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恋人契約

次の日の朝、何一つ変わらない朝を迎えていた。

いつものように僕は店の奥でパンの生地を練り上げていた。

昨日のウォンの一言がまだ心を揺さぶっていた。

シュリの誕生パーティーを誰よりも心待ちにしていたのは、ウォンだ。

(大丈夫、朝来たらウォンと話し合えばいい。今までもそうだったじゃないか。)

自分に言い聞かせながら彼らが来る時間を待っていた。

壁に掛かった古びた時計を何度も見ていた。

(いつもならもう来る頃なのに・・・。遅いな。)

刻々と時間だけが過ぎていく。

(来ないな・・・。寝坊でもしたのか?)

ようやく道先にシュリとドンホンの姿を見かける。

「やあ、シュリにドンホン!おはよう。ウォンは?」

「ウォンくんは・・・。」

シュリは下を向きそれ以上は喋らなかった。

見かねたドンホンは、真剣な顔をして話し始めた。

「ウォンは多分来ないよ。」

ドンホンの言葉を聞いたシュリは、走り出した。

「おい、シュリ!なぁ、ドンホン一体何があったんだ。ウォンがもう来ないって・・・。どういうことだ?」

ドンホンは僕を見つめ、険しい顔つきで話し始めた。

「シュリのパーティーでお前がいなくなった後、シュリが少し落ち込んでいたんだ。ウォンは何とか盛り上げようと頑張っていたよ。そんなウォンの姿を見て俺も頑張っていたが、来ていた他の二人もシュリの事が気になって、色々気を使っていたけど・・・。シュリは空元気な感じで・・・。そんな姿を見たウォンは元気を無くしてしまっていた。」

