表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

雨の日の記憶

(プロローグ)

狭い路地裏を、一人の少年が、颯爽と走る。

あれは12年前、僕が9才の頃の話になる。

代々パン屋を営んできた家系の長男として、生まれてきた僕は、店の手伝いとして、パンの配達をしていた。

父の作るパンは、味が深い事で、街ではちょっとした評判があった。

父の友人は、父の作るパンに惚れ込み、経営しているレストランに配達を依頼してくるようになった。

こうして、父の作ったパンを毎日、僕がレストランに届けていた。

お店では僕の届けたパンをほおばって喜んでいる。

そんな人々をガラス越しに見ると、自分まで幸せに感じていた。

(そのパン、美味しいでしょ!僕の父さんが焼いたパンだから、当たり前だよ!)

な〜んて、心の中で一人呟いていた。

僕の父は、パン屋の四代目にあたる。

家族は母と僕、あと五才になる妹で四人家族だ。

普段は優しい父だが、パンの事になると、とても厳しかった。

まだ小さな僕に、本気で怒りながら教えていた。

妥協と言う言葉は無かった。

パン作りに関して、父の言う事は、絶対だった。

そんな父の教えに、泣き事言わず一生懸命やっていた。

父がパンを焼く後ろ姿は僕の憧れだったからだ。

いつしか自分も、父のようになるんだと・・・。

なんとか上手に出来ると、心から喜んで見せる父の笑顔が、僕は大好きだった。

古くて小さなパン屋。

決して裕福とは言えない暮らしだったが、僕達は幸せに暮らしていた。

季節は、6月になったばかり。

今日も空は、どんよりと曇っていた。

今にも雨が降ってきそうな天気である。

そんな曇り空を見上げ、母の作った手作りのバッグを肩に、いつもの裏街道を走り続ける。

裏街道を走り抜け、表参道にさしかかった頃、とうとう空から飴玉ほどの大粒の雨が降り始めてしまう。

僕は慌てて、バッグを濡らさないように抱きかかえ近くの小さな店陰に入った。雨の降る空を見上げながら、母作ってくれたバッグが濡れないように抱え込む。

初めて自分の為に、作ってくれたバッグを僕は大切にしていた。

とても濡らす事など出来なかったのだ。

ほんの小さな子供心だ。

バッグには、青い鈴と綺麗に装飾した胡桃の御守りがぶら下がっている。

これは、以前お祭りで買ってもらった、大切な御守りである。

綺麗にあしらった胡桃は、天気のいい日に空に翳すと、青い鈴と重なって七色に輝く。その輝きを見る度、辛い事など吹っ飛んでしまう。

僕は抱えていたバッグから御守りを外し、空に翳してみる。

七色に輝かない雨の日は、寂しく思える。

御守りをバッグにつけ、雨空を時折覗いてみる。

(やみそうない・・・。)

色鮮やかな傘をさし、通り過ぎる人々を何度も眺めながら、雨がやむのを待ち続けていた。

いくらか時間が過ぎ、小さな視線を不意に横に向けてみた。すると、反対側の店陰に髪をおさげにし、可愛いらしい服を着た少女が、同じように、雨宿りをしていた。

小さなバッグを肩に掛け、不安げに雨空を眺めている。

(同じ年ぐらいかな・・・?)

そんな事を思いながら、少女を見ていると不意に目が合ってしまった。

大きな澄んだ瞳をした少女は、僕を見てにっこりと微笑んだ。

そんな少女の仕草に、僕は急に恥ずかしくなり視線をそらす。

そんな僕の態度を見て、少女はクスッと笑みを浮かべていた。

少女の笑みを気にせず空を眺めていると、少女から話しかけられる。

「雨、止まないね。」

少女の言葉に気付かないふりをする。

「笑った事怒ってるなら、ごめんね。一人だったから、寂しくて・・・。」

少女の大きな瞳が、小さくなり悲しく見えた。

「早く雨止むといいね!」

僕は、不意に言葉を出す。

少女は、僕の言葉を聞いて、眩しいぐらいの笑顔を見せ応えた。

「うん!」

そんな少女の仕草を見た僕は、体中が熱くなりだした。

(何だろう、この感じ・・・。)

「私ね、雨の日は嫌いじゃないんだ。だって、いろんな色の傘が沢山見れるから・・・。何だか嬉しくなっちゃうんだ。」

そう言われると、僕自身も通り過ぎる人々の傘を眺め、いろんな事を考えてた。

次に来る人は、どんな人だとか、傘は何色が多いとか、普段は考えない事まで、考えていた。

僕は思わず、笑みを浮かべてしまう。少女は、僕の顔を見ると、嬉しそうに雨空を見上げていた。

何気ない会話を続けいると、少女の母親らしい人が、傘を持ち慌てて、迎えに来たみたいだった。

少女は、母親の姿を見ると嬉しそうに、母親に抱きついていた。

そんな光景を見た僕は、少し寂しさを感じていた。

少女の小さなバッグから、微かに鳴り響く鈴の音が聞こえる。

赤い色しか見えなかったが、何故か耳にいつまでも残っていた。少女は、母親から傘を受け取ると、空めがけ勢いよく赤い傘を広げた。

僕の方をチラッと見ると、笑顔で手を振った。

僕も小さく手を振り、笑顔で見送くった。

少女は母親の手を握りしめ、時折僕の方を振り返りながら、雨のカーテンへと消え去っていった。

僕はまた一人、店の陰に身を潜め、雨が止むのを待っていた。

少女との会話を思い出しながら待っていると、しばらくして、雨が止んだ。

通り過ぎる人々は、傘をたたみながら、歩いていた。

まだ、曇り空の広がる空を見上げた後、僕は、家族の待つ家に向かってまた走り出した。

小さな水たまりをよけながら、僕はまた走り始めた。

少女の笑顔を何度も思い出しながら・・・。

そんな、遠い雨の日の記憶である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