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東方魔人黙示録  作者: 怠惰のあるま
最終章《魔王は魔人の夢を見る》
192/204

《魔王は日常には戻れない》


うん。忙しかったんだ。

すまないね。



目の前に現れた魔王 桐月アルマに白谷 磔は動くことができなかった。

恐怖を抱いたわけではない。ただ、体が動かないのだ。まるで今、魔王を攻撃すれば後悔すると本能が体に訴えかけている感覚。

死への直面ではない。何か悲しい感情を強く抱いてしまったのだ。

だが、そんな不思議な感覚も腕の中で今にも死にそうになっている古明地さとりの声によって掻き消えた。


「磔...さん...」

「さとり! 喋るな! 今、桜に治療を!!」

「おねがい...です....アルマと...パル...スィを...たたかわ...せな....いで....!」

「魔王とパルスィを...? どういう意味だ!? おい! おいさとり!」


もう声を発しないさとりの脈を確認すると、まだ辛うじて動いていた。すぐさま桜に彼女を任せると磔は目の前の魔王と向き合った。


「テメェ...! よくもさとりを!」

「......」

「何か言ったらどうだ!!」


何も発しないアルマに磔は斬りかかった。だが、次の瞬間。彼は喪失感を味わった。精神的なものではない。物理的なものだ。

どういうわけか剣を握っていた右肘から先の感覚がなくなっていた。彼は確認した。いや、確認しなければいけないと感じた。ゆっくりと動いて見える視界を右腕があるであろう方に向けた。