ドンホンは、眉間にシワをよせながら僕に話しを振ってきた。

「ヒョン、正直に言うけど本当は、シュリはお前の事が好きなんじゃないのか?」

「えっ・・・。何故そう思うんだ?」

「シュリがお前を見ている時の仕草はちょっと違うから・・・。それにこの前店に行った時だって、真剣な眼差しでお前を見てたしな。だから遠慮して、店を出たんだ。」

「・・・。」

「思い当たる所があるだろ?シュリの事どうする気だ?」

「どうするもない。ただの友達だよ。」

「それで、すまない話だろ。ウォンは男らしくパーティーの後シュリに告白をしたんだぞ!」

「ウォンが告白したのか?」

「あぁ、朝、シュリの様子がおかしかっただろ?ウォンの話をしたら、サッと行ってしまったのが何よりの証拠だよ。」

「返事はもらえたのか?」「シュリは好きな人がいると言って断ったみたいだ。」

「そ、そうか・・・。」

僕は愕然とする。

ウォンの気持ちに気づいて、どうにかシュリと一緒にしようとしていた。

「ドンホン、シュリの好きな人ってもしかして・・・、俺なのか?」

「・・・、多分な。見ればわかる。」

僕はそれ以上の言葉が見つからない。

「ウォンはショックだったんだろう。あれだけ想いを寄せてたからな・・・。」

「・・・。」

「ヒョン、誰か好きな人はいるのか?」

「・・・。」

「いるんだな?誰だ?」

「まだ言えない・・・。」

僕は一瞬空を見上げ、ため息を吐いた。

「そうか・・・。喋りたくなければこれ以上は聞かないよ。だが、シュリはどうするんだ?」

「シュリは好きだけど、友達以上にはなれない。」

「シュリはウォンに告白された事で、ショックを受けただろうから・・・。」「それはウォンも同じだろ!俺だってどうしていったらいいかわからないよ!」

ドンホンは、僕の凄い剣幕に驚いていた。

「ゴメン、そんなに怒るとは思ってなかった。」

「いや、俺の方こそついカッとなってしまって・・・。ゴメン。」

しばらく二人の沈黙が続く。

「ドンホン、すまないがウォンの様子を見ておいてくれないか?」

「あぁ、わかった。シュリはどうする?」

「シュリも気になるが、顔を見せないウォンの方が心配だ。何かあったら連絡をくれないか?」

「また、連絡するよ。もう行かなきゃ、じゃあな。」

ドンホンは、大学へと向かった。

ウォンの事が気になるが、店を空ける事は出来ない。

今頼れるのはドンホンだけ。

ウォンとシュリは、このままでは一緒にはいられないかもしれない。

ふと頭をそんな事が頭の中を繰り返しよぎる。大抵の人は、好きな人とは友達にはなれないと言うが・・・。

仕事の方も二人の事が気になり、手につかない。

苛立っている僕の前に、一人の女性客が訪れる。

「あのう・・・、ヒョンさん。」

「あっ、はい!いらっしゃ・・・。あぁ、スジンさん。何かご要ですか?」

(この苛立ってる時に何しに来たんだ?)

スジンは一瞬顔をこわばらさせるが、笑顔で話しかけて来た。

「お店忙しそうですね。」

「・・・。」「いい匂い。わぁ!このパン美味しそう!何て言うパンなんです?」

「買わないんなら、触らないで下さいね。売り物なんで!」

(くぅ!憎たらしい!聞いてるだけじゃない。)

「ひ、一つ下さい。」

「・・・。」

僕は黙ってパンを一つ取り紙袋に入れる。

「ニ百ウォンです。」

「あっ、はい。」

スジンはお金を取り出し渡した。

僕はパンを手渡すと無視するかのように仕事に励み出す。

(ホント、無愛想な人ね。でも、何とかしないと・・・。)

「あのう・・・、ヒョンさん?」

僕は振り返りもせず、返事を言う。

「まだ、何か?」

スジンはヒョンの後ろ姿に少しためらいながら話し始めた。

「失礼を承知で、お聞きします。ヒョンさん・・・、今付き合っている方はおられますか?」

「ブッ!?と、突然何ですか!そんな事あなたには関係ないでしょう。」

(当然、いないわよね。シュリもホント、物好きね・・・。)

「お話があるんですけど・・・。よろしいですか?」

(何なんだ急に。もしかして、カエル女の奴俺の事が・・・。い、いや、とんでもない。絶対嫌だ。)

「な、何ですか?」

スジンは僕の顔をじっと見つめる。

僕は彼女の眼差しに一瞬目を奪われてしまう。

(いかん、いかん。何考えてるんだ。)

「実はお願いがありまして・・・。」

僕はその言葉を聞きホッとする。

「何ですか?」

僕は、カウンターにある水の入ったコップを手にとりを飲む。

「あのう・・・、何て言うか、そのヒョンさんに私の彼氏になって頂きたいんです!」

僕は飲みかけた水を思わず吐き出した。

「な、何て言いました?」

スジンは大きな声でもう一度はっきりと言う。

「ヒョンさんに私の彼氏になってもらいたいんです。」

僕は驚きのあまり頭が真っ白になる。

「あ、あのう、スジンさん?まだ逢って間もないあなたと付き合うという事ですか?」

スジンは僕に笑顔で応える。

(好きで頼んでいる訳じゃないのよ。)

「悪いけど、出来ません。」

「えっ!」

(こ、この私を振るっていうの、この人!)

「俺はあなたの事を知らないし、好きでもない。何故言ったのかわからないけど、僕なんかよりもっといい人がいる筈です。すみませんが聞かなかったことにします。お引き取りを。」

僕はその場を立ち去ろうとする。

スジンは少し考え込み、僕を引き止める。

「待って!理由を話すから。」

僕は立ち止まり、スジンの話しに耳を傾ける。

「父親に強引に見合いをさせられそうなの。でも、私はそんな事が嫌で・・・。私に彼氏がいるとわかれば諦めてくれると思って。」

「そんなような事だと思ったよ。なら尚更駄目だね!諦めてくれ。」

「も、もう父に言ったのよ。ヒョンさんと付き合ってるって!」

僕は顔をしかめる。

「はぁ〜、何だって?」

「しょ、しょうがなかったのよ。他に名前が思い浮かばなくて・・・、つい。」

「何考えてるんだ?有りもしない事を父親に言うなんて!あなたの頭の中がどうなってるのか、見てみたいね!」

「あきれちゃうわ。いまどき彼女もいないのに、私みたいな綺麗な女と付き合えるんだからいいじゃない!」

「もういい!とっとと帰ってくれ!」

(くぅ〜、本当に憎たらしい!もういいわ!何とかしよう!時間のムダだわ。)

