《魔術師は怒りに染まった》
「なぜそんな顔をできるのよ!」
私の横で未来は今もやる気のない顔をこちらに向けるアルマに怒鳴った。
怒鳴られても未だ表情一つ崩さずダラけきった姿をしていた。その姿に私の心の奥でちらつくものがあった。
「アルマ」
彼の名を呼ぶ。いつもより怒気が込もった低い声で。彼は眉を少し上げると私の方に視線をゆっくりと向けた。
「私に言うことがあるんじゃないの」
『...約束を破ったことか?』
罪悪感を一切感じていない彼は淡々と話を続けた。
『確か...家族のことを忘れたら殺す...だったか?』
少しずつ思い出すかのようにポツポツと言葉を口にした。それがさらに私の心の奥でちらつく何かを膨らませていく。
『約束...約束...か。くく...くははは...』
彼は小さく笑い始めた。その笑い声は少しずつ大きくなっていく。
『ギヒャヒャヒャヒャヒャ!!』
腹を抱えて笑い出したアルマに私とさとり、リティア以外の全員は目を見開いていた。
彼の異常性を知らない人からすれば全く脈絡がないアルマの行動は驚くものだ。かくいう私も最初はそうだった。
『なぁ...お前らは全てを投げ出したいと思ったことはあるか?』
その質問に首を傾げる。
「何が言いたいの?」
『俺は全てがめんどくさい。俺を取り巻く何もかもが怠くて怠くて仕方がないんだ』
自分の感情を吐露するように彼の口から怠惰の言葉は止まらない。
『今も思い出すとやる気がなくなる。魔王としての責務も親としての責任も家族を守るという行為の何もかもがよ』
彼が吐露するたびに私の心の奥が黒く染まる。黒くてドロドロした感情は私の感情全てを飲み込んでいく。
「アルマ...あなたがいた可能性の家族はどうしたの...?」
私の質問にアルマの表情はめんどくさそうであった。その顔が私の感情をさらに燃やす。
『そんなもの全て投げ出したよ』
その一言で私の感情は爆発した。
ああ、そうだ。最初にあった頃もこいつはこんな顔をしていた。
何もかもがめんどくさい。やることなすこと全て投げ出して自分の自由に生きたいと言うようなやる気のない顔。
それが私がアルマの顔で一番嫌いだった。
『どうした? 怖い顔すんなよ桜』
起伏のないダラけた声。そうか、こいつは、このアルマは、私との約束を破った最低最悪の可能性だ。
「あなたは約束を破った」
だから殺す。
殺さなきゃいけない。約束は守らなくてはいけないんだ。
私は誓ったんだ。殺すと誓った本人が破ってはいけない。ああ、今の私は一体どんな表情をしてるの? 全身が熱い。まるで炎に包まれているかのように。
「ーーーーー!!」
近くから叫ぶ声が聞こえる。
けど、声があまり聞こえてこない。薄らとしか聞こえない。
視界もおかしい。世界が真っ赤に見える。何もかもが赤に染まっていく。
『おいおい。怒りに染まってんな。周りが見えてなさすぎるぜ』
けれど、あいつの声だけは聞こえる。なぜだかはわからない。しかし、それは幸いだった。
なぜなら、あいつを殺すことができるから。
声の方へと私は駆け出しソードブレイカーを握った右手を雑に振り下ろした。
ギリリ! という音が聞こえた。どうやら防がれたみたいね。
防いでいる何かを破壊するかのように何度も何度も私は武器を振り下ろす。少しずつ少しずつ何かが抉れていき、そして7回目にしてパキッ! という音の後にそれは砕けた。
「とどめよ」
「何やってんだ馬鹿!!」
そんな声が聞こえた後に私の横っ腹に衝撃が走り、横に二転三転した。
ズキズキと痛む横っ腹を摩りながら私を攻撃したであろう人物を睨んだ。まだ少し視界は赤いが辛うじて見えた。
そこにいたのは確か破月という名前の鬼神だったかしら。
「なんの真似?」
「それはこっちのセリフだ! イラが防がなかったらそこの涙亜って子が死ぬとこだぞ!?」
「え...?」
その言葉に血の気が引いていき視界も赤以外の色を取り戻していく。
私が声を頼りに攻撃を加えたところにいたのは怯えたように縮こまる涙亜とそれを庇うように両腕を真紅に硬化させたイラがいた。
イラの腕はソードブレイカーの攻撃によって砕け、両腕とも切断されかけていた。
「な...なんで...? 私は声を頼りに...」
『だから言ったぞ。周りが見えてないって』
不意に掴まれた肩の手を振り払い後ろを振り向くとニタニタと嫌らしい笑みを浮かべたアルマが立っていた。
「何をしたの...!!」
『ギヒッ! 覚えてるだろ。あの時みたいに憤怒を増幅させてやった。そして、声はただ涙亜の近くで出しただけさ。シンプルだろ?』
相変わらずズル賢い戦い方をするやつね・・・本当に腹立たしいっ!
