《魔王は異形へと変貌す》
二ヶ月以内に(?)更新
ブォンブォン、と風を薙ぐ音が聞こえる。何かを振り回すように、音は響いていた。
時折、防ぐようにギィン、という金属音が鳴る。だが、次の瞬間には風を薙ぐ音へと戻った。それが幾数回続いた頃には男の怒号が響いた。
「キリがねぇよ!!」
風を薙ぐ何かを防いでいた男-剛は自身が攻め切ることができない苛立ちが溜まり、遂には爆発したようだ。
「手数が増えただけならまだしも、完全に動きが読めないわ」
剛と同じく、女-パルスィは目の前の音の原因を睨んだ。
「ギヒャヒャヒャ! おいおい、防戦一方か〜? 攻めてこいよ〜! つまんねぇだろうが!!」
攻めっ気のある怪物のような見た目をした男-魔王アルマは狂ったように笑い、六本の腕を自在に振り回し二人に襲い掛かった。
△▼△
数刻前。
ギリギリと手四つの状態で剛とアルマは取っ組み合っていた。
「やるじゃん異世界の勇者?」
「お前もな感情の魔王!」
先程まで魔王の血鎖で拘束されていた剛だったが寸前で引き千切り、この状態となっていた。横では邪魔をしないように終作をパルスィが踏み付けていた。
「また俺こんな目に合うのぉ!?」
「黙ってなさい」
バタバタと暴れる終作を抑えるためにさらに踏みつける力を上げた。ぐぇ! という声が聞こえると動きがおとなしくなった。
「俺のことを抑えるのはいいけど、アルマくんを倒したいんじゃ無いのぉ?」
「口車には乗らないわ。あの二人が消耗した後に私が同時に倒すだけよ」
「思ったより狡猾な考え持ってたよこの子!?」
彼女の姑息な考えに驚く終作。
それを他所にアルマと剛の力比べは徐々に剛が押していた。
「力は俺が上みたいだな!」
上から被さるかのように剛は力を込め、アルマを押し潰していた。気づけば膝をつきギリギリで潰されないようにアルマは耐えるので必死だった。しかし、そんな状態にもかかわらず彼の笑みは消えない。
「ギヒヒ...! 力は力でも眼力はどうだぁ...?」
「負け惜しみにしか聞こえねぇぞ」
呆れた声を出し剛はさらに力を込める。今にも潰されそうなアルマの眼が怪しく光った。
嫌な予感がした剛は咄嗟に手を離しその場で深く体を落とした。次の瞬間、アルマの眼から灰色の輝きを放つ光線が放たれた。
「眼からビームってなぁ!!」
剛の頭すれすれを通り過ぎ、遠く後ろにあった妖怪の山まで到達すると大きな穴を開けて爆発した。
「ギヒャヒャヒャ! よくかわしたぜ!」
「眼からビームとかロボかテメェは!」
「ビーム如きで喚くなよ。ブラックホールすら遊び半分で生み出すアホもいんだぜ?」
アルマは手首をブラブラと左右に揺らしながらゲラゲラと笑う。
「んなもの簡単に作られてたまるか!!」
「それが作っちまうんだよ。と、そんなことはどうでもいい。そろそろ魔王らしい戦い方でもしようかな」
グルグルと両肩を回すアルマに剛は怪訝そうな視線を送る。
「今までは遊びだったとでもいうのか?」
「いやいや、ご冗談を。今までのは桐月アルマとしての戦いだ。今からは魔王アルマとして戦ってやる」
笑みを浮かべていたアルマであったが、スッと表情が変わった。冷静でとても落ち着いた表情をし、その目は黒く闇よりも深い深淵に染まっていた。
雰囲気の変化もそうだが、それと同時に不快な音が聞こえた。
バキ! ボキ! と骨が砕け、折れる音がした。それは次第に大きくなり、目の前の魔王も目に見えて様子がおかしかった。
肩の骨は砕けながら大きくなり肩と肩甲骨の辺りから皮膚を突き破る。砕けた骨は少しずつ伸びていき腕の形を模した。肩の肉は膨張し、突き破った骨を覆った。
新たに肩から生えた腕は赤黒く光沢を放つ皮膚を、肩甲骨から生えた腕は青白い病的な皮膚を纏った。
額がヒクヒクと動くと縦に細い切れ目が走る。止まると同時にそれは薄らと開き、その隙間からギョロギョロと無数の眼が覗く。
剛は嫌悪を抱き、冷や汗を流した。今もこちらを見定めるように覗いてくる複眼に圧倒されていた。
「き、気味が悪いな...!」
「同感ね...」
パルスィも同じ感情を異形の姿に感じていた。今も変異する魔王を止めたい気持ちと手を出してはいけないと本能が警告音を発していた。だが、仮に手を出そうものなら彼の側で大鎌を両手で遊ぶように振り回している終作が邪魔をしただろう。
「なんだよ〜手は出さないのかい?」
「出したところでお前が邪魔するだろうが!」
「当たり前じゃぁん」
ニヒッと笑い、魔王を守るように大鎌を彼らの間に突き刺した。
「俺は約束は守る男だからね」
「あんたほど薄っぺらい男はいないと思うけど?」
「それも事実さ」
高らかに笑い両腕を広げ、くるりと手のひらを空に向けた。
「こんな悲劇さっさと終わらせようぜ! アルマ!」