そこに映ったのは、斬り飛ばされた右腕だった。


「なっ...!? が...あぁぁぁあぁ!?」


脳が自分の腕が斬り飛ばされたことを認識した事により、麻痺していた痛みが走った。

左手で血の止まらぬ右肩を押さえ、痛みに悶えながらも自分をこんな風にした人物を睨んだ。

それに対し、アルマは彼を哀れんだ目で。いや悲しみが込められた目を向けた。その目に磔は一瞬、疑念が浮かんだがすぐに怒りに塗り潰された。


「クソがぁぁぁ! 斬脚!!」


磔は痛みに苦しみながらも異常な脚力で空間を蹴り、斬撃を発生させた。

本来よりも力が弱まっているが、それでも相当の威力。だが、奇しくも斬撃はアルマに当たらず、すり抜けた。


「当たらないだと!?」

「拒絶は全ての攻撃を無視する」

「アルマぁぁぁぁ!!」

「はぁぁ...」


小さく溜息をするとアルマは忿怒の叫びをあげ、拳を振りかぶる幻真の方を向くと、それを黒く染めた右腕で受け止めた。


「どうした幻真。怒りに溺れてるぞ」


一切顔に感情を出さずにアルマは言った。それが彼の怒りに油を注いだ。


「アルマ! お前は何をしたか分かってるのか!?」

「言っただろ。俺は魔王。世界に混沌を呼ぶ者だと」


書かれた文字を淡々と読むかのような無機質なアルマに呼びかけるように幻真は言った。


「そういう意味じゃない! お前は大切な家族であるさとりを傷つけたんだ! なんとも思わないのか!!」

「お前には関係ない」


その言葉と共に、彼の瞳が淡緑に染まり、同じく淡緑の炎が灯った。


「感情解放:拒絶」


薄い膜のような淡緑のオーラがアルマを覆った。幻真の拳を受け止めていた右手が一瞬半透明になったと思うとアルマの右手が彼の拳をすり抜ける。

その拍子にバランスを崩した幻真はすり抜けてきたアルマの右手に殴り飛ばされた。


「ぐっ...!?」

「今の俺には物理干渉は効かない。ほぼ無敵状態ってやつだ」

「妬ましい...」


アルマは体をビクッと反応させた。

そして、青ざめる。彼は対面したくなかった。今、この状況で一番戦いを避けたい人物がそこにいた。

なぜなら、彼女は彼が狂おしい程に愛した女性だからだ。


「パルスィ...!」

「よくもさとり様を傷つけたわね...あなたの存在が妬ましい...!」


嫉妬の象徴と言える緑色の炎を灯した瞳でアルマを睨んだ。

嫉妬を解放したパルスィは彼に急接近した。彼女の感情解放:嫉妬は自分の力の源とも言える嫉妬を解放する。故に彼女の身体能力は著しく上昇。

その強さは素のアルマとほぼ同等となる。ましてや、パルスィの嫉妬はどこにいようとも、何をしようとも殺気として確実に相手を捉える。それは攻撃にも転換できる。

故にアルマの拒絶は意味を成さない。

パルスィの拳を十字ブロックで受け止めようとするが、彼女の力は憤怒も混じっているせいで攻撃性が上がり、アルマを殴り飛ばした。

背後にあった壁にめり込み、彼はうめき声をあげた。しかし、悠長にはしていられず目の前から追撃しようとパルスィが迫っていた。


「トドメよ」

「クソ...! 終作!!」

「あいあいさ〜!」


今まさにトドメを刺そうと拳を振りかぶった瞬間。アルマに呼ばれた終作が二人の間に割って入るように次元の狭間から現れ、パルスィの攻撃を受け止めた。


「終作!? 退いて! そいつがさとり様を!!」

「...悪いねパルスィちゃ〜ん! 俺はアルマの味方だ」


そう言って終作は受け止めた彼女の拳を掴むと治療を行っている桜とそれを受けている磔達目掛けて投げ飛ばした。

パルスィが二人に激突すると仲良く転がりこんがらがっていた。

ふぅ...と息を吐くと終作はアルマの隣に立ち、次の行動を問う。


「アルマ〜どうするよ〜?」

「仕方ない...借りるぞ。我が真意は憤怒の果てに...憤怒《其は悲壮が故に》」


そう言うとアルマは感情解放とはまた違う何かを解放した。別段、何かが大きく変化したようには見えないが完全に雰囲気が変わった。

涙亜はそれに疑念を抱きながらも攻撃を仕掛けようとしたが、彼女の背後には気づけばアルマが立っていた。


「うしーーーー」

「意識がある限り戦え、我が敵なり得る者と、其は我が勅命なり」


背後のアルマに自身の武器であるアイシクルソードを振るったが、彼の言葉に涙亜の動きが止まった。そして、体の向きを近くにいた豊姫に向けると突然斬りかかった。


「ど、どうしたの涙亜!」

「か、体が勝手に...! いや! 逃げて!」


武器を味方に振るいながら、涙亜は悲痛の声を上げた。その光景を見て剛は元凶であろうアルマを睨んだ。


「そんな怖い顔で見るなよ」

「あの子に何をした」

「ただ命令しただけさ」

「なんだと?」

「憤怒の真意の前では、俺の命令は絶対となる」

「真意だと? よく分からないがお前をぶっ飛ばす!」


剛は目の前から消えると一瞬でアルマとの間合いを詰めた。超技術の一つ『縮地』という技であろう。それを意に介さず、アルマは剛と向き合った。

余裕そうな雰囲気が気に食わないのか、少し苛立ちを見せ、剛は右拳を振りかぶって殴りかかった。

