父との思い出
雨も小降りになり始め、昼になった。
小降りになったが、やはりお客は、いつもより少なかった。
残念だが、天気には勝てない。
どこからともなく聞こえる、カエルの声。
(喜んでいるのは、カエルだけか・・・。)
暇な時程、いつもは気にならない事に耳を傾けてしまう。
周りに気を取られていく間に、もう昼の3時を過ぎていた。
もうすぐ、友達みんなが店の前を通りかかる頃だ。僕は、友達が通るのを窓越しに待ち続けていた。
しばらくして、小雨が降る中をシュリとドンホンが帰って来る。
「あ〜、雨の日はもう・・・。」
ドンホンが愚痴をこぼしながら店に入ってくる。
シュリも後ろから、ひょこっとついて来る。
「しょうがないよ。雨も降らないと、俺達干上がっちゃうだろ。」
「そりゃそうだ。あっ、クロワッサンサンド一つね。シュリは?」
「わたし?ん〜どうしようかな?」
シュリのあどけなさは、妹のスギョンに良く似ている。
「シュリ、ちょっと試しに作ったパンがあるけど、食べてみるか?」
「えっ、いいの?」
「ああ、その代わり感想を正直に言うと約束しないと駄目だ!」
「約束する、約束する!」
シュリは目を輝かせながら応える。
「おい、俺のは無いのか?」
ドンホンは、不服そうな顔つきで言う。
「あれ?お前はクロワッサンサンドなんだろ?それに、甘い物が嫌いなお前には、むいてないと思うけど・・・。」
「何作ったんだ?」
「夏みかんの果汁と蜂蜜を染み込ませたカステラパンだよ。」
「うぇ〜、ならいらね。」
「それにしても、何で甘い物が嫌いなんだ?すごく美味しいのに・・・。」
「あの喉にくる甘味が本当に嫌なんだよ!好きな奴らの気が知れねえ、ったく!」
僕とシュリは顔を見合わせ思わず、笑ってしまう。
「シュリ、これだよ。食べてみてくれ。」
甘い香りを漂わせながら、シュリの前にそっと差し出される。
「美味しそう、いただきます。ハグッ!ん〜、甘ずっぱくて美味しい!カステラのふんわり食感もいいわ。」
「そうか?なら、店に出していこうかな?」
「うん、絶対売れるよ。」
シュリは、自分の事のようにはしゃいでいる。
ドンホンは、カステラパンから視線をそらす。
「そういえば、ウォンは?」
「ああ、何か忘れ物取りに行くって、大学に行ったぞ。」
「そうか?」
(いつもシュリと一緒なのに、珍しいな?)
僕が考えていると、ドンホンは、シュリの方をチラッと見る。
「俺、用事があるから先に帰るわ。じゃあな、又明日。」
「え〜、帰るの?じゃあ、私も・・・。」
「ゆっくりしてけよ。まだ、雨降ってるし。また、明日な!」
ドンホンはそう言って一人、店を出て行った。
シュリは、振り返ると僕の顔を見るなり黙ってしまう。
(何かこういう雰囲気ヤバイな。)
僕は、店の中を片づけながらシュリに話かける。
「最近、大学はどう?」
「えっ!?う、うん。楽しいよ。」
「そうか、ウォンの奴は、ちゃんと講義聞いてるのか?」
「いつも半分寝てる。」
「ったく、しょうがない奴だな。」
「ね、ねぇ、ヒョンくん。」
「何?」
シュリは、ためらいながら話を切り出した。
「あのね、今度の日曜日、お店休みでしょ?」
「あぁ、そのつもりだけど・・・。何かあった?」
シュリは、少し残念そうに話始める。
「私の誕生日。」
