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感謝の言葉

昼も過ぎると、客も通り過ぎるようになる。

僕はパーティーの買い物に出掛けようとしていた。

いつもより早く店を閉めようと片付けを始める。

少し忙しかった一日を振り返りながら、額に流れる汗を拭き取っていた。

「あれま、今日はもう終わりなの?」

「すいません、今日はもう終わりなんです。」

近所の人や学生達も残念そうな顔で、店を後にする。

申し訳ない気持ちがつい僕の手を止める。(はぁ〜、せっかく来てもらったのに・・・。本当に申し訳ないな。もうちょっと頑張ろうかな?)

そうやって、物思いにふけていると、家の中から母が、心配そうに僕に尋ねた。

「ヒョン?どうしたんだい?何かあったのかい?」

「いつもより早く店閉めちゃってるから、何かお客さんに申し訳なくて・・・。」

「お前も買い物に一緒に行くと言ってたけど、無理しなくてもいいんだよ。」

「・・・。でも、どうしても行かないと。

母は僕の顔を見ると、ゆっくりと口を開いた。

「もしかして、日曜日のシュリさんの物かい?」

「・・・うん。」

「わかったわ。今から行っておいで。お店は母さんがやっておくから。」

「そんなの、駄目だよ!スギョンにも約束したじゃないか!それに母さんだって疲れてるし・・・。出来ないよ。スギョンもとっても楽しみにしてたし・・・。言い出したのは、俺だから終わってから夜にでも行けばいいよ。」すると、僕の言葉を聞いた母は、黙って家の中に入り奥の方でごそごそと何かを出していた。

母は引き出しに入っていた一枚の封筒を手に僕の前に戻ってくると、僕の右手を取り封筒と一緒に握りしめた。

「これ持って行きなさい。」

手渡された封筒は、ギョヌおばさんがくれたお金の入った封筒だった。

「こ、これギョヌおばさんがくれたお金じゃないか!母さん、駄目だよこんな事したら。おばさんに悪いと思わないのか?」

僕は母の行動に少し怒りを感じていた。

そんな僕の表情を感じとったのか、母は僕の右手を握りしめながら話し始めた。

「黙っててもしょうがないから言うよ。ギョヌはね、このお金をお前に渡してくれと言ったんだよ。」

「母さんは父さんのお見舞いのお金だって、言ってたじゃないか!それに、僕のだって言われたってやだよ。貰う理由もない!」

母は僕の言った言葉を聞き、涙ながらに話しし始める。

「お前の頑固さは、父さんそっくりだよ。でもね、人間には甘えていい時だってあるんだよ・・・。ギョヌがお前に渡して欲しいと言ったのは本当なんだよ。いつだって文句一つ言わないで、がむしゃらに働くお前の姿を見て、大学だって途中で辞めて、ろくに遊びにも行かずに毎日毎日働きずめのお前を見たら、誰だって何かしてやりたいと思うよ。母さんだって、本当ならお前を好きだった大学に通わせたい・・・。でも今はお前に頼らなきゃいけない自分が情けなくて・・・。封筒の中身は半分はお見舞いのお金、半分はお前の入り用の時に必ず渡してと頼まれたんだよ。だから文句言わないで貰わないと罰が当たるよ。」