「ギヒヒヒ! 悲劇かどうかは別として。終わらせること自体は賛同しよう」
独特な笑い声を上げると同時に魔王の変異は終わっていた。
その姿は宗教に出てくる修羅道の先に君臨せし、かの神のようであった。少し違うのは顔が三つではなく一つの顔に三つの瞳があり、額にある瞳には複眼のように無数の目が蠢いていた。
手遊びをするように肩から生えた四本の腕はそれぞれバラバラな動きをしている。
「阿修羅...? いや少し違うか...」
「修羅道を進む、戦闘狂いの三面六手と一緒にすんじゃねぇよ」
魔王は嫌そうにため息を吐いた。
「さて、異法の真髄見せてやんよ」
六本の腕が黒く輝くと指の内側が鋭利な刃に変異した。指を動かすたびにギャリギャリと刃が擦れ合う音がする。
「力比べといこうか?」
ワシワシと手を開けたり閉じたりし、剛に掴みかかった。流石の彼も掴み合うわけにもいかず横に転がって魔王の手を避ける。
追撃するように六本の腕で襲いかかるが剛は両手でゼスペリアを構え、思いっきり横薙ぎに振るった。青白い腕と赤黒い腕を切り裂くが元の腕で刃は止まる。
「止めた!?」
「その剣。神と魔族には異常な効力を見せるが人間にはただの切れ味がいい剣だと終作に聞いた。なら、異法で固めただけの人間の腕で防げばいい」
魔王の腕はそれぞれ特色がある。
赤黒い腕は物理重視の魔族の腕。異常な硬さを誇るため防御にも攻撃にも転用できるが、魔法には弱い。
青白い腕は魔力重視の魔族の腕。魔力を重点的に流し易くしたため魔法の起動が早いが、物理には弱い。
元から生えていた肌色の腕は人間の腕。物理も魔力も半々で汎用性があるものの人間の腕のため耐久力は目に見えている。
前者の二つは魔の腕でゼスペリアの効力が働き斬られてしまったが後者の人の腕はどうにか異法で耐えることができた。
「魔力で防いだならその腕も切れるはずだぞ!?」
「魔力は魔の力。確かにお前のその剣なら斬れるそうだが、異法はその魔の力すら異質にする。全てが異なることで理を混沌とさせるのが異法だ」
理を混沌させ、ルールを壊す力。それが異法。魔力でもあり、霊力でもあり、気力でもある。
何かに特化するだけでは異法は破れない。それこそ超越者でもない限りは。
「さぁさぁさぁ! 切れないとなったらどうするんだ!」
六本の腕を力任せに振り回し剛に襲いかかる。
無闇矢鱈に振り回す腕を避けながら剛は魔王の背後に回り込んだ。
完全に死角。そう思った矢先、剛は自身の背後から強い視線を感じた。振り向いた先には灰色に輝く瞳が無数に浮いていた。
「《堕落の魔眼》」
魔王がニヤリと笑うと同時に剛は膝から崩れ落ちた。
「貧血かぁ? 安静にしなきゃダメだぜぇ!」
まるで見えているかのように背を向けた状態で正確に肩甲骨から生えた腕が剛に掴みかかった。
「ぐっ!?」
力の入らない腕をどうにか上げ、また魔王と手四つで取っ組み合う状態となった。刃と化した指が食い込むが咄嗟に超技術の武装硬化でどうにか防ぐ。だが、剛はどういうわけか力が入らずさっきとは逆の状況となっていた。
「さっきまでの力はどうしたぁ?」
「くっそ...! 力が入らない...その魔眼の力か...!?」
「ギヒッ! 正解だ。俺の魔眼は見つめたものを堕落させる」
視界に収めた万物を堕落させる魔王の魔眼。視界に収めなくてはいけない制約により感情への干渉を高めている。
しかし、背を向けた状態でどうやって視界に剛を映したのか。それはシンプルな答えだ。
「終作か...!」
「誰も手を出さないなんて言ってないよ〜ん」
そう。剛の背後には魔王の額と同じように眼が無数に浮かぶ狭間が生まれていた。
「タチが悪い...!」
「ギャハハ! チームプレイって大切だよね〜!」
「ならこうなるのも想定内かしら?」
魔王の目の前に移動していたパルスィは足を振り上げていた。
「おいおい。下着が丸見えだぜ?」
「いちいち恥ずかしがると思うの?」
振り下ろされた足を防ごうとせず魔王は笑っていた。しかし、寸前で大鎌が現れ、その攻撃を防いだ。
「邪魔するなよ終作」
うんざりしたような顔を見せてため息を吐いた。
「ギャハハ! 邪魔するって言っただろうが!」
自身の大鎌を次元の裂け目に突っ込んでいた。
「終作...!」
邪魔をする終作をパルスィは睨んだ。それに対し彼はにっこりと笑った。
「悪いがパルスィちゃ〜ん。飛ばすぜ?」
いつものおちゃらけな調子でパルスィの足首を掴むと思いっきりぶん投げた。
「きゃああああああ!?」
叫び声を上げてパルスィは飛んでいくとその姿は見えなくなった。
そんな中、力が抜けていた剛はまた疑問が浮かび上がっていた。
なぜ魔王は攻撃を受けようとした? なぜ終作がその攻撃を防ぐことに文句を言った?