僕は、ハッと思い出した。
(しまった、すっかり忘れてた。)
「あ〜、ごめん。忘れてたよ。」
「日曜日に、パーティーするんだけど・・・。来てくれる?駄目かなぁ・・・。」
シュリは、今にも泣き出しそうな顔つきで僕を見る。
(断ったらウォンに何されるかわからないしなぁ・・・。)
「一応、母に聞いてからにするよ。多分、行けると思うよ。」
「本当?」
さっきまで、泣き出しそうにしてた顔が、子供のような笑顔に変わる。
「じゃあ、日曜日待ってるね!」
シュリは、そう言い残し店を出て行った。
「ったく、子供みたいだな。」
僕は、笑みを浮かべながら、また仕事に励み始める。
小雨がやみ、いつしか夕暮れ時を迎えようとしていた。
僕が、店先を片づけ始めた頃だった。
一人とぼとぼと、ウォンが店の前を通りかかった。
「おい、ウォン!どうしたんだ?浮かない顔して。」
ウォンは、疲れ果てた顔で、話始めた。
「どうしよう!」
思い詰めた顔つきで、僕の顔を見合わせる。
「どうしたんだ?何があったんだ!」
絶対に弱音など吐かないウォンだが、いつもと違う態度に驚いてしまう。
「実は、シュリの・・・。」
「シュリと何かあったのか?」
「お前、今度の日曜日シュリの誕生日だって知ってるよな。」
「あ、あぁ・・・。」
(実は、忘れてた。)
「お前、当然プレゼント買っただろ?」
「!?ま、まぁな。」
(しまった!思いつきもしなかった!)
「で、お前が悩んでる理由が、もしかして・・・。」
「そうなんだよ!今日、買いに行ってみたんだけど、なかなか決まらなくて・・・。あれもこれも見ていくうちに、わけわかんなくなって・・・。ヒョン、どうしたらいい?」
(自分のも買ってないのに・・・。)
「ちぇっ、しゃあないなぁ。シュリの好きな物を選んでもいいし、お前がシュリに送るんだ。誠意のある物なら何でも喜ぶだろ。」
「誠意のある物って何だ?」
僕は、頭を抱え込んだ。
「わかった。シュリは、アクセサリーが好きだろ!だったら、首飾りみたいな物はどうだ?以前、みんなで買い物行った時、シュリだけずっとビーズの首飾りをじっと見てただろ?お前、その時早く行こうって、せかしたじゃないか?覚えてないか?」
ウォンは、記憶を辿るような顔つきから、思い出したように声を張り上げた。
「あ〜、あの時か!確かに、じっと眺めてた。あれか〜!」
「もう、いいか?」
「ヒョン、やっぱり持つべきは友達だな!サンキュー!」
ウォンは、僕に礼を言うと又、街の方へと姿を消した。
僕は、ホッとため息をこぼす。
「って、人に言ってる場合じゃないな!」
しばらく考え込んでいると、妹のスギョンが帰って来た。
「お兄ちゃん、ただいま!母さんは?」
「あっ、おかえり。母さんは、まだ帰ってないんだ。それより、お前遅いんじゃないか?」
「友達とちょっと・・・。」
「ちょっとが何時間なんだ?えっ?」
「もう、いいじゃない!少しくらい。」
「毎日だ・・・。」
少しこわばった顔つきで言うと、妹はしょげて家へと入って行く。
妹もちょうど難しい時期でもある。
最近、仲のいい母がいないのも理由の一つなのだろう。
あまり期待をかけても負担になるだけ。辛い思いをするのは妹だ。
(妹に、頑張ってほしいと思うのは、自分のわがままなのだろうか?)
