《絆を束ねし者、堕天の王と対峙す》
やあ...久しぶりだな。
俺は生きてたさ。
え? どうでもいい?
はぁい。
最終章更新です。
唐突だが、人にはそれぞれ限界がある。
体力、腕力がある者も知識には乏しい。
多種多様な知識を持つ者も腕力、体力が乏しい。
全てが柔軟にできる者も逆に人より突出した分野がない。
それが普通、それが摂理。
だが、時にいるのだ。
天才と呼ばれる者。
理から逸脱した者。
神に祝福される者。
もはや人と分類していいのかわからないが、人を超えた力を持つ者、人から離れてしまった者がいる。
それを超人、または怪物と呼ぶ。
今まさに超人と呼ばれる者と怪物と成り果てた者が剣を交え合っていた。
お互いの剣が相手を斬ろうと振るわれる度にぶつかり合い、火花が散った。
『そんな鈍の剣で私を倒そうとは不敬極まりない』
剣を振り、相手の剣と鍔迫り合いとなった状態でルシファーは見下すように言った。
「そんな鈍の剣で攻撃を捌かれてるのはどこの誰だ?」
見下し返すように磔は嘲笑しながら言った。それに対し冷徹に、だが怒りが籠もった声をルシファーは発した。
『減らず口を...しかし、良いのか? 私と戦っている間も主の作戦は進んでいるぞ』
「そっちは剛がなんとかする。俺の相手は...お前だ!」
剣を握る腕にさらに力を込め、ルシファーの剣を押し返した。その勢いに流されるように後ろに飛び退くと剣を地面に刺し、余裕そうにルシファーが指で作った輪っかを覗く。まるで磔の心を見透かすように。
『ふむ。迷いが消えたように見えて、内心は不安と焦燥がグルグルと渦巻いているな』
磔は本当に覗き込まれているような気持ち悪さと自分の心情を当てられたことに苦虫を噛み締めたような顔をした。
『先ほども言っただろう。迷いは弱さ。故に弱者はよく迷うのだ。戦いの場で選択を迷えば、死が迫る』
どこか相手を諭すように、落ち着かせるように、ルシファーは言う。
「何が言いたいんだ?」
「迷いを消さねば...ここで死ぬぞ...?』
先程までの落ち着いた声は消え、途轍もなく低く悍ましい声と変わった。
一瞬、そう一瞬。気づけば磔の喉元に切っ先が迫っていた。
寸前で躱した磔だったが追い打ちをかけるように足元に魔法陣が仕掛けられた。
「無詠唱かよ!」
『私には必要のない行為だ』
指を鳴らすと魔法陣が輝き、視界に入るだけでも数百の光弾が浮かんでいた。
『《傲光琥珀》』
凝縮されるように一斉に光弾が磔に襲いかかる。
だが、彼に光弾が当たることはない。無駄のない最小限の動きで躱し、躱しきれない光弾は武器で斬り裂いた。
この間、僅か1秒。
「こんなものか?」
全ての光弾を捌ききり磔は言った。
彼の発言にルシファーは即座に答えた。
『一ミリたりとも気を抜くな』
今度は空に魔法陣が現れ、点々と赤い光が浮かぶ。
『《傲炎紅玉》』
雨粒の大きさしかない赤い宝石が嵐のように降り注いだ。
だが、範囲はそこまで広いわけではない。磔は大きく後ろに飛び退き、宝石の雨から逃れた。雨が地面に直撃すると発砲音に似た音が鳴り響いた。
先程まで彼が立っていた地面は、蜂の巣と同じ穴だらけな光景が広がっていた。
それを見た磔はゾワッとし、鳥肌を立てた。
「もう少しで蜂の巣になるところだった...!」
安心。それは戦いにおいて隙でしかない。
パチン! と指を鳴らす音が聞こえると同時に磔を囲むように上下左右前後に魔法陣が展開した。
「しまっ...!」
『気を抜くな、と言ったはずだが?
