《紫電雷光の君主、君臨す》
その者、炎を捨て雷を身に纏った。
それは雷光を纏っていた。
それは暴食を抱いていた。
それは自信に満ち溢れていた。
燃え滾る暴食の感情を消し去り、雷として我が身に宿した。その力は彼に馴染んだ。驚くほどに馴染み、世界という名の枠をぶち抜いた。
その力の名は《迸る紫電の浪》
それに相対する蝿の王ベルゼブブは戦慄す。今まさに自身の力で瀕死に追い詰めた男に。
『その力はなんだ!! さっきまで死にかけだった男が一体どうやって!!』
「何処ぞのお節介がくれたのさ」
『この...! イレギュラーが!!』
ベルゼブブは一歩足を踏み出した。
同時に幻真は時が止まった世界を歩くかのように、ベルゼブブの背後に一瞬にして回った。
『消えーーーーっ!』
背後に回ったことに気づく前に、彼女は横からの衝撃に地面を数回転がった。
起き上がろうと地面に手を突こうとするが、今度は腹を蹴り上げられたような衝撃が走った。口から血を吐き空へと浮かび、追い討ちをかけられるように気づけば幻真が足を振り上げていた。
バチバチと紫電が走った右足を雷の如く振り下ろした。ミシッという骨が軋む音と、ブチブチッという肉が裂ける音が聞こえた。
そして、地面に叩きつけられ彼女は呻き声を上げた。
『あがっ...!!』
「どうした。枢要罪で最強なんだろ」
煽るようにベルゼブブの頭をペシペシと叩く。その行為に反応するかのように彼女の全身が燃え上がった。
「おっと...!」
幽鬼の如く、ゆらゆらと立ち上がり全身の炎を右手に集め、武具へと変えた。
『もう...アルマの言うことなんかどうでもいい...今ここで刺し殺してやる...!』
形を成した炎は、紫を基調とした一本の槍となった。
それは全てを貫く魔槍。
一度でもこの槍が放たられれば暴食ゆえに何もかもを喰らい進み止めることは不可能。次元全てに穴を開け、所有者の元に戻るまで止まらぬ最恐の槍だ。
『喰い散らかせ! 次元を喰らう槍!!」
力強く投げられた槍は勢いよく幻真に向かって飛んでいく。
槍が通った後は空中に亀裂が走っていた。いや、食べ後といった方が正しいか。次元をも喰い進む槍を前にして幻真は余裕な表情をしていた。
ゆっくりとゆっくりと歩みを進め、槍の目の前に立ち、拳を構えた。
「紫電穿光」
拳にバチバチと溢れんばかりに紫電が凝縮されていく。今まさに爆発する寸前で幻真は拳を槍に向け振るった。
この一連の動作に掛かった時間は0秒に満たない。
散歩でもするように、またゆっくりと歩くとベルゼブブの横に立ち、指を鳴らした。その音と同時に彼の感じる時間が元の早さへと戻っていき、ヒビが割れる音と共にグングニルが一瞬で砕け散った。
『なっ!?』
「最強の槍を冠してた割には意外と脆かったな」
『き、貴様ぁぁーーーーーー』
「もう終わりにしようぜ」
また彼の世界だけがゆっくりと動くと幻真はニヤリと笑い、拳をもう一度構えた。
一発、拳を振るう。
二発、足を振るう。
三発、四発、五発ーーーーーーー
一発打たれる毎に速度を増していく。それは現実の時間で見れば一瞬のことだ。一発一発の打たれる時間が0秒を下回った時、彼の連打数は1000京に達した。
「紫電裂光」
『ーーーーぁがっ!!』
彼女にしてみれば一瞬で的確に急所をついた連打をくらい、追い討ちのように紫電が神経をズタボロにしていた。
ズタボロとなった神経はまともに信号を送ることができず、ベルゼブブの動きを確実に止めた。
『な、何を...した...?』
「ただ1000京ぐらい攻撃しただけだ」
『は...はは...メチャクチャだ...やっぱり君は...イレギュラー...だ...」
彼女の姿がボロボロと崩れていき、気付けば元の少女ーーーいや、最初の紫髮の少女の姿とは違い、緑色の髪色をした少女となっていた。
その少女の姿に見覚えがあった幻真は目を見開いた。
「なんでこの子が...!」
勝利を収めた幻真だが、怪物の正体に謎が深まるばかりであった。
△▼△
一度場面は切り替わる。
こちらは魔王と橋姫、始祖神と勇者が戦っていた。はずだったが。
「テメェ終作! なんでこっち来てんだアホ!!」
「仕方ないじゃぁん!! あの荒くれがこっちに近づくように俺を追い詰めるんだもぉん!」
気付けば三つ巴ならぬ四つ巴となっていた。いや、これは2対2の状況だから二つ巴か? そんなことはどうでもいい。今は四人が入り混じって戦っていた。
「退いてろパルスィ! 俺が二人ともやる!!」
「黙りなさい。あなたも一緒に全員消してもいいのよ」
「あぁぁぁ!! メチャクチャじゃねぇか!! ふざけんな終作!!」
