《月の姫は人形と偽曲を奏で踊る》
コラボをすると一ヶ月以上の更新になってしまうジンクス。
いくない...いくない...
一匹、また一匹と原子レベルに人形が分解されていく。
それでも数は減らず、むしろ増えていくばかりだ。無限とも言える人形達に苛立ちと疲れが見え始めた豊姫。
それをどこかで傍観する虚飾の怪物 アザゼル。楽しんでいるかのようにあたりには怪物の笑い声が響いていた。
「いい加減に姿を表しなさい!」
人を弄んでいるアザゼルに豊姫の堪忍袋の尾が切れた。怒声を聞いた怪物はケラケラと嘲笑う。それに反応するように周りの人形達が声を発した。
『漸く怒りが出たね』『上っ面なんかつまらない』『虚飾の仮面じゃつまらない』『もっともっと!』『怒れ』『喚くように!』『怒れ』『怒れ』『解放されるように!』『怒れ』『怒れ』『怒れ』『怒れ』『怒れ』『怒れ!』『怒れ!!』
バラバラに喋っていた人形達の声は気づけば一つとなっていた。もはや、それは合唱と化していた。
「黙って...黙って...黙って!!」
怒りに任せ、豊姫は全方位に向けて扇を振るった。
同じ言葉を歌うように声を発していた人形達は一瞬にして分解された。しかし、本体のアザゼルは正体を未だ見せず、人形達も増え出し合唱は続く。
『哀れ』『憐れ』
『虚飾の姫は』『悲劇に踊る』
『夫を守れず』『仲間も守れず』
『その悲しみも』『その怒りも』
『どうせ虚飾に消える』
『あぁ...なんてあわーーーー』
「うるさい!!」
豊姫を憐れむ歌の合唱は彼女の怒声でかき消される。そして、我武者羅に見えないアザゼルに向けて扇を振るう。無闇矢鱈に弾幕は放たれ、またもや人形達は分解される。それでも本体は見つからない。人形も減る事なく、増え続ける。減るといったら自身の体力と気力のみ。
そんな彼女もふとしたことに気づいてしまう。
体力は減った。気力も減った。減ってはいるが傷は増えていない。そう。豊姫の体には傷などはない。疲労だけが彼女を苦しめている。
それは同時に何を意味することか。簡単なこと。アザゼルは攻撃を一度もしていない。
「なぜ攻撃をしてこないの...」
『何故でしょう? 遊んでるだけかも〜?』
「それかあなたの人形達は歌を歌うことしかできない」
『あは! バレちゃったか』
「なら、取る行動は一つね」
豊姫は扇を握り直すとある一点に向けてそれを振るった。そこに居た人形達は分解され、一本の道が出来上がった。
「こっちに磔がいるのはわかってるわ。彼と合流した方が確実にあなたを仕留められる」
そう言い作り出した道へと縮地を使用しながら彼女は磔の元へと急いだ。
その姿を見てアザゼルは姿を現し、クスクスと笑う。
『ほぉら。また嘘で隠しちゃった。僕を仕留めるじゃない。愛する人が心配で心配で仕方がないだけ』
哀れむような表情でアザゼルは豊姫の後ろ姿を見つめる。
『けど、残念だったね。僕の合唱を途中で終えることはできないよ』
パチン、と指を鳴らすと右手に魔力で作られた指揮棒が現れた。それを合唱で指揮をとるように人形達に向け、大きく振るった。
『合唱は始まったばかりだ。最後まで聞いてもらうよ?』
△▼△
走る。ひた走る。
愛するものの元へと豊姫は走る。
先ほど、アザゼルに言ったことは嘘ではない。だが、本心ではない。彼女の言う通り、磔が心配だった。愛する者が危険だと言われれば、心配が募る。それは実に単純な感情だ。
まあ、その行為が正しいことにつながるとは限らない。愛は時に非情だ。
守るための行為が時には牙を剥くときもある。
そう...かの魔王と橋姫がそうであったように。
走り続ける豊姫の視界に二つの影が映った。一人は見下し、一人は跪いている。その影の正体がわかった途端に彼女の走る速度は上がった。
「磔...!」
そう。今まさに劣勢となっている白谷磔がいた。
そして、相対するは堕天の王ルシファー。彼が手を振るうと周りから黒き羽根を持った天使が現れた。
堕天使らが今まさに磔を襲おうとしていた。
豊姫は地面を力強く踏み、縮地を使うと扇を振るった。
吹いた風は堕天使らの頬を撫でると同時に原子レベルに分解され、消滅した。
自身の部下が分解されるのを見たルシファーは驚きつつも笑みを浮かべ、豊姫に視線を移した。
『ふむ。虚飾を退けたか。大したものだ』
「豊姫...」
磔は弱々しい声を出し、妻の名を呼んだ。
「目の前で家族を殺させるわけないでしょう」
『なるほど。いい夫婦だ。私も虚飾の仇を取らねばな...』
わざとらしく悲しむふりをしているルシファーの背後からアザゼルが飛び蹴りをかました。
『生きてるよ!!』
蹴りを喰らっても微動だにせず、ルシファーは心底残念そうにした。
『なんだ。生きていたか。つまらぬ』
『むかぁ! 君からぶっ飛ばしてもいいんだよ!!』
突然、口喧嘩を始めた二匹の怪物。
その隙に豊姫は磔に駆け寄ったが、彼の怪物になりつつある体を見て、目を見開いた。
「磔...!」
「豊姫...無事だったか...よかった...」
「人の心配してる場合じゃないでしょう!?」