《傲王箱庭》!』
ルシファーの声に反応するように磔を囲む、魔法陣が一斉に輝くと黄金に輝く武器群が生成された。
その矛先は全て磔に向けられている。
絶体絶命のピンチと言えるこの状況下。何か考えがあるのか、彼の顔に焦りは無かった。
『ふむ...死を悟り逆に冷静になったか?』
「こんなので死は感じないぜ? こっちは全方位攻撃は慣れてんだよ!!」
『その妄言。嘘か、真か。確かめてやろう』
ルシファーが話し終えると同時に全ての黄金の武器が動き出した。もちろん矛先は全て磔だ。
彼は腰を少し落とし、右手に自分の霊力、魔力、想力を込めて作り出した刀《春雨》を握り、左手には鎧を纏うように霊力を込めた。
眼前に迫る武器群を磔は腕で、刀で弾いた。弾かれた武器は別の武器へとぶつかり弾かれ、また他の武器へとぶつかる。それが波のように広がり、魔法陣から生成された幾数万の武器群は全て弾き落とされた。
『何をした...?』
「超技術で弾いたのさ。だが、ただ弾いたわけじゃない。パワーとスピードを二倍にして弾く超技術。俺は《百練自得の極み》と呼んでいる」
『......はっはっはっはっは!!! 素晴らしいな!』
自分の攻撃を止められ、怒りを表すかと思いきや、今度は高らかに笑った。
『主はリストに入れはしなかったが白谷磔。貴様も充分に危険因子だ』
「それは俺を強いと認めたってことか?」
『そうだ。しかし、超技術...実に恐ろしい力ではないか。故に...我が使ってやろう』
その言葉の意味を理解する前に磔は驚愕した。ルシファーが一瞬で自身の目の前に移動してきたのだ。いや、言い方を変えよう。
ルシファーは縮地を使用し、目の前に移動して来たのだ。
「な、なに!?」
『これほど相手と間合いを詰めやすい技術はないな』
「くそ! 斬脚!」
磔は後ろに飛び退くとルシファーに向けて空を蹴り、斬撃を飛ばした。
『こうか? 斬脚!』
そして、同じようにルシファーは空を蹴り斬撃を飛ばした。
ぶつかり合った斬撃は衝撃を生み、二人を少々後ろへと吹き飛ばした。
「嘘だろ...!?」
『貴様にできて、我にできぬ道理はない』
「だからって一度見ただけで使えるはずが!」
『いいや。貴様の技は何度も見ている。主の中でな』
そう言い、縮地を使うと指に霊力を込めた。
『指鎧』
まるで銃弾のごとく霊力で固めた指を突いた。
「陽聞」
だが、ルシファーの動きを脳内で高速演算をしていた磔は容易に攻撃を躱し、その勢いを逆利用。
肩から肘、肘から腕、腕から手へ勢いが連動し、光速を超えた突きが放たれた。
「桜花!」
指鎧を放った勢いで簡単には避けられず、ルシファーの側頭部に突き刺さった。
ヨロヨロと後ろに下がり、側頭部を抑えながら彼は磔を睨んだ。
『やはり見様見真似ではダメか...!』
「こっちは鍛錬してんだよ。素人に負けるわけがないだろ!」
『確かにな。が、我の辞書に敗北の二文字は無い!!』
言葉を発し終えると共に地面を蹴ると縮地を使用。同時に指に霊力を込めた。
縮地の移動する際のパワーを利用し、突く力を上げ、肩から腕、肘、手、指へと力を連動させた。
それは理解してか、それとも無意識か、ルシファーの繰り出した技は超技術の一つ。《桜星》だった。
予期しない大技に磔は急いで肉鎧を発動したが、万全な状態では無く彼は後ろに数メートル吹っ飛び、地面に膝をつくと同時に口から血を吐いた。辛うじて肉鎧を発動していたとは言え、内臓まで衝撃は届いていたようだ。
大きなダメージを受けた磔だが、ルシファーも相応の対価があった。
《桜星》
先程、磔が放った超技術の一つである《桜花》の上位互換であるこの技は《桜花》を使用する際に加速をつけた技を使用し、パワーとスピードを強化する技である。
だが、この技を使用する際は肉鎧を発動しなくてはいけない。なぜなら加速がついた《桜花》を使用した部位は空気との摩擦により消滅してしまうからだ。
そう。ルシファーは《桜星》を放った右腕は肘から先がなくなり、肩から肘までの部分は肉が溶け、骨が露出していた。
「まさか...桜星まで使ってくるとは思わなかった...だが、そこまでの反動が来ることはわからなかったようだな。俺もダメージは受けたが、お前の方が大きく痛手を負ったな!」
『我は右腕を失ってはおらぬ』
「何を言ってーーーーーっ!!」
ルシファーの頓珍漢な言葉に磔は言葉を返そうとした時、驚くべきものが目に映った。
彼の消し飛んだはずの右腕が何事もなかったように存在しているのだ。
「右腕が!?」
『何を驚いておる。最初から右腕は無傷であったぞ』
「そ、そんなはずあるか! お前の右腕が消し飛ぶのを俺は確かに見た!」
『それはお前の妄想だ。なぜ我が貴様如きが五体満足でいられる技で四肢を失うのだ? そんなことはあり得ぬ』
不可解な現象とルシファーの話術に磔は混乱する。
本当に自分は腕が消し飛ぶのを見たのか?