僕は涙が止まらなかった。

感謝の気持ちが、胸の中で何回も何回も繰り返していた。

「ありがとう、母さん。僕が悪かったよ、だから泣かないでよ。」

「いいかい、ギョヌには言うなと言われたけど、感謝の気持ちは忘れてはいけないよ。見てくれてる人はいるだから・・・。」

「あぁ、応援してくれてる人達の為にも少しでも頑張らなきゃな!」

「さぁ、行っておいで。スギョンには、私から話ししておくから。」

僕は首にかけたタオルで涙を拭い笑顔で応えた。

「ありがとう、母さん。遅くならないようにするから・・・。」

僕は封筒をズボンのポケットにしまい込み、街へと走り出した。

そんな僕の後ろ姿を母はいつまでも見送っていた。

僕が最初に向かった先は、街の裏通りにある小さな小物の店だった。

僕は店の手前で止まり、人目に隠れながら封筒の中身を数えてみた。

「ひぃふぅみぃ・・・。えっ!こんなに?ギョヌおばさん・・・。」

中には十五万ウォンも入っていた。

店の月の売り上げの約三分の一。

僕達にとっては、大金である。

封筒を握りしめ溢れ出そうな涙をこらえつつ、店のドアを開ける。

「いらっしゃ・・・!ヒョン、ヒョンじゃないか?久しぶりだなぁ!元気してたか?」

このお店の主人ミン・スンウォクさん、スンウォクさんは父の友人である。

学生の頃は、思い詰めた時など、ここに来て気を紛らわせに来ていた。

僕の小さな憩いの場でもある。

「スンウォクさん、今日は冷やかしじゃなく買いに来たからね。」

「へぇ、ヒョンが買いに来るなんて二年振りぐらいじゃないか?ところで、お父さんの調子はどうなんだ?」

「う、うん。元気にしてるよ。母さんが見舞いに行ってるから、大丈夫だよ。スンウォクさん、心配してくれてありがとう。」

おじさんは、どんな話しも聞いてくれる心の広い人だ。

「今日は何を見に来たんだ?」

「友人が誕生日なんで何かあればと思ってね。」

僕は並べてある小物をじっくりと見回した。

「おい、ヒョン。ちょっとおいで。」

おじさんは、僕をカウンターのある方へと呼んだ。

「何、スンウォクさん?」

「これ見てみな。」

スンウォクさんはそう言って、カウンターの奥から透き通った小さなクマの置物を取り出した。

「へぇ、綺麗だね!どうしたの、これ?」

スンウォクさんは自慢げに話し始める。

「ガラス工房に掘り出し物探しに行ったよ、これが奥の方に眠ってたんだ。これがなかなかどうして、つい買っちまってな!何か俺が気に入っちゃって・・・。売るのがもったいなくなって。」