いえ、落ち着きましょう。感情を乱せばあいつの掌の上で踊ることになる。こいつ・・・こんな能力をフル活用したことあったかしら。
それよりも早くイラの治療をしなきゃ。
「大丈夫イラ...! ごめんなさい...!」
私がイラの砕けた腕に回復術を施すが一向に怪我は治ることはない。まるで本当の武器に回復を施しているようだ。
「無駄だよ師匠...異法の腕は武器だ...生き物への回復術は意味ないよ...」
「じゃあ異法を解除して」
『やめとけ。2度と治らねぇぞ』
私は興味なさげなアルマをキッと睨んだ。こいつ、自分の子供が傷ついているというのに・・・!
『異法は使ったものの体を異質なものへと変える魔法だ。人体を武器化させてリスクがないと思ったか?』
「けれど、あなたは何度砕かれても再生してた」
『年季が違う』
アルマは右腕を左手で握ると思いっきり引きちぎった。
引きちぎった腕は少しずつその形と材質を変化させ、ものの数秒で巨大な大剣へと姿を変えた。
引きちぎられた右肩は血がダラダラと流れ出ているが少しずつ盛り上がっていき新たな右腕を生やした。
『俺は体内にある血液を右腕に変質させ作り替えてるだけ。再生とはまた違う』
「あなたの体が元通りになる理由はそういう原理だったのね」
魔力を体に変質させて失った体を補完してたってことね。通りで半永久的に再生するわけだ。
『そう言うことだ。ちなみに死なない理由とは別だぜ?』
「呪い...だったかしら」
いつもアルマは死にそうな攻撃を受けるたびに言っていた。
俺は運命に呪われている。
それが何なのか分かってきた気がする。
「あなたの、いえ、この世界のルールは運命に呪われるようになっているの?」
『ああ、この世界に生まれ落ちた時、全ての意識生物は《無意識》に運命のレールの上に立たされ呪いを受ける』
意識生物・・・つまり意思を持つ物全てということ。人間だけでなく、妖怪、悪魔、天使、果ては畜生も運命に呪われるということかしら。
『ギヒッ! 本当にめんどくさいよな。《無意識》に自分の運命を課せられるとか。しかも、俺のように死なない呪いまでかけられるしな』
「まるで無意識を別の何かに操られてる時の意識みたいに聞こえるけど。どういう意味?」
『それはこの世界の核に触れる。しらねぇ方が身の為だ』
少しだけ顔つきが変わると低く殺気が混じった声を出した。
いつもそうだ。
あいつは私達を面倒ごとに巻き込まないように追い払おうと事情を一切説明しない。
なぜ頑なに頼らないの?
なぜ仲間を突き放すために悪人になるの?
なぜ自分の命を物のように扱うの?
なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?
疑問は尽きない。私は本当の彼を知らないのではないか。
いつもおちゃらけでめんどくさがって戦いもまともにしない最低最悪の魔王。
だが、家族を大切にはしようとしている。しかし、愛する者への執着が異常の狂愛者。
・・・おかしい。ツギハギだ。
彼の何もかもがツギハギのように感じる。まるで会う度に会う度に別のアルマと会っている気分だ。
どれが本当の《桐月アルマ》なのだろうか。
「あなたは何者なの...?」
『ギャハハハハハ! 俺は何か? 今更何を聞く必要がある! 俺は怠惰の魔王 アルマ! 全てを面倒に思う堕落の王さ!!』
アルマは堂々と名乗り上げると大きく腕を広げ、黒い霧を辺り一面に噴き出した。
まずい! これに触れたはダメ!