気付けば、自分を責めていた。
自分の出来なかった事を不躾に押しつけていたのかもしれない。
曇りがかった夕暮れの空を眺め、一人黄昏に浸っていた。
「ただいま、ふう〜。今日は一段と電車が混んでて、大変だったよ。」
母が帰ってきた。
手には、重たそうな荷物を抱えている。
「おかえりなさい、母さん。遅かったね。何を持って帰ってきたの?」
母の手荷物を受け取り中を覗いて見る。
「お見舞いでもらった、果物だよ。ヒョンに渡してくれって。」
「父さんに食べさせてあげれば良かったのに・・・。」
「あの人は、病気になってもパンの事しか頭にないの。それに、ヒョン。あなたのパンの評判がいいって聞いて、喜んでたよ。」
「そうか、良かった。スギョンも心配してたんだよ。家に入って、顔見せてあげなよ。」
「あぁ、そうだね。」
母は、家の中へと入って行った。
僕は、残った店の片付け終えさせる為、もうひと仕事する。
店の片付けを終える頃、妹が顔を出す。
「お兄ちゃん、ごめんね・・・。」
落ち込んだ妹が、謝りに来た。
「俺も言い過ぎた。ごめんよ。遊ぶのもいいけど、ほどほどにな。」
「うん、わかった。これからは気をつけるね。」
妹の素直な言葉を聞きホッとした。
「お母さんが待ってるよ。」
「あぁ、すぐいくよ。」
エプロンを外し家の中へと向かう。
(そういえば、ギョヌおばさんが呼んでたな。)
ギョヌおばさんに頼まれていた言伝を母に伝える。
「母さん、ギョヌおばさんにね、母さんが帰ったら、家に来るようにと言伝頼まれてたんだけど。」
「へぇ、ギョヌが?何かしらね?わかったわ。じゃあ、ちょっと行ってくるから。」母は立ち上がり、ギョヌおばさんの家へと向かった。
「スギョン、手伝ってくれ。」
僕は台所へと向かい夕食の準備をする。
「お兄ちゃん、今日は何作るの?」
「豆腐チゲにする。スギョンは野菜を洗っておいで。」
「は〜い。」
僕達の家族では、ごく日常的な光景である。
母がいない日が多かった為、僕が料理を作っていた。
妹には評判がいい。
妹が野菜を洗っている間に、米を炊く。
チゲが出来上がる頃に、母が帰って来た。
「ギョヌおばさん、何だって?」
母は帰ってくるなり涙を流しながら、一枚の封筒を差し出す。
「お父さんの見舞いだと言って、これをくれたの・・・。いつも世話になってばかりなのに、こんなものまで、・・・。うぅ、うぅ。」
僕達、家族を思うギョヌおばさんの好意に、みんなが言葉を失う。
「母さんの友達はみんないい人ばかりだ。父さんが良くなるように僕達も頑張らなきゃ。ねっ!」
「そ、そうだね。こうやって、気遣ってくれてる人達に恥じないように、頑張らなきゃね・・・。」
「お母さん・・・。私も頑張るからね。さぁ、家に入ってご飯食べよ。」
母と妹は肩を並べ家に入っていった。
母達に言った言葉が、胸を刺す。
僕達の父はもう長くはない。
体を癌に蝕まれている。
母は僕には話したが、妹にはまだ言っていない。
幼い頃から、親を人一倍思うスギョンにとって、とても辛い告知となる。
ましてや、余命半年・・・。
高校を卒業するまでは、黙っておこうと母と相談して決めていた。薄暗くなった空には、小さな星達が光輝いている。
星空を見上げ、グッと涙をこらえながら、昔を思い出していた。
「お父さん・・・、お父さんってば!」
「おぉ、ヒョンか?どうしたんだい?」
「今何してるの?」
「あぁ、これかい?これは、パンのもとを作ってるんだよ。」
「パンのもと?」
「そうだ。こうやって、葡萄をつけておくと、こんな風に沢山の種が出来るんだよ。」
「へぇ〜、でも僕はそのままの葡萄が食べたいな。甘くて美味しいやつ。」
「はっはっは。ヒョンは、正直だな。でも、このもとを使って焼いたパンは、もっと美味しいぞ!」
「本当?」
「本当だとも。父ちゃんが嘘ついた事があるかい?」
「ううん。よし早速作ってみるか。」
「わぁい、楽しみだな。」
僕が五歳の頃の思い出だ。
この時から、パン作りに興味を持ち始めた。
以来、父の横でパン作りに夢中になってた日々が、懐かしく思える。
潤んだ目から、一粒の涙が頬をつたう。
(父さん・・・。)
涙を拭い、そっと星に願いを込める。
「お兄ちゃん!食べちゃうよ〜。」
妹の声が外に響く。
「今行くよ。」
父の身を案じながら、家族の待つ家の中へと入っていった。