「スンウォクさんの言う通りすごい綺麗だよ。」

スンウォクさんはクマの置物を眺める僕を見ると静かに喋り始めた。

「ウォン、これ買っていけ。安くしてやる!」

「えっ!だって、これはスンウォクさんのお気に入りの逸品なんでしょ!駄目だよ!」

「確かにそうだが、お前にだったら売ってやる。お前の友達ならきっと大切にするだろうからな。何の迷いもない。まぁ、元々売る為に買った物だからな!」

「でも・・・。」

「俺の気が変わらない内に買ってけ!」

「スンウォクさん、ありがとう。きっと友人も喜んでくれます。」

「よし、いくら出す?」

「これ値段ないの?」

「買い値はあるが、お前の言い値でいい。」

「いくらで買ったの?」

「それは言わない。」

「ん〜、五万ウォンぐらい?」

スンウォクさんの顔色を伺ってみる。

「わかった、じゃあ五万ウォンだ。ちょっと待ってな!包んでやるから。」

スンウォクさんは、綺麗に包装をし僕に手渡した。

「本当にいいの?」

僕はもう一度だけ聞いてみた。

「嫌なら返せ!」

「いえ、そんなんじゃ!スンウォクさん、本当にありがとう。」

「おう、またいつでもおいで。」

僕は買ったプレゼントを大切に持つと店を後にした。

「ちっ、ウォンの奴十万も値切っていきやがった!」

スンウォクさんは笑みを浮かべ満足そうにしていた。

「プレゼントはこれでいいかな。後は来て行く服だけど・・・。市場に見に行ってみるか?」

街の表通りを走る。

ある店のショーウィンドウに飾られた服に目が止まる。

「こんな服もいいな・・・。」

試しに店の中へと、入ってみる。

色とりどりに飾られた服を手に楽しんで見てみる。

「おっ、これなんかいいかも!えっと、いくらだろ?」

値札を手に取り値段を見た僕は、現実を目にする。

「に、二十九万ウォン!これが・・・。」

そっと服を戻し、店を後にする。

ショーウィンドウを横目に僕は再び走り出した。

街の一角にある市場は、安く品揃えも豊富な場所である。

少し高い服でも、古着として扱っている店も少なくない。

日常に着る服は目に付くが、イマイチピンとこない。

そんな事ばかりしている間に時間だけが進んでいく。

「もうこんな時間か?早くしなきゃ!」

気持ちばかり焦って、決まりそうにない。

悩みながら歩く僕の後ろから、誰かが僕の肩を叩いた。

「ドンホン!」

「どうした?悩んでるのか?お前らしくない。」

「あぁ、ところでドンホンお前は何してるんだ?」

「友人とちょっと用事があってさ、その帰りだよ。」

「そうか、そういえばウォンに日曜日話し聞いたか?」

「チラッとな、どこかの社長令嬢の話だろ?ウォンは何か企んでそうな顔つきしてたけど・・・。」

「あいつ、くだらない事考えてなきゃいいが・・・。」

「お前もしかして、日曜日の為の服見に来たのか?」

「ま、まぁな。一応それなりにしないとシュリにも悪いからさ。朝もその事でちょっとあって・・・。」

「ふ〜ん、見つからないもんだから落ち込んでたのか?」

「あんまり予算も無いし、よくよく考えたら俺なんかが見栄張ってもしょうがないと思えて来た。まぁ飾られた服なんかより、普段の自分の方がしょうにあってる。だから、帰ろうとしてたところだ。」

