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東方魔人黙示録  作者: 怠惰のあるま
最終章《魔王は魔人の夢を見る》
200/204

《月と太陽は、心のままに輝く》

毎回の如く三ヶ月は経ってしまう


もう少し時間が欲しい...!





「俺は何者...?」


自分が何者か。

それは簡単な質問であり、難しい質問である。

自分のことは自分が一番知っている。それは本当だろうか? 自分自身のことだからこそ知らない事があるはずなのだ。

それこそ、自身のことを知っているなら誰もが質問をされた時に即座に答えられるはずだ。まあ、答えにくいことがあるのかもしれないが。


『混乱してるんだろ? どうすればいいのか。なら冷静に考えろ』

「俺は...俺は...」

「あなたは白谷磔。そうでしょう?」


磔の発言を遮るように現れたのはアザゼルの分身と戦っているはずの豊姫であった。


「豊姫...」

『安心しな。今度はモノホンだ』

「ごめんなさい...私が甘かったせいで...」

「いいや...君は悪くない...」

『はいはい。反省会は後でやれ。俺はそのために時間止めてやってんじゃねぇぞ』


暗い空気を裂くように男は手を叩き言った。


『それと豊姫ちゃん。君にも同じことを聞くよ。君は何者だい?』

「私は綿月豊姫。それ以外の何者でもないわよ」

『うん。つまらん』


冷たい態度の答えに豊姫は驚きつつ、心に苛立ちが湧いた。


『苛立つなよ。別に不正解ではないんだから。正解でもねぇけど』

「お前...さっきからなんなんだ! 俺たちから何を聞きたいんだよ!」

『そのままだ。何者か、それだけ』

「そんなの分かりきってる! 俺は白谷磔だ!!」

『何の白谷磔だ?』


予想外な返答に磔は驚く。男は追い討ちをかけるような矢継ぎ早の質問を飛ばした。


『超人か? 旅人か? 魔王の友人か? 敵か? ほら、答えろよ』


的確に磔なら当てはまりそうな選択肢を複数出した。

その選択肢に頭を悩まされる。出されてみれば自分自身はどれが自分なのか。磔は《わからない》のだ。


『次は豊姫ちゃん。君は何の綿月豊姫だ? 月人か? 月の姫か? 侵略者か? どれだ』


豊姫は答えない。何故ならどれも本当であるからだ。しかし、答えられない。

彼女は自身を《偽る》ことで自分を守っているからだ。


『一人は自分を知っていると驕り、一人は自分を偽っている。全く、ややこしいことこの上ないな』

「だったらお前は!」

『俺は《無》何者でも何かでもない《無》そのもの。お前らと違って自分というものがない。ちなみに反論は聞かない。あと、お前らは答える理由があるからな』


言葉を先読みしてか、男はそう言うと両手で耳を塞ぎ、聞こえないふりをしていた。

確かに命の危機を救ってもらっている。磔は反論する事ができなかった。


『さぁて、答えろ。お前らは何者だ』

「何者ってなんだよ...! 意味がわからねぇ...!」


その言葉を最後に男は沈黙を続ける。

まるで磔と豊姫が回答するまで何も言わない。そう言っているかのようだった。


数秒経過。磔は口を開かない。


数十秒経過。豊姫は口を紡いでいる。


数分経過。男は腕を組んだまま動かない。


そして、数十分が経過しようとした時、同時に二人の口が動いた。


「俺「私は」」


二人は目を合わせ、少し笑うと豊姫から答えを言い始めた。


「私はどれでもない」

『ほう?』

「けれど、嘘だろうと、真だろうと、全部私なのかも。だけど、私が何者かは私が決めるの」


彼女の回答を聞き終わると男は磔の方を向いた。その意味を察した磔は口を動かす。


「俺は確かに何者かわからない。けど、これだけはハッキリ言える。俺は豊姫の夫だ」

『ふむ』

「お前が言った俺は全部が俺なのかもしれない。だが、俺が何者かは俺が決める」


そして、二人は同時に言った。


『誰かが決めるものじゃない!』


強く、ただただ力強く本心を男に向けて答えた。

その回答に男は笑みを浮かべ、祝福するように拍手を送った。


『ギヒッ! そうさ! 他人がお前らのことを何者か決めつける事なんて出来ない! お前らは自分が決めた自分を信じろ!!』


男はどこか羨むような視線を二人に向ける。


『全く...いい夫婦だぜ。お前ら...』


その言葉に磔は哀れみを感じると同時に、どこか懐かしい感覚を味わっていた。


『さぁて。しんみりタイムは終わりだ。そろそろあいつら倒してきな』


男はルシファーとアザゼルの方を指差す。

それに対し、磔は腕を組んで唸った。


「倒すのはいいが、ルシファーの能力が分からないうちは手の出しようがないんだ」

『ああ、あいつの能力は言霊のようなもんだ』


言霊の説明には諸説あるが、簡単に言うと発した言葉に霊や力が宿ることを言うらしい。


『ルシファーの場合は言霊で真実を強引にひれ伏せ、捻じ曲げている』