「ああ...そうだな...」
今も頑張って立ち上がろうとする磔に豊姫は止めようと肩に手を置こうとした瞬間、磔の姿が虚飾の人形へと変わっていた。
「え?」
『ざんね~ん! うっそでぇす!』
癇に障る声が背後から聞こえると豊姫は振り返り、歯ぎしりをした。なぜなら彼女が先ほどアザゼルと戦っていた場所に戻っていたからだ
「何をしたの...?」
『そ・れ・は~! 秘密だ』
突如として、アザゼルの顔半分がルシファーの顔となり、泥のように体が地面に崩れ落ちた。
冷静にあたりを見渡すが、何も、誰もおらず、自身は白い壁に囲まれていた。そう、白い壁に。
豊姫はそこにはなかったであろう白い壁を見つめ、目をよく凝らした。
蠢いていた。壁の正体はアザゼルの虚無人形が大量に重なり合い、出来上がったものだった。
「気味が悪い...」
『そう言わないで、人形達は君と遊びたがってるんだよ?』
「ありがた迷惑よ!」
鬱憤を晴らすように豊姫は憤怒を込めて扇を振るう。しかし、吹き起こる風に異変が起きた。赤いのだ。血のように真紅に染まった視界にも捕らえられるほどの真紅の風が吹き乱れた。
アザゼルは真紅の風に目を見開くが、放った本人である豊姫も同じだった。
真紅の風は人形に触れると例によって原子レベルまで分解し「消滅」ではなく「爆発」した。風に触れた人形が連鎖反応を起こすかのように分解、爆発を巻き起こした。
圧巻の光景に豊姫は絶句する。自身が起こしたのか、想定外の光景に思考が一時停止した。
アザゼルも同様に呆気にとられているが、人形を介して迫る爆発を見て、すぐに冷静さを取り戻し、人形を自身の隣に二匹ずつ生成した。
『ちょっと、それ迷惑だよ』
左右にいる人形の首をそれぞれ掴むと、人形はそれぞれ透き通った二色の指揮棒のように細い針へと姿を変えた。
残った二匹は同じく透き通った二色のヴァイオリンとチェロをそれぞれ手に持った。
『虚曲《嘘と真実の狂想曲-二重奏-》』
アザゼルが指揮棒を振るうと人形達もそれに合わせ、楽器を弾いた。
奏でられる曲は聴いたこともないものだが、妙に引き寄せられる。豊姫も無意識のうちに曲へ耳を傾けていた。聞き浸る彼女の目はどこか虚ろであった。
『いい曲でしょ。聞こえてないだろうけど』
指揮棒を振りながらアザゼルは笑う。
『さぁ、大合唱と行こう』
指揮棒を持った両手を大きく広げると、地面から様々な楽器を持った人形達が生まれた。
『虚曲《月姫の虚ろなる終幕》』
楽器から奏でられた音は、様々なモノへと変化する。
炎や氷、剣に槍に、ありとあらゆるものが音から生まれ豊姫を囲んだ。
虚ろなる姫はそれに気づかず、ただ呆然と立ち尽くし終幕を待っているようだった。そして、アザゼルの指揮する合唱は終わりへと近づき、彼女を囲む音も比例して増加していた。もはや、豊姫の視界には収まりきらないだろう。
『さよなら。月のお姫様』
演奏を終えるように指揮棒を横に切ると、人形達の動きは止まり、合唱が終わった。そして、同時に豊姫の意識も戻るが時遅く、囲んでいた虚飾の音達が一斉に動き出した。
「なっ!?」
『ばいばぁい』
ヒラヒラと自身が持っているはずの扇を振るアザゼルに豊姫は死を悟った。
「ごめんなさい...! 磔...!」
愛する者の名を呼び。豊姫は迫る攻撃を浴びた。
『と、思うだろ? 悪いが悲劇のシーンは没だ』
緊張感のない声が聞こえると目の前に男が一人立っていた。
「え...?」
『反応テンプレ過ぎだ。よって不合格』
突然、現れたと思ったら自身の反応をダメ出しし、剰え不合格と罵る男を睨んだ。
『命の恩人睨んじゃや〜よ』
「命の恩人?」
『虚飾人形退けてやったのよ。俺ちゃんやっさしぃ!』
男の言葉で気づいた。先ほどまでの視界を埋め尽くす音の攻撃と人形達、そして、アザゼルの姿が消えているのだ。
「あなたがアザゼルを倒してくれたの...?」
『半分当たりだ。俺が無くしたのはアザゼルの偽物と人形、虚飾の攻撃だ』
「偽物!?」
『そうだ。あの時、磔の元に向かったお前はアザゼルの力で偽物のアザゼルの前に連れてかれたのさ』
磔が人形達と入れ替わった時にはすでにアザゼルは偽物と化していたようだ。
『そして、磔も同じく助けにきてくれたと思った愛する者がアザゼルとなり、胸を貫かれた』
「嘘...!」
『死んではいない。それに俺が助けてやった』
「あなた...何が目的なの...?」
『それは、あっちの俺に聞け。一応俺は精神力で作られた分身。もうすぐ消える』
そう言うと男はある方向へと指をさした。
「...ありがとう。で、いいのかしら?」
『別にいいさ。ほら、行きな』
豊姫は少し戸惑いながらも頭を一度下げ、男が示した方角へと走って行った。
彼女の姿が見えなくなると、男の姿は薄くなりボンヤリとした幽霊のような姿となっていた。
『さぁて...あの子はなんて答えるかいね。どちらにしろ。答えてもらわんと俺が困るが、大丈夫だろうな』
男の精神体は豊姫を心配しながら、その場から姿を消した。
終わり方って難しいよね。