110番なんて当たり前でしょ?
「ぬぐぅっ……。し、しかしそれでは貴様も捕まると思うが」
馬鹿にするなよ。補導された回数など数えきれんわ。既に見て見ぬふりをされる関係が構築されている。
「なん……だと……」
慣れって怖いよね。家族とかれんの次に仲がいい人が交番のおじさんとか有り得ない。
ほらほら早くしないと補導されちゃうよーと煽る。変態仮面はギリッと歯を噛み絞めて覚えていろと去っていった。何だったんだ。
去っていく変態をげんなり見つめるかれんさん。その背中には哀愁が漂っている。
慰め励ましつつ頭をなでると徐々に回復し、十分くらいしたら復活した。元気になったのは良いけど今度は俺の腕が疲れた。でも普段迷惑をかけているのでこの位しないと立つ瀬がない。
時間が経って暗くなってきたので少し急いで下校。かれんの弟さんに怒鳴られつつバイバイしてやっと家に着いた。
かれんの家族も例にもれず俺を嫌っているんだよな。大事な長女がゴブリンにご執心なんて悪夢なのだろう。逆の立場なら俺も絶対嫌ってた。
ホントに顔を整形したい。医者に相談したら無理ですって言われたけども。現代科学でさえ覆せないこの醜さ、有り得ない。
「おかえりなさい」
ただいまー。あーやっぱ我が家は癒されるわー。心のオアシスや。
「その調子だとやはり学校は大変みたいね」
マジきつい。かれんが居なかったら不登校一直線だったかも。
「ふふ、やっぱり一緒の高校で良かったでしょ?」
なんか悔しいけどね。でも厄介事持ってくるのは勘弁してほしいわー。
「それは仕方ないわよ、かれんちゃん美人だし。ま、せいぜい愛想を尽かされないよう頑張りなさい」
母さんはクスリと笑って料理に戻る。愛想を尽かされないよう、か……。
かれんはなんで俺と一緒に居てくれるんだろう。今までずっと考えていた疑問。
その答えが分かるとしたら、きっとこの乙女ゲーな高校生活を乗り越えた時なんだろうなと、ぼんやり思った。