それに答えるようにアルマは左拳を振りかぶっていた。

双方の拳がぶつかると拳同士がぶつかったとは思えない音が鳴り響いた。まるで剣と剣がぶつかり合っているかのような金属音。


「そ、その拳は...!」


剛は驚いていた。拳を受け止められたからではない。アルマの拳が金属特有の光沢を放ち、黒く染まっていたからだ。


「これは異法によって硬化したものさ。お前の霊力によって硬化させたその技術のようなもんさ」

「俺の武装硬化に気づいていたのか!?」


武装硬化とは、『肉鎧』という霊力を肉体に纏い見えない鎧を作り出す超技術がある。それを剛が異常に強化した技術。

その技術は肉体だけでなく武器にも付与することができ、最強の矛、最硬の盾にもなる。


「超技術は何度も見て来たんでね。なんとなくわかるさ。さてさて、似たような力だが、魔力と霊力...どっちが上か決めようか!!」


両腕を黒く染め、殴りかかるアルマに答えるように剛も武装硬化を両腕に施し、飛んでくる拳を殴り返した。

それによってまた聞こえてくる金属音。共に起きる衝撃波によって周りにいた者達にも影響を与えた。

今にも吹き飛ばされそうな衝撃にベントは隣にいたグランヒルデを掴まえながら耐えていた。


「なんつぅ衝撃だ...!」

「流石魔王ってところだね!」

「はは! なら、俺も混ざらせてもらおうか!!」

「おっとっと〜! そうはいかないよ〜ん!」


魔王と勇者の戦いに割り込もうとするベントを止めるべく、終作は目の前からぬるりと現れた。


「アルマの邪魔はさせないぜ」

「なら、テメェが相手してくれるのか!」


終作の返事を待たず殴りかかるベントに終作は焦ったように答えた。


「いやいやするわけないだろ! だから代わりのものを召喚だ」


パチン! と指を鳴らし次元の狭間を生み出すとそこから二つの影が現れた。そのうちの一つの影は襲いくるベントの拳を受け止めた。


「あ、あぶな!?」

「なんだテメェ?」

「俺は坂上竜神(りゅうじ)だ! 急に攻撃して来やがって...危ないだろ!」

「テメェに攻撃するつもりは無かったが...まあいい相手はテメェに変更だ!!」


そう言いベントは竜神に殴りかかった。仕方なくベントを援護しようとグランヒルデは杖を構えた。しかし、それを止めるかのように竜神と共にいたもう一つの影が立ち塞がった。


「誰だか知らないけど邪魔だよ」

「俺は坂上儚月(ほうげつ)。仲間を攻撃しようとしてる輩を黙って見てるわけないだろ」

「ふ〜ん。なら、あなたごと倒すまでだよ」


そう言って彼女は杖から少し大きめのボールのような光の玉を作り出し、儚月に向け放った。

迫る光弾に焦る様子もなく彼は持っていた剣で斬り裂いた。

斬り裂かれた光弾は二つに分かれ、儚月を挟むように横を通り過ぎた。背後の壁にぶつかると小さな爆音を起こし壁にクレーターを作った。


「私の『輝玉』を斬り裂くとはね」

「俺の能力は《全てを斬る程度の能力》。そんなチンケな光る玉なんて容易に切れる」

「へぇ...なら次は止めれるかい...?」


グランヒルデが杖を振り下ろすと地底であるにも関わらず、雷鳴が響くと儚月に雷が降り注いだ。それすら斬ろうと構えようとしたが、体が動かない。

気づけば四肢にキラキラと輝く光が纏わりついていた。無理に動かそうとすると光が四肢を斬ろうとしているかのように痛みが走った。拘束から逃れようとしている内に雷が儚月に当たった。

全身に電流が走ると真っ黒に焦げた彼は地面に倒れ気絶した。


「呆気ないわね。そっちはどうベント」

「あん? もう終わるぜ」

「はっ! まだ倒せてもいないくせによーーーぐぇ!?」


喋っている途中であったが竜神はベントの拳がみぞおちに決まり、話を遮られた。


「うっせぇなぁ! 手加減してやったのに気づけないのかぁ?」


みぞおちを抑えながら跪いていた竜神に向けて言い放った。彼は何か言おうとするが、ダメージが大きかったようでその場に倒れ気絶した。


「パンチ一発で気絶させるなんて優しいのね」

「ふん。てめぇみたいに誰彼構わず容赦ない攻撃してたまるか」

「耐えれると判断しての攻撃だよ。それよりも今は剛の補助をーーーー」


グランヒルデの言葉を遮るように彼女とベントの間を何かが横切った。

二人はそれが何かを確認すると目を見開いた。何故なら、飛んできたのは今まさに加勢に入ろうと思っていた人物である剛だったからだ。


「剛!」

「いっつぅ...! さすが魔王...一筋縄じゃあいかないか」


頭から流れ出る血を抑えながら立ち上がる剛。血は出ているが、まだ余裕そうな雰囲気が見られる。

その雰囲気を感じたのか、飛ばした彼を追ってきた魔王は軽い口調で言った。


「ふ〜ん。まだ元気そうだな」

「まだまだだ! こんなもんで俺は止まらねぇよ!」

「そうか。ならもう少し昂ぶるか」


アルマはこの場に現れて初めて笑った。

その笑みは笑っているといったが表情だけだ。その目は完全に死んでおり、光すら灯っていなかった。それはとても不気味で見た者の精神を壊してしまいそうな程、彼の笑みは不気味であった。