そんな疑問も次の出来事によって、すぐに消えた。
「さてさて、アルマくん。そろそろ閉幕と行こう」
パチンと指を鳴らすと終作の背後に次元の裂け目が現れた。その中から現れたのは幻真と磔、豊姫、そして怪物であった二人の少女の五人だった。
「怪物と戦い終わったと思ったら今度はなんだよ!」
状況が転々と変わっていく幻真は声を上げた。
「まあ、どう見ても修羅場ってところか?」
「終作くんに剛くん。それに...あれは魔王...なの...?」
魔王のこの世のものとは思えない異形さに豊姫は不快感を抱いた。ギョロっと第三の目が磔達を見据えると魔王は苛立ちを見せた。
「テメェ! めんどくさいことしやがったな!!」
魔王は剛から手を離すと終作に向かって殴りかかった。しかし、読んでいたのか後ろに倒れ込み、そのまま裂け目に飲み込まれた。
魔王の背後に裂け目が生まれそこからひょこっと顔を出してにっこり笑った。
「宣告通りだ。アルマくんが飛び降りる前に止めると」
「ならテメェからぶっ飛ばす」
パキパキと六つの拳を鳴らすと魔王は終作と対面した。その横に加勢するように磔と幻真が立った。
「お前ら...!」
「悪いなアルマ。ばっちし記憶を思い出した」
「目的はわからない。けど、友達として止めるぞ!」
思い通りのいかない魔王は血管を浮かべ目の前の三人を睨みつける。そんな中、四人の間に割って入るように二人の少女の姿に魔王はさらに怒りに顔を歪めた。
「もうやめようアルマ!」
「これ以上はあなたが苦しむだけですよ!」
「お前らまで、でしゃばるかっ!!」
二人の少女。リグルと映姫は魔王を止めるように語りかけた。しかし、魔王は苛立ち、それをぶつけるように頭を血が吹き出すまで掻き毟った。
「あなたは頑張りました。これ以上自分を犠牲にしようとしないでください!」
諭すようにいう映姫を魔王は冷たく睨み、それを否定した。
「黙れ映姫。これは俺とパルスィの問題だ」
冷たく突っぱねられてもリグルは諦めずに声を張り上げた。
「違うよ! 僕たちの問題でもあるんだ!」
「呪いにかかってない奴らがでしゃばってんじゃねぇよ。これ以上、俺の計画を邪魔するならーーーー殺すぞ」
幻真達は今までに感じたことのない殺気を魔王から放たれた。
怒りが限界に達した魔王は旧友の声でさえもその心には届かない。
悲しそうに魔王を見つめる二人に怒りに染まる真紅の魔眼で睨み返した。
「《憤慨の魔眼》!!」
「見せないよ〜!」
完全に魔眼の効果が発動する前に終作の次元の裂け目が現れ、その視線は妖怪の山にいる下級妖怪に向いた。視線に入ってしまった妖怪達は次々に内部破裂していく。その様子が見えた幻真はゾッとした。
「アルマくんの魔眼に入っちゃダメだぜ。今の魔眼は視線に入ったもの全てを爆破する」
「無差別すぎるだろ!?」
「それが感情の魔眼。アルマの本来の力だよ」
悲しそうにリグルは魔王の方を見つめた。
魔王は視線に彼らを入れようと動き回るが、終作が裂け目を生み出しそれを止める。思うようにいかず、魔王はギリギリと歯軋りを立てた。
「邪魔くせぇ奴だ!」
「ギャハ! 邪魔するのは得意なんでねぇ!」
「なら消し飛べ!!!」
魔王の魔眼が光ると真っ赤な光線が放たれた。
「マジか!?」
磔は幻真と豊姫達の前に立ち、庇うように腕を広げた。さらにその前には終作の裂け目が作られた。
「無駄だよ〜ん!」
「そうかい?」
魔王が不気味に笑うと真紅の光線は裂け目に触れた。次の瞬間、裂け目が眩い光を放ち爆発した。裂け目は想像を絶する大爆発を起こし、それは終作達に襲いかかった。
爆発がおさまると磔達の足場を除いて地面は数メートルも深く抉れていた。辛うじて防ぎ切った磔と終作は少し服が焼ける程度で済んでいた。
「あ、危なかった...!」