「真実を脅して、自分に有利な真実に変えてるってことか」

『そうだ。アザゼルも同様に同じことをできる』


アザゼルの場合は言霊で真実を嘘で塗り固め、真実を嘘に、嘘を真実へと変える。簡単に言えば、あべこべにしているのだ。


『さっき磔に近づいた豊姫は途中までは本物だった。だが豊姫は偽物だと嘘で塗り固めた結果、嘘は真実へと変わった』


磔に近づいたのは豊姫ではなくアザゼル。アザゼルが居た場所には豊姫がいたと言う事実へと塗り替えたため、あたかも入れ替わったかのように見えたのだ。


「あいつら何でもありかよ!」

『何でもって訳ではない。真実を自分に有利に働かせることができるなら、なぜお前らは生きている?』


男の質問に首を傾げる二人。


『言い方を変えよう。真実を捻じ曲げてるのになぜお前らには変化がない? 真実を捻じ曲げることが可能ならお前らの生死も容易に変えれるはずだろう』


そう。最初から真実を捻じ曲げることが可能なら二人が倒されたという真実へと捻じ曲げればいい。しかし、なぜかルシファーはそれをやらない。考えられることはただ一つ。


「事象にしか効果がない...?」

『そうだ。ルシファーの真実改変はひれ伏した事象に影響がある。だが、生きている即ち生物には意味をなさない』


傲慢はひれ伏させた事象に強制的な命令を下すことができる。

魔王が前にその力で消滅した者を復活させたのも理を屈伏させたが故。なんでもありのように聞こえるが効果があるのは事象にだけで生物に対しては改変を行うことができない。


「けど、アザゼルの能力は私にも影響があったわ」

『君に、というよりも君がいた、という事実を塗り替えたという方が正しい』


アザゼルの虚飾は真実を嘘に塗り替える力。ただ、塗り替えた嘘は真実に変わってしまうため幻というわけでもない。

事象と真実を自由に操る二匹の怪物に磔はあることを呟いた。


「なんか似てるな...」

「似てるって...アザゼルとルシファーのこと?」


豊姫の返答に磔は頷く。その疑問に男は答えた。


『そう思うのも無理はない。傲慢と虚飾は似て非なる感情。自分の力を傲る傲慢と自分の力を偽る虚飾。だから、あいつらは一つにされた』

「一つ...七つの大罪か』


静かに頷くと男は言った。


『あいつらは一人だと思え』

「どういうことだ」

『そのままの意味で受け取れ。深く考えるな。お前は考えない方が強いだろ』


その言葉の意味を磔は理解できた。

だからこそ磔は男の正体が気になった。


「お前はなんだ」

『《無》だ』

「違う」

『違わない』

「お前はーーーだろ!」


咄嗟に呼んだ名前が声に出せず、磔は自分の喉を摩り、何度もその名を呼ぼうとするが全て無に消えた。


「なんで、なんで名前が出ないんだよ!」

『だから言ったろ。俺は《無》だ』

「違う! お前はーーーだ!!」


何度も何度も呼ぶが、無駄に終わる。いまも頭部がバグのようにコロコロ変わる《無》と名乗る男を磔は睨んだ。まるでなにかを訴えるように。

睨み合う二人に豊姫が割って入った。


「さぁ睨み合いは終わりよ。磔はこの男のことを知ってるみたいだけど、今はそんな場合じゃないわ」

「......わかってる。わかってるけど!」

「魔王を止めるんでしょ」


豊姫の言葉に磔はハッとした。自分の目的を思い出したように。

《無》を睨むことをやめた磔は頬を叩き、気持ちを切り替えた。


「悪い。そうだったな」

『もういいか?』


表情はわからないが、雰囲気でめんどくさそうにしてるのがわかった。


『そろそろお前らに助言して、帰りたいんだけど』

「なんだ。助言してくれるのか」

『最初からそのつもりだったんだよ。そしたら、お前らがイチャモンつけてきただけだ』

「お前が! いやいい。さっさとその助言を聞かせろよ」


言い返すのは無駄だと悟り、磔は《無》に助言を願った。

《無》は両手をそれぞれ二人の前に突き出すと、右手には強く輝く球体を、左手には淡く輝く球体を作り出した。

それを見た二人は目を見開いた。それもそのはず。《無》が作り出したのは誰もが知っている物体。太陽と月だ。


『これは擬似的なモノだがほとんどモノホンの太陽と月と思え』

「な、な、なんでそんな物を軽々と作ってんだ!?」

『なにを驚いてるんだ。お前らも今からこれをやるんだよ』


見開いた目をこれ以上ないほどに開くかのように二人は驚愕する。

《無》が軽々と作った太陽と月を自分たちに作れというのだ。誰だって驚く。そもそもどうやって作り出したのかすら分からない二人は困った表情をした。


「例え私たちがそれを作るとしてもどうやって...」

『そうだな。見本を見せよう』


《無》はそう言うと全身からメラメラと燃え上がっていく。どんどん強くなっていき、膨大な熱量を放出した。その姿は太陽を思い浮かばせた。


「す、すげぇ...」

『これが所謂、感情の太陽だ。磔、感情の炎は出せるか』

「え? あ、ああ」