かく言う剛達もその不気味さに寒気を感じていた。

だが、当の本人は笑っているつもりらしく。とても楽しそうにしている。その笑みが数分続くと、アルマの雰囲気が変わった。


「さぁて、やろうか」

「第二ラウンドか。いいだろう受けてーーーーー」

「どけぇ!! 今度はオレの番だぁ!!」


一歩前に足を踏み出した剛を押し退け、ベントはアルマに正面から殴りかかった。


「猪突猛進な野郎だ。仕方ない......我が真意は色欲の果てに...色欲《其は脚光が故に》」


迫るベントの攻撃に冷静に先ほどのように真意を見つめると彼の中で何かが解放された。


「一撃必殺!!」

「なるほど。相手を一撃で屠る威力か。大した自信だな」


意味深な言葉を呟くと、アルマは攻撃を受け流し、ベントから距離を取った。


「ま、当たらなければ他愛も無いな」

「受け止めると思ったが、意外とバカじゃねぇか」

「耐えれる攻撃しか俺は受けねぇよ」

「なら...これはどうだぁ? 龍頭蛇尾!」


先ほどよりも数十倍、いやそれ以上の速さでベントの拳がアルマに刺さる。だが、威力がないのか彼はそこまでダメージが入っているように見えなかった。

拍子抜けしているとベントの攻撃が続き、何度も何度も速さだけの拳が繰り出される。我武者羅に殴ってきているように見えるその行為にアルマは何を思ったのか、ベントから距離を取った。

それを追うようにベントも攻撃を止めないが、その度に動きを読んでいるようにアルマは攻撃をかわしていた。


「くそッ! すばしっこいやつだ!」

「当たり前だ。殴る度に威力が上がる拳なんか受けてられるか」

「俺の攻撃を理解したのか?」

「お前の思考を読めばそれぐらいわかる」

「戯言を...!」

「避けろベント! 鬼砲!」


ベントの背後に右手を前に突き出し、霊力を集中させていた剛がいた。彼の構えを見て、ベントは即座にその場から離れた。逆にアルマは何が面白いのか不気味に笑い、同じように右手を構えた。


「ギヒヒ!! アルマーニイレイザー!!」


ベントからは白く神々しい輝きを放つ霊力のビームが、アルマからは黒く禍々しい輝きを放つ魔力のレーザーがそれぞれ放たれた。

二つの攻撃が衝突すると、互いの間で拮抗した。だが、徐々にアルマのレーザーが押していた。


「そんなもんか! 異世界の勇者!!」

「くっ...! まだ強さが足りないか...!?」

「素直にぶつかり合っているところ悪いけど、三対一の状況を忘れてないかい?」


気付けば、アルマの周りには大量の輝玉が作り出されていた。誰がどう見ても絶体絶命のピンチである。

だが、グランヒルデの言葉にアルマは首を傾げる。


「三対一? 九対三の間違いだろ?」

「目ぇ腐ってんのか? どこに後8人もいんだよ!」

「そりゃ、ここの中さ」


ベントの煽るような言葉も意に介さず、アルマは自身の胸を叩いていた。その意味を理解できないベントは嘲笑する様に笑った。

彼の背後から異形の腕が数本現れるまでは。


「あ、ありゃぁなんだ!?」

「人間の...腕? いや違う!」


気付けば指で数えれるほどだった腕は、徐々に徐々にその数を増やし、今はもう肉眼では数え切れないほどにその腕を増やしていた。

これ以上、腕を増やさせてはいけない。グランヒルデは本能で感じた。魔王を取り囲んでいた輝玉を一斉に動かした。

しかし、全ての輝玉を魔王から生えた腕のレーザーによって撃ち落とされた。それにも驚愕だが、先ほどよりも倍以上に増えている腕に戦慄する。その姿はまるで仏教の千手観音。しかし、それとは相反して禍々しく信仰対象にはできぬだろう。