「みんな下がって!!」
『もう遅い。お前らは最初から俺達の掌の上さ』
近くにいたイラを掴み大きく地面を踏んでその場から離れた。
何人か巻き込まれ霧に触れた者はその場に倒れ伏した。未来はどうにか起きあがろうと全身に力を入れるがプルプルと痙攣するだけ。まさに力が入らないのだ。
「体が...動かない...神経毒...?」
『いいや。怠惰欲を植え付けただけだ』
その場から逃げることができたのは私とベント、イラの三人。未来やグランヒルデを含む数人は霧に飲まれてしまった。
「数的有利なんてこいつには関係なさそうだな」
「父さん...」
「イラは休んでなさい。どのみちその腕じゃ戦えない」
『ギャハ! お前がやった癖に』
ギリっと歯を強く噛み締めた。わかってるわよそれぐらい。
いいえ、落ち着きましょう。神経を逆撫でするような発言はまた私を怒りに染めようとしてるだけ。
まともに取り合えばこっちがアルマのペースに乗せられる。それだけは回避しないといけない。
『さぁさぁ! 誰が相手するんだ? 荒くれ勇者か? 怒りの魔術師か? それとも...』
「てやぁぁぁぁぁ!!」
後ろから襲いかかる人影の一振りを難なく受け止めアルマは不気味に笑った。
『ギヒッ! お前か? エゴイスト』
背後からの奇襲は怠惰の霧を受けたはずの涙亜だった。霧は効果時間は短い?
いいえ、涙亜以外はまだ力が戻ってない。なぜこの子だけ効果が切れたの? そもそも怠惰に落ちていなかったのかしら。
「許さないよアルマ! 友達を傷つけるなんて!」
『なぁんで怠惰に染まってないのかしらんが、お前もイレギュラーのようだ。ここで仕留める』
「させないわ」
目の前に魔法陣を展開。それをいくつも展開し鏡合わせにする。
膨大な厚さを持った魔法陣は白き光線を放ち鏡合わせとなった魔法陣とぶつかり反射、また別の魔法陣とぶつかり反射を繰り返す。気づけば眩い光を放つ巨大な魔法陣が出来上がった。
『こいつは...!!』
「覚えてる? あなた用の対魔結界よ」
一度、アルマに使用しかけた対魔結界。これが発動すれば結界内の魔の者は抵抗もできずに消滅する。
「見捨てた家族に謝罪しながら消えなさい。対魔 魔王への聖歌」
『ぐ、ぐぁぁぁぁぁ!!』
断末魔のような叫びをあげてアルマは苦しみ悶える。
だが、私は気づいている。こいつがふざけていることを。
「いつから大根役者になったのよ」
『なんだ。演劇は嫌いか?』
「あなたの態度が嫌いなのよ!」
今度こそアルマにソードブレイカーを振り下ろすと先程作り出した大剣で彼は防いだ。ギャリッ! という金属が削れる音が聞こえ剣から火花が散った。
『おいおい。俺の態度が気に食わないとは悲しいぜ』
ふと、真面目な面影があるアルマの姿が頭の片隅に思い浮かんだ。
「いつぞやのあなたは真面目だった気がするけど?」
『その可能性はあり得ないな』
「真面目なアルマ。家族思いのアルマ。狂愛のアルマ。それぞれバラバラだけど、共通してあなたは人を頼らない。なぜ?」
私は疑問と剣をぶつける。一瞬、彼の顔が悲しみに歪んだ気がした。
『逆に聞く。お前は何故に正義を背負う? 知を欲する?』
「それは...」
『そう。感情に従った行動に意味なんかありゃあしねぇよなぁ?』
突然、アルマの力が強くなり武器と私を弾き飛ばした。だが、追撃は無く彼はまるでピエロの化粧の様に口端を釣り上げて笑って言った。
『俺は頼ることすら面倒なだけさ!』
辺りに響き渡る笑い声は私の心の奥を触ってくるような不快感があった。違和感を感じると共に異変は起きた。
「あ、あは、あはははははは!!」
先程まで怒っていた未来が笑い始めたのだ。
「な、なに笑ってんだ?」
突然笑い始めた未来にベントはたじろぐが彼の口角も少しずつ上がり始めていた。
「な、なんだ。可笑しくもねぇのに口が...!」
怠惰で倒れた者らも笑い始め辺りは笑い声で満ちていた。それを不快そうに桜は見つめ、涙亜は不気味がっていた。
『笑う門には福来るってな』
「何もかもが悪趣味な男...!」
「無理矢理笑ったって福なんか来ないよ!」
『ギャハハ! 違うね。どれだけ笑ったって何もねぇんだよ』
右手の指を涙亜に向けると指先は銃口へと変化し黄色い輝きを放った。
『バン』
アルマは銃の撃つ音を真似ると同時に指から光弾が放たれた。