本当はダメージを受けたのは自分だけだったのではないのか?
だが、ある感情がその迷いを払拭すると同時に磔の額にユラユラと金色の炎が灯った。
「いいや...あり得ない...! 俺が見間違うはずがない!!」
『ほう...?』
「お前は確かに腕を失った! 俺が正しいに決まっている!!」
『......クク! クハハハハ!!』
「何がおかしい!」
彼の人を小馬鹿にするかのような笑いに磔の中の感情が一層燃え上がる。
額に灯った金色の炎がさらに大きくなった。
『いやいや、素晴らしいな。そう。我は確かに右腕を失った。ただ、一瞬でなかったことにしただけだ』
「ふん。やはりな」
『しかし...ハハハハ!! いい炎だな白谷磔!!』
「炎...?」
『よぉく見てみろ。その傲慢に燃え上がる金色の炎を!!』
ルシファーの言葉に磔は自身の体に視線を移し、目を見開いた。
先程まで灯っていなかった炎が肩や腕、足などの要所要所に灯っていたのだ。
意識せず灯った感情の炎に磔は震えた声を出した。
「な、な、なんだこれは...!!」
『何を言っているのだ。貴様がよく目にしてきた感情の炎ではないか』
「お、俺は意識して出してないぞ!!」
動揺する磔はルシファーに向けて言い放つが、それを意に介さない彼は指を鳴らした。
すると周りの景色が、王の間とも呼べそうな豪奢な部屋へと一変し、またどこから出したかわからない豪奢な玉座に座り、演説をするかのように大きく両腕を広げて言った。
『感情の炎は意識して出すものではない。本人の意思関係なく強い感情を抱いた時、勝手に燃え上がるもの。それが感情の炎だ。そして、炎によって燃え尽きた時、貴様は我と同じ傲慢に満ちた怪物となる』
ニヤリと笑い、磔を指差した。
「俺は怪物になんかなるかよ!!」
『それは炎を消してから言うのだな』
磔は炎を消そうと叩いたり、大きく動いたりしてみたが炎は消えず、それどころか勢いが増すばかりであった。
「クソッ! 消えろ! 消えろよ!!」
『哀れ。そこまで燃え上がった炎はもう消すことは不可能だ』
哀れむルシファーを睨んだ磔に異変が起きた。炎が灯った箇所に突然痛みが走った。
それは神経を直接引き裂かれているような、言葉にできぬほどの痛み。痛みに苦しむ磔だが、痛みはすぐに消える。そして、同時に痛みが走っていた箇所が黒く禍々しい肌へと変化していたのだ。
「な、んだ...これ...!?」
『もう始まったか。早いものだ』
そう先程ルシファーが言っていたことが磔に起きていた。
彼は炎の焼かれ、怪物へと少しずつ変貌しているのだ。
「クソッ...! クソッ...!」
怪物へと変化しつつある体と襲い来る痛みに苦しみながらも彼はルシファーに立ち向かおうとしていた。
『諦めるがいい。もう貴様に勝機はないぞ』
「だま...れ...!」
ヨロヨロとおぼつかない足取りで玉座に座るルシファーに近づく白谷磔。怪物の言う通り、側から見ても彼に勝機があるようには見えない。
況してや幻真と同じく炎に燃やされ、怪物と化し始めているのだ。
『しかし、だ。そこまで炎に包まれておりながら意識を保っていられることは賞賛に値する。並外れた精神力、感情への耐性が無い限りはありえぬことだ』
嘲笑するように、賞賛するようにルシファーは今も目の前で炎に抗っている磔に拍手を送る。
『だが、もはや終いだ。こんな悲劇は幕引きと行こう』
「悲劇...だぁ...?」
『ああ、そうだ。記憶を消され友を討ち滅ぼそうとする悲しき英雄の...な』
パチン、と指を鳴らすと磔を取り囲むように黒い翼を生やした天使が数体洗われた。
『さぁ、我が従僕たちよ。この悲しき英雄を楽にしてやれ』