「わかったわ。帰ります、帰ればいいんでしょ!フン!」

スジンは膨れっ面で店を出る。

僕もあまりの腹ただしさに持っていたコップを投げかけた。

(待てよ・・・。仮に彼女と嘘の付き合いをすれば、シュリも僕を諦めてウォンと仲良くやれるかもしれないな・・・。どうする?)

僕は迷いながらもスジンの後を追う。

「あ〜あ、どうしよう?でも、あいつなんかとは絶対嫌だし・・・。他に誰か似たような名前の人いたかな?」

スジンは一人愚痴りながら歩いていた。

「お〜い、カエ・・・スジンさん。ちょっと待って。」

「ん?どうかしましたか・・・?もう話す事なんかありませんけど!」

スジンは膨れっ面のまま相手にしようとしない。

「先ほどの話受けてもいいですよ。」

スジンは顔色を変え笑みを浮かべる。

(ほら、やっぱり私の魅力に気付いたのね。)

「まぁ、あなたがいいって言うのなら付き合ってもいいわ。」

(このカエル女、どこまで人をコケにするのかな?まぁいい。)

「条件があります。」

「何よ条件って?」

「スジンさんは僕がいる事で父親からのお見合いの話を断りたいんですよね?だったら、僕も同じようにある女性に僕への想いを諦めてもらいたいんです。知ってますよね、シュリの友人なんですから。」

「えっ、シュリを騙すの?私が?」

(えぇ!シュリには後で説明しようと思ってたのに・・・。これじゃ、横取りしたと思われるじゃないのよ!どうしよう・・・。でも、シュリには名前まで聞いてないし誰だかわからないのも事実だわ。しばらくして、用済みになったら別れれば問題無いし・・・。)

「わ、わかったわ!シュリに諦めてもらえばいいんでしょ!そのかわり私の方もちゃんと肩をつけるまで付き合ってもらうわ。」「あぁ、わかった。じゃあ、契約書を書いておこう。」

「契約書?」

「お互いの目的を達成したら別れるという契約書だよ。それに、条件もいくつか書いておきませんか?」

(まぁ、スカポンタンにしてはいいこと言うわね。その方が、後腐れないわ。)

「いいわ、そうしましょう。」

僕とスジンは店に戻り、お互いの条件を言い合う。

「一つ、お互いのプライベートな事には干渉しない。一つ、お互いの仕事及び学業の邪魔はしない。一つ、必要以外は電話しない。一つ、契約中は如何なる事があってもお互いを好きにはならない。一つ、お互いの目的が達成された時別れるものとする。以上が誓約条件だ。」

二人はお互いにサインをした紙を受け取った。

「今から俺達は恋人同士だ。」

「えぇ、恋人同士よ。」

二人はにらみ合いながら立ち上がるとお互い握手をした。

「じゃあ、私はこれで帰るわ。」

「・・・。」

「あなたね・・・、恋人が帰るのに何にも言わないつもりなの?」

「そうだね、お疲れ様。」

「くっ!帰るわ!」

スジンは怒りながら店を出て行った。

僕は一人不安を抱えながらもウォンとシュリの事を考えていた。

「もう!やんなってきた!あんな奴、初めてだわ。」

スジンはカリカリしながら、歩いていく。

「プルルル、プルルル。」

スジンの電話が鳴り響く。

スジンはバッグから携帯を取り出し、電話に出る。

「もしもし、あっ!ミンジュ?どうなったって、アイツ・・・ヒョンさんが断る訳ないじゃない。相手はこの私よ。うん、また後でね、じゃあ。」

(すっかり忘れてたわ。ミンジュには言っておかないと、後で困るわ。)

スジンは空を見上げ、歩き出した。

彼女は赤い御守りの輝きが増している事には気付いていない。

二人の距離はこうして近づき始めた。

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