音速を超える光速の弾丸は容易に涙亜の右太腿を撃ち抜く。一瞬、撃たれたことに気付かなかった涙亜は血が流れた自身の足を見つめて漸く痛みを感じ声を上げた。
「ああああぁ!」
『最初は痛くなかったろ? 人間気付かなければ痛みはないんだぜ?』
両手の指先を涙亜に向けると全てが銃口へと変わった。
『では問題。人間は光速で蜂の巣にされても気付かなければ死なないでしょうか?』
私はアルマがやろうとしてることに気づいて涙亜の前に飛び出しソードブレイカーを構えた。
『正解は...やってみましょう!』
声を上げると同時にアルマの指から弾丸が音も無く撃ち出された。実際の時間にして1秒にも満たない時間。その間に撃たれた弾丸は数万発。
それが撃ち終わると同時に全弾同時に撃ったかのような銃撃音があたりに響いた。
ニタニタとこちらに嫌らしい笑みを向けるアルマを睨み付けた。
『なぁんだ。案外耐えるじゃん』
アルマはつまらなそうに私の姿を見た。なんとか致命傷になる銃弾は全て叩き落とした。だがそれでもダメージは大きい。肩や足は穴だらけで小さな風穴がいくつもあった。
最初は何も感じなかった肩や足にじわじわと痛みと熱さが生まれ始めた。
「バカみたいに乱射しないでほしいわ...!」
『減らず口を叩けるなら元気な証拠。もう一丁かましてやぶっ!?』
喋ってる途中で割り込むようにあるまの右頬をベントが殴り飛ばした。数回地面の上を転がった後、殴られた箇所を撫でながら平然とアルマは立ち上がった。だがその目は少し怒っていた。
『イテェなおい』
「勘違いしてるようだから教えてやるよ。俺とお前の勝負はまだ続行中だ」
『...はぁぁ。めんどくせぇ』
冷めた目でベントを見つめやる気なく両腕をだらりと下げてズボンのポケットに入れた。
完全に脱力しているその姿をベントは注意深く見つめる。二人が睨み合って数秒。先に動いたのはベントだった。
拳を振るった瞬間、音速を超えてアルマの顔面を振り抜こうとした。だが、アルマは脱力しポケットに入れていた手を腰を切るように抜き放ち、ベントの右ストレートを横から払い除けた。
一発払いのけただけでベントの攻撃は止まず、今度は左ストレート。それも除ける。右フック、左アッパー、右振り下ろし、左ジャブーーーー超高速乱打に残像すら見えそれは何十本もある腕で殴りつけているようであった。
しかし、アルマは逆にスピード感はなくゆったりと払いのけているように見えた。
「必要最低限の動きでベントの拳をいなしてるのね...!」
「あの高速乱打を放つ勇者も凄いけど、それをいなす魔王も魔王ね...」
今なお続く攻防に苛立ちを覚えたのは、やはりベント。
「ちょこまかと動き回りやがって! 黙って殴られろよ!!」
『お前本当に勇者かよ...』
それには同感。
彼の勇者らしからぬ発言にアルマは今なお攻撃をいなしながらため息を吐いた。
『そろそろ疲れてきたな。交代しようぜ』
ベントがそれに反応する前にアルマは彼の腹部を蹴り上げた。
少し足が地面から離れたのと攻撃が止んだのを見逃さずアルマはベントの横っ腹に回し蹴りをかました。が、それをベントは片手で足首を掴んで止めた。
「いい蹴りだな...!」
『おいおい...黙って飛んでけや!!」
掴まれた足首を支えにもう片方の足をベントに向けると指の時よりも数倍大きい銃口に変化した。
「吹っ飛べ」とアルマの口が動いた瞬間足から爆音と共に大砲級の弾が放たれた。ベントの腹部にそれは着弾し数メートル交代するが何事もないかのように腹を摩りにやっと笑っていた。
だが、その隙に足の拘束が外れたアルマは一瞬のうちに懐に潜り込みベントの腹に右手を添えた。
『ゲボッちまえ!』
その言葉と共にベントの体が先ほどよりも後ろに吹き飛んだ。
ズガン! という音が聞こえるとベントは壁にめり込んでいた。口からは血と胃液が漏れて地面に垂れ落ちている。
「がはっ...!」
『そこで少し寝てな』
そう言うとアルマはこちらに視線を移した。
『続きをしようか』
「いいえ。まだみたいよ?」
そう言って私はアルマの背後を指さすと彼は振り向いた。次の瞬間には顔面に拳がめり込んだ。
「油断してんじゃねぇよ!」
『ギ、ギヒ...! さ、さふがゆうひゃ...!』
拳がめり込んだ状態でニタニタと笑いベントの手首を掴むとメキメキメキという音が鳴った。