《無》に聞かれ、戸惑いながらも感情を昂らせ磔は炎を全身に纏う。


「これでいいか」

『ああ。そして、その感覚をもっと昂らせろ』

「い、いやいやいや! これ以上は危ないんだよ! 俺の炎は異常なんだ!」


磔の言う通り、アルマに感情解放を教わった者達と違い、彼だけの炎の放出量は異常だった。


『それはお前の傲慢が炎に対しての許容範囲を超えてるんだよ』

「高飛車って言いたいのか」

『言い方を変えよう。炎では抑え切れないほど、お前は感情が豊かなんだ』


誰よりも仲間思いであり、感情的な面を持つ彼だからこそ炎では抑え切れない強き感情を持っていた。


『太陽のように強く輝き、仲間を照らす感情力。だからお前にならできる』

「...俺にできるのか?」

『できる? 違うだろう』


どこか弱気な磔に優しく励ますように《無》は言った。それはいつしかの友と同じ優しさを彼は感じ取った。


「...そうだな」

『次に豊姫。あんたは初めての技術だと思うが、問題無くできるだろ』


《無》はそう言い、先ほどとは打って変わって弱々しい輝きを放った。

いや、弱々しいと言うよりも優しく包み込むような淡い輝きだった。それは彼女がよく知る輝きに似ていた。


「月...かしら」

『そうだ。感情の月光とも言うのかな。あんたにはこれが合ってる』

「月の姫が月のように輝く力を使う...どこか運命的ね」


彼女はどこか自傷的に笑う。しかし、嬉しそうにも見えた。


『嬉しそうだな』

「ふふ、だって月は太陽があって輝くでしょう? それって磔がいるから私が輝けると思って」

「お、おいおい...なんか恥ずかしいじゃねぇか」

「嫌だった?」

「そ、そう言うわけじゃ...」


二人の仲睦まじい光景を《無》は羨むように見つめた。それに気づいた磔は恥ずかしそうに目を逸らし、豊姫はまたクスクス笑う。


「ごめんなさい。話を遮って」

『別にいい。それで月光を教えたのはあんたが今言った通りさ』

「まんまだったのか...」

『まあ、もう一つあるとすれば豊姫の感情は月のように冷たくも優しい輝きで仲間を照らすからさ』


仲間を守るために冷静な状況判断ができ、闇夜を照らす月のように包み込むような優しさで仲間を導く。それが彼女の感情であった。


『あとはできるな?』

「ええ、問題ないわ」

「ああ、心配すんな」

『心配? 最初からしてねぇよ』


その言葉に首を傾げる磔に《無》はダルそうに前屈みになった。


『ギヒッ! 何年の付き合いだと思ってんだアホ』


一瞬バグっていた顔が治ると見たことのある厭らしい笑みをした男が独特な笑いを溢した。

声を出そうとした磔を制するように《無》は消え、止まった時は動き始める。それに気づいた磔は春雨を手に取り、ルシファーの放った魔力弾を微塵切りにした。

細かく切り刻まれた魔力弾は、キラキラと空中を瞬いて消えた。


『切り裂いた、か』

『あれあれ? なんか元気になってるし、豊姫ちゃんもいるよ?』


目の前に起きている不可思議な現象にアザゼルは戸惑っていた。


「磔。今は」

「目の前の敵に集中、だろ」

「ええ」

「あいつがなんでああなったかはわからない。だけど今はこいつらを倒してアルマを止める!」


春雨を強く握り、ルシファーとアザゼルに向けて構えた。

豊姫も同じく隣で扇子を持ち、磔を援護するように側で構える。

アザゼルは嘲笑するように豊姫を見つめた。


『そんな晴れた顔しないでよ。まだまだ霧は深く君を覆ってるよ?』

「いいえ。もう惑わされない。だって私には私を輝かせてくれる太陽があるから」


決意を感じ取ったルシファーはどこか嬉しそうにも言った。


『覚悟はできたようだな』

「ああ、月のように照らす道標がある限り俺は二度と迷わない!」


嘘偽りのない言葉を胸に二人は感情を昂らせた。

昂っていく感情にルシファーは身震いをする。本能的に感じ取った。何かがやばいと。

先ほどの何倍も強大な魔力が込められた魔力弾を作り出し、磔達に向け放った。

アザゼルも同じだった。寒気を感じ、指揮棒を振るうと数十体もの人形を作り出し、二人に襲い掛かった。しかし、無意味に終わる。

魔力弾は何か淡いベールに包み込まれ消え去り、人形達は高熱に当てられた金属のように溶け、地面に水溜りを作った。


『な、何この熱量...!』

『それもだが、不思議なオーラも感じる』


異常な熱量と優しく包み込まれるような何かがあたりに充満していた。

それを発しているであろう者達を怪物らは睨み、そして、戦慄す。

彼は全身から紅炎が見えるほどの熱量を放ち、太陽のように輝いていた。

彼女は全身を薄いベールに優しく包み込まれ、月光のように輝いていた。

自分の姿に慄く怪物に磔は自信に満ちた笑みを浮かべた。


「さぁ! リベンジマッチだ!」


太陽と月の反撃

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