「ありがとう磔」
「お前が防がなかったらただじゃ済まなかったよ」
「あれあれ? 俺への感謝は?」
そんな終作を無視し、幻真と豊姫は安堵の息を吐いた。そのすぐ側でリグルと映姫は自分の命の危機があったにもかかわらず魔王の姿だけを見つめていた。
「映姫。悪いがアルマはもう止まらなそうだ」
「...わかってます。話し合いでは止められないことは。もう、力づくででも」
意を決した映姫は磔に向き直り頭を下げた。
「お願いします磔さん。アルマを止めてください」
「僕からもお願い...もうアルマが苦しむのは見たくないの...!」
リグルは涙を流しながら磔達に懇願する。それに応えるように磔と幻真は頷いた。
「任せとけ」
「アルマは俺たちがどうにかするさ」
「二人は私が守るわ。魔王くんは任せたわよ」
豊姫は二人を連れてその場から離れた。三人が見えなくなるのを確認すると磔は近くにいた剛に肩を貸した。
剛は気まずそうな顔をして磔達から顔を逸らした。
「す、すまん...」
「気にすんな。力は貸してくれるな?」
「ああ...」
まだ少し暗い顔をした剛は弱々しく肯く。
幻真は終作の方を一瞥し問いかけた。
「終作もいいな」
「わかってるよ〜仲良く四人でアルマくんを止めようか」
四人は魔王へと向き直ると目を見開いた。なんとそこには別の戦場で戦っているはずの憤怒の怪物と色欲の怪物が立っていたのだ。
「お前ら、なんで来やがった」
『主人様。色欲はいつも貴方のそばに』
『盟約に従ったまでだ。我が主よ。それにあっちは怠惰だけで事足りる』
色欲は深々と頭を垂れ、憤怒は腕を組み堂々な姿勢を見せていた。
そんな二匹に魔王は深く、ただ深くため息を吐いた。
「はぁぁ...お前らはいつも言うことを聞きやがらねぇ」
『あら。主人様が言ったのよ? 自由にしていいって』
『そうだ。我々の間に上下は要らぬ。好きにやれと』
「あの時の俺をぶん殴りてぇぜ」
めんどくさそうにため息を吐く魔王はニヤリと笑みを浮かべた。
「足を引っ張るなよ。サタン、アスモデウス」
真名を呼ばれた二人は目を見開いたが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。
『魔王様の仰せの通りに!』
『貴様もな! 我が盟友よ!』
ただならぬ雰囲気を放つ魔王達は一斉に終作達へと向き直り、それぞれ爛々と輝く魔眼を目の前の敵に向けた。
「幻真くん、磔くん。俺たちは怪物の相手だ。剛くんにはアルマを任せていいかい?」
終作の作戦に三人は頷いた。
「任せとけ」
「抜かるなよ剛」
「お前らもな」
△▼△
一方その頃、地底はというと。
怠惰の怪物と呼ばれし桐月アルマがベント達と対峙していた。
『強欲。いや、リティア。そっちについたか』
悲しんでるわけでもなく、怒っているわけでもない。ただただめんどくさそうにがっくしと肩を落とし、自分の娘であった強欲の怪物。水橋リティアを見つめた。
『ごめんねお父さん。私はもう苦しんでるお父さんの姿は見たくないよ』
純粋にただ純粋に父の苦しむ姿を見たくないという欲に染まり、父が笑っている世界を手に入れたいと強く、強く欲した結果。哀しき怪物と化したリティア。しかし、そんな彼女の気持ちは微塵もアルマには届かなかった。
『そうか。大変だったなリティア』
「そんな他人事みたいに...! あなたは彼女の父親でしょう!! 娘が父を思ってこんなにも苦しんでるのになにも思わないの!?」
未来はあまりにも冷たい態度を取るアルマに憤慨した。心配してるのは赤の他人ではない血を分けた娘、家族なのだ。なのになぜ彼はあそこまで冷たい態度を取れる?
なぜ、あんなにもーーー
あんなにもーーーーーー
めんどくさそうな顔をできるのだ。
怠惰に染まった魔王は家族すらも憂鬱に思う