「ちょちょちょ! 俺に拳振るってこないでよ!?」
焦った口調で言う終作だったが、目の前に次元の狭間を作り出すと魔王の拳を狭間へと入れた。ノーヒットのように思えた攻撃は狭間を超えて剛の脇腹に突き刺さった。
「ガッ!?」
ノーガードの攻撃が当たり、彼はよろけるとチャンスと言わんばかりに終作が後ろから襲い掛かった。それを止めるかのように回り込んでいたパルスィが蹴りを放つが魔王は終作に向けて指を鳴らすと彼の体が淡緑のオーラで包み込まれた。
彼女の蹴りは終作に当たると思いきや、彼の体をすり抜けた。その攻撃は勢いのまま剛の頭を蹴り上げ、彼を横に吹き飛ばした。
「グッ...! て、テメェら! ワザとやってんのか!?」
謎の連携が働いてるようにしか思えない動きに剛は怒るとパルスィは少し申し訳なさそうにしているが、魔王と終作はニヤニヤと笑っていた。
「いやいや〜? 俺はアルマ君の攻撃をかわしたら偶々! 君に当たっただけだよ〜!」
「俺もべぇつに〜? 終作の攻撃をワザと当たらないように無視させたら偶然! 攻撃を当たらないようにしちまっただけさ?」
『ぎゃははははは!!』
ゲスの笑いを浮かべ、剛を貶す二人に彼は血管を浮かべていた。
「めんどくさいコンビだ...!!」
感情のままに相手を翻弄する感情の魔王と次元を操り相手を翻弄する始祖神。恐ろしい程に彼らの戦い方は相性がいいのだ。
「しかし、この後も俺の邪魔するとなると目障りだな。一回動けないようにするか」
そう言って、剛に向かって真正面から特攻する魔王。愚直とも言える行為に彼は疑問を抱きつつも今までの魔王の戦い方から決して油断せずに拳を構えた。
近づいてくる魔王が間合いに入ると同時に剛は拳を顔面に向けて振るった。
防御するかと思えば、一切ガードを取らずそのまま拳をモロに受けた。さらに驚く事に拳が当たると攻撃に耐えられなかったのか、風船のように魔王の頭が破裂した。魔王の脳漿と血を大量に浴びた剛は地面に倒れ伏した魔王を見た。
呆気ない。あまりに呆気ない魔王の最後に剛は嫌な予感がした。
そして、予感は的中した。
体が動かせないのだ。まるで頑丈な縄で縛られたかのように。がんじがらめにされたような感触があった。何事かと自身の体を見ると浴びた脳漿と血が気付けば固まり鎖のように自身の体を拘束していたのだ。
「な、なんだこりゃ!!」
「ぎ...ぎひ...ひひひ...! ゆ、油断しなかったな...?」
「なっ!?」
頭を砕かれ、倒れ伏した魔王は平然と立ち上がり砕かれたはずの頭も7割方再生し終えていた。
「ふ、不死身か!?」
「ちがぁう。不死身とはまた異質なものさ。言うなれば《呪い》だ」
「《呪い》...?」
どこか不敵に、どこか悲しそうに魔王は言った。
「さてさて、ちょっと眠っててもらおうか異世界の勇者よ」
△▼△
そして、また場面が切り替わる。
ある一室。玉座のまとも言えそうな豪奢な部屋。そこには金色の炎に半身が燃やされながら的に立ち向かう男と、それを玉座から見下ろしている男がいた。
『諦めるがいい。もう貴様に勝機は無いぞ』
「だま...れ...!」
ヨロヨロとおぼつかない足取りで玉座に座る傲慢の怪物に近づく白谷磔。怪物の言う通り、側から見ても彼に勝機があるようには見えない。
況してや幻真と同じく炎に飲み込まれつつあるのだ。
『しかし、だ。そこまで炎に包まれておりながら意識を保っていられることは賞賛に値する。並外れた精神力、感情への耐性が無い限りはありえぬことだ』
嘲笑するように、賞賛するように傲慢の怪物は今も目の前で炎に抗っている磔に拍手を送る。
『だが、もはや終いだ。こんな悲劇は幕引きと行こう』
「悲劇...だぁ...?」
『ああ、そうだ。記憶を消され友を討ち滅ぼそうとする悲しき英雄の...な』
パチン、と指を鳴らすと磔を取り囲むように黒い翼を生やした天使が数体洗われた。
『さぁ、我が従僕たちよ。この悲しき英雄を楽にしてやれ』
その声と共に堕天使達はそれぞれの手にする武器を全て磔に向けると一斉に襲いかかった。すると、小さな風が吹き、堕天使達の頬を撫でた。
次の瞬間、堕天使達の体がボロボロとまるで分解されているかのように崩れていった。
『ふむ。虚飾を退けたか。大したものだ』
傲慢の怪物は微笑むように自分の従僕を分解した者を見つめた。
「豊姫...」
「目の前で家族を殺させるわけないでしょう」
『なるほど。いい夫婦だ。私も虚飾の仇を取らねばな...』
わざとらしく悲しむ傲慢の怪物に向かって後ろから誰かが飛び蹴りを放った。その人物とはーーーーーー
『生きてるよ!!!』
虚飾の怪物だった。
傲慢と虚飾はコントをする