その声と共に堕天使達はそれぞれの手にする武器を全て磔に向けると一斉に襲いかかった。すると、小さな風が吹き、堕天使達の頬を撫でた。
次の瞬間、堕天使達の体がボロボロとまるで分解されているかのように崩れていった。
『ふむ。虚飾を退けたか。大したものだ』
ルシファーは微笑むように自分の従僕を分解した者を見つめた。
「豊姫...」
「目の前で家族を殺させるわけないでしょう」
『なるほど。いい夫婦だ。私も虚飾の仇を取らねばな...』
わざとらしく悲しむ傲慢の怪物に向かって後ろから誰かが飛び蹴りを放った。その人物とはーーーーーー
『生きてるよ!!!』
虚飾の怪物のアザゼルだった。
『なんだ生きていたか。つまらぬ』
『むかぁ!! 君からぶっ飛ばしてもいいんだよ!?』
突然、口喧嘩を始めた二匹の怪物。
その隙に豊姫は磔に駆け寄ったが、彼の怪物になりつつある体を見て、目を見開いた。
「磔...!」
「豊姫...無事だったか...よかった...」
「人の心配してる場合じゃないでしょう!?」
「ああ...そうだな...」
今も頑張って立ち上がろうとする磔に豊姫は止めようと肩に手を置いた。
「ダメよ磔! もう休んで!」
「いいや...まだだ...!」
「いいえ...休んで貰うわ」
肩に置いた手を彼の胸元に動かすと、その手は彼を貫き、背中から飛び出した。
「永遠に...ね?」
「豊...姫...?」
「うふふふふ! 豊姫だと思った? ざぁんねぇん! 可愛い可愛いアザゼルちゃんでしたぁ!』
ルシファーと口喧嘩していたアザゼルが崩れ落ちると同時に磔の胸を貫いた豊姫の顔が溶け、アザゼルが姿を現した。
「て、てめぇ...!?」
『あぁ...! 人を騙すのって...シ・フ・ク...!』
磔の胸から手を引き抜くと、血で赤く染まった手を頬に当て、赤らめていた頬を更に赤らめた。
「豊姫は...どうした...!!」
『ん? あっちで戦ってるよ? 偽物の僕とねぇ! うふふ!』
『趣味が悪いな貴様は』
『でもいい余興でしょ?』
『まあ、否定はせぬが』
苦しそうに胸を抑える磔にアザゼルは今もおちょくるように顔を近づけた。
『痛い? 痛い?』
「黙れ...! ぶっ飛ばすぞ...!」
『おぉ...! コワァイ!』
『下がっていろ虚飾。此奴は我の獲物だ』
『はいはぁい!』
ニコニコと作り笑いを浮かべると虚飾はルシファーの後ろへと下がった。
小さく溜息をこぼしたルシファーはゆっくりと磔に近づき、右腕を振り上げた。
『主は殺すなと言っていたが...関係ない。今すぐ楽にしてやる』
振り上げた右手に魔力が集まっていく。それは小さく、小さく圧縮されていき、数秒後には高密度の魔力の塊が出来上がった。
『去ね』
放り投げられた魔力弾はもはやほとんど動くことのできない磔にゆっくりと近づき、あと数センチと言うところで止まった。
意地が悪いと心の中で思った磔だったが、数秒後には異変に気付いた。
魔力弾だけではない。自分以外の全ての時が止まっているのだ。
「どういうーーーー」
『どういうことだ? ワンパターンな台詞キター!』
人をイラつかせるような口調と、能天気な声の主に磔はバッと顔を向けた。
そこにいたのは顔が何故か認識できない不思議な男が立っていた。
「あ...え...?」
『困った顔すんなよ』
先程まで死の直感を抱いていた磔は、この緊張感のない空気の男に困惑していた。
「お、お前は誰だ...?」
『俺は誰か? う〜ん...「誰か」と言うよりは「何か」の方があってるな』
「え、ええっと...?」
『まあ俺のことはどうでもいい。それより白谷磔。お前に聞くことがある』
男は真剣な面持ちで言った。
『お前は何者だ?』
傲慢に満ちかける超人は
男に自身の存在を問われる