食い込んでいた。アルマの指がベントの手首に深々と食い込みへし折ろうとしていた。だが、ベントはそれを意に介さずもう片方の腕を振りかぶるとアルマの右側頭部目掛けて振り下ろす。
ガキン! という音がアルマの頭から聞こえた。どうやら辛うじて頭を硬化させたようだ。その証拠に右側頭部が黒く光沢していた。
「また硬くなりやがった!」
『硬度は魔力の濃度。濃くなればなるほど硬度は計り知れないぜ?』
メキメキとベントの手首をさらに強く握る。その手も黒く光沢していた。
「なるほど...魔力を込めれば膂力も上がるってか」
『ギヒッ! ご名答! 俺の異法は魔力で全てを異らせる。故に力も速さも硬さも全て変化可能さ!』
「馬鹿げた技術だが...」
もう一度高々と振りかぶった右拳をアルマの硬化している右側頭部へと振り下ろした。拳が突き刺さると金属がひしゃげる音が響いた。
その音にも驚いたがアルマの硬化した部分が凹みベントの拳が食い込んでいた。アルマは目や鼻から血を流した。
『ま、マジかよ...!?』
握っていたベントの手首を離し、後ろにヨロヨロと後退すると拳の跡がついた右側頭部を手で押さえた。
「どんどん硬くなれ。その分俺が叩きのめしてやるからよ!!」
『......はぁぁ。めんどくせぇ。やめだやめだ!』
そう言ってアルマは凹んだ頭を再生しながら指を鳴らした。すると怠惰と喜の感情に触れた人たちが何事もなかったように元の状態へと戻っていた。
そのことにも驚きだけど、イラの元に近寄ったアルマは手首を切り裂いて血をイラへと垂らした。
血が触れた瞬間、イラのズタズタになってしまった腕が瞬時に再生し元の綺麗な腕へと回復した。
『特に違和感はあるか?』
「い、いや、ないよ...ありがとう...父さん...」
お礼を言われて複雑そうな顔をするアルマだがすぐに微笑みを返した。
「どういうつもりよ」
私はその行動に疑問をぶつける。その回答をアルマはすぐに返した。
『もともと俺はこの可能世のアルマを止めるために動いてんだよ。他の怪物...サタンとアスモデウス以外の怪物も了承済みだ』
「何のために?」
『...終えるためだ。このクソみたいな輪廻を』
その顔は先ほどまでやる気のない顔ではなく、心から悲しんでいるようであった。
「じゃあ、いままでは演技をしてたってこと?」
『......いや、あれは全て本心であり事実だ』
「そう...」
できれば私たちを欺くための演技であってほしかった。
「それでなぜ急に戦うのをやめたんだ?」
『時間がない』
一目でわかった。アルマは焦っている。何を焦っているかはわからないけど、こいつの中では絶対に起きてはいけない何かが起ころうとしているの?
『お前らにかまっている暇は無くなった。よって退散させてもらうぜ』
そう言ってその場から立ち去ろうとするアルマに私はソードブレイカーを向けた。
「逃がさないわよ!」
『時間がねぇって言ってんだろうが!!』
メキメキという音と腹部から熱した鉄でも当てられたような熱を感じた。視線を落とすとアルマの足が私の鳩尾のあたりを蹴り上げていた。
突然の行動に反応できず、私の意識はそこで途絶えた。
△▼△
桜という女が魔王の怪物によって気絶させられた。さっきまでとは段違いな速さで蹴り上げやがった。
こいつの強さは一体どれぐらいなんだ? 戦ってみてわかったが俺と同等、いや俺の方がまだ強いぐらいではある。強者なのは間違いない。だがバケモン級でもない。
測れねぇ。こいつの強さはなんなんだ?
魔王の怪物を定めるように俺は視線を向け続ける。それに対して怪物は冷めた目で見つめ返しその場を去ろうとしていた。
「俺から逃げられると思うな!!」
そう言って飛びかかる俺を見て嘲笑うかのように微笑み奴は言った。
『いいや、お前はここで足止めさ』
パチンと指を鳴らした怪物の背後に巨大な魔法陣が浮かび上がった。魔法陣が起動すると真っ黒いネバネバした粘液のようなものが魔法陣の中心に集まり蠢いていた。
『開門』
「ビシッ!」と音が聞こえると粘液が一斉に俺と近くにいた桜、涙亜に絡みついた。どうにか踠くがこの粘液全然掴めやしねぇ!
涙亜とかいうガキも抜け出せねえようだ。粘液は俺たちを掴み門の中へと引き摺り込むとゆっくりと門が閉じていくのがわかった。
『じゃあな異世界の勇者』
怪物の声が聞こえ、俺の目の前で扉は完全に閉じられた。
扉の先は未知の世界ーーーー