異形の姿となっていく魔王にベント達は一歩下がる。恐怖ではない。ただ、今近づいてはいけないと何かが警告していたのだ。後ずさりをした彼らを見て魔王は不気味に笑う。


「ギヒッ! ああ、すまん。一つ修正だ。9じゃなく。2185だ」

「に、二千だぁ!?」

「ギヒヒ! 出てこいテメェら!! 感情論《深層心理に潜む怪物達》!!」


その声が合図となり、魔王に生えていた腕が全て気味悪く蠢くとそれらは姿を現した。

八つの枢要罪の怪物達と囲むように小さな異形の怪物から中位の物、少年少女まで多種多様な怪物達が魔王を守るように現れた。その数は2184匹。


「な、なんだよ...! この馬鹿げた数は!!」

「人間には約2185個の感情が存在するらしい。故に俺の中の怪物はその数は出せる。まあ、その中に嫉妬はいないが...」

「数出せばいいってわけじゃないんだよ」


バチバチと音が聞こえると魔王と怪物達の頭上に雷鳴が響いていた。先程、儚月にくらわせたものとは比べ物にならないほどの電圧を感じた。


「雷剛」


その名と共に怪物達を飲み込むように雷が落ちた。もはや一瞬の出来事とも言える速度で怪物達を飲み込んだのだ。

雷が落ちた場所は完全に焦土と化している。これほどの電圧なのだ。魔王諸共全滅しただろう。と、グランヒルデは確信していた。


「人生そんなに甘くねぇぞっと」


いつの間にか彼女の背後に回っていた魔王は骨をモチーフとした双剣。魔双剣・芥骨を握り、グランヒルデに斬りかかった。

即座に反応した彼女は懐からナイフを取り出し、魔王の攻撃を受け止めた。交差するナイフと双剣から火花が散った。


「どうやってあの攻撃をかわしたんだい!?」

「あんなチンケな攻撃かわしてねぇよ。バッチリ受け止めたさ。まあ、耐えれなかった怪物共は何匹か消滅したが」

「チンケかどうかは...これを受けてからにしなよ!!」


グランヒルデは魔王の双剣を弾くと距離を取った。

そして、ナイフから杖に持ち替え魔王に向けると地面を這うように雷が彼に迫る。

魔王はその攻撃を避けず、直撃した。彼女は彼の不可解な行動に驚きながらも勝利の笑みを浮かべた。

だが、それもすぐに消えた。


「だから効かねぇって言ってんだろ」

「な、なんで! 今確実に私の神罰は当たった!!」

「お前の撃つ魔法が雷なら無駄な行為だぞ。俺は全身の性質を自由に変えれる。それこそ雷自体にな」

「まさか...!」

「そう。お前の攻撃が当たる前に俺は雷になり、逆に攻撃を吸収した。まあ成功すると思わなかったが」


グランヒルデは歯軋りを立てた。

自分の攻撃が先程から効いていないこともそうだが、生死をかけた戦いだと言うのに魔王の遊んでいるような態度に怒りが湧いたのだ。

そんな彼女とは逆にその態度に剛は違和感を覚えた。魔王が本当に世界を混沌に陥れようとしているなら、もっと自分たちを殺そうとしてくるはず。彼は魔王が何を考えているか分からず、気持ち悪さだけが心の中で渦巻いていた。


「さぁて...そろそろ潮時か?」

「逃げる気か!」

「当たり前だ。元々はこんなに時間をかけるつもりはなかったんだよ」

「なら...もっと時間をかけてあげるよ! 《黒天》!!」


グランヒルデは両手を広げると目を凝らして漸く分かるレベルの小さな