「まぁ確かに、お前は飾らない奴だからな・・・。ヒョン、ちょっと付き合えよ。」

「あまり時間がないんだけど・・・。ちょっとならいいぞ。どこか行くのか?」

「まぁ、ついて来いって。」

僕はドンホンに言われるがまま、彼の行く方へとついて行った。

少し街の路地裏へと入ると、目の前に小さな店の看板が目に止まる。

「服あります・・・。ドンホン?ここは服屋なのか?」

ドンホンは僕の言葉を聞き笑みを見せる。

「入ればわかるよ。」

少し戸惑ったが、彼の言われるがまま店の中へと入っていった。

店の中には、見たこともない服がズラリと飾ってある。

だが、値札はついてない。代わりに荷札に名前が書いてある。

「お〜い、テンヨン!いるかぁ?」

店の人だろうか?ドンホンは誰かを呼んでいた。

「ハ〜イ、ちょっと待ってて。あら、ドンホン。服取りに来たの?期日通りにくるのはあなただけよ。」

店の人らしき女性は、店の奥に入り一枚の服を持ったくる。

「はい、これね。間に合わせるの大変だったんだからね。」

「サンキュー!おっ、やっぱり良く出来てるな。ヒョン、どうだ?」

「あぁ、良く出来てるな!これ、日曜日に着る服か?」

「ビンゴ!さて、本題に入るか・・・。テンヨン、ちょっと頼みがあるんだけど・・・。」

「何?」

「こいつの服作れないかなぁ?明日までに・・・。」

「はぁ?今のだって大変だったのよ!しかも明日までなんて、はっきり言って無理よ。」

「ドンホン、俺のはいいよ。店の人も困ってるじゃないか!帰ろう。」

ドンホンは僕の言う事に耳を貸さない。

「なぁ、頼むよ。テンヨンちょっと・・・。」

ドンホンは店の人の耳元に何かを喋っていた。

話を聞いた店の人は、僕をじっと見つめると口を開いた。

「わかったわ、でも約束は守ってよ!いいドンホン。」

「じゃあ、決まりだね。」

「あんたこっちにおいで。」

「俺?」

「他に誰がいるの?」

ドンホンは笑みをこぼしていた。

僕は黙って店の人について行く。

「さて、うちは料金は一律なの。生地はここにある物から選んで。あと形とかは、他のを見て自分で選んでね。特殊な物は追加料金をもらってるから。いい?」

「はい、すみませんが料金はいくらですか?」

「七万ウォンよ。でもまぁ、ドンホンの友人だし最初だから六万ウォンにまけてあげるから。」

「ありがとう、テンヨンさん。」

「まだ出来てないのに、お礼の言葉なんていいのよ。ドンホンの友人にしては、きちんと礼儀を知ってるのね。」

テンヨンさんは笑顔で言った。

サイズ、生地、形が決まり僕はドンホンの元に戻った。

「ドンホン、ありがとう。何とか間に合いそうだ。テンヨンさん、すごくいいひとだな。なぁ、さっき何て言って説得したんだ?」

「ん〜?あぁ、あれか?実はな、彼女を食事に誘ったんだ。とびきり旨い店に連れて行くからってな。」

「悪い事しちゃったな。いいのか?」

ドンホンは、僕の耳元で小さな声で喋りだす。

「彼女を食事に誘う口実が出来たんだ。だから気にするな。」

「お、お前!俺を利用したのか?」

ドンホンは僕の顔を見て笑っている。

「何かあった?」

テンヨンさんが店の奥から顔を出す。

「いえ、別に・・・。」

「服が出来たらドンホンに連絡するから。まぁ、明日の夕方ぐらいになると思っておいて。」

「わかりました。それでは、お願いします。」

僕とドンホンは店の外へと出て行った。

「ドンホン!」

「わりぃ、わりぃ。でも着ていく服が出来るんだ。良かったな、ヒョン。」

僕は知っていた。彼なりの優しさなのを・・・。

本当は感謝の言葉をかけたかった。

でも彼の笑顔は、僕の言いたい事を知っているかのように見えた。

僕は、彼と笑い合い感謝の気持ちを表した。

「ドンホン、いつから来てるんだこのお店?それにオーダーメイドにしては、安すぎじゃないのか?」

「彼女は今修業中なんだ。生地は、彼女の両親が作っている残りをもらっているんだ。タダ同然なんだ。最低限のお金をもらって、数をこなしてるんだよ。売れるのは嬉しいけど、彼女は人が喜ぶ顔が見たいだけなんだ。いずれはちゃんとした店をするらしいけど、未だに止めれないみたいだな。お前と良く似てるよ。」

「そうか。そんな彼女にお前はぞっこんなんだな。」

「ヒョン、それは言ったら駄目だろ!まぁ、100パーセント当たりなんだけどな。」

僕達はお互いの顔を見ながら笑いあった。

「もうこんな時間か!すまない、ドンホンそろそろ帰るよ。」

「そうか、じゃあ仕事頑張れよ。テンヨンから電話あったら、連絡するからさ。」

「あぁ!じゃあな。」

僕は店に向かって走り出した。

「ドンホン、あんたの言ってた通り私によく似てるわ。初めてね、自分以外の服を作ってくれと言ったのは・・・。」

「そうだったっけ?」

「でも、約束は守ってよ。」

「わかってるよ。テンヨンの作った、一番の服を着ていくからさ。楽しみにしといてよ。」

二人は僕の走る後ろ姿をずっと眺めていた。

「ただいま!母さん、遅くなってゴメン。

「おかえり、ヒョン。」

「もう、お兄ちゃん遅い!早く手伝ってよ!」

妹のスギョンは、少しすねていた。

「ありがとう、スギョン。おかげで助かったよ。はい、これ母さんと食べておいで。」

僕は途中で買った、団子をスギョンに渡した。

「団子じゃない!やったー!母さん食べよ。」

スギョンと母は嬉しそうに食べていた。

(ありがとう。)

僕は心の中で、二人に感謝の言葉を繰り返していた。

夕暮れに染まった空は、いつもよりも綺麗に感じて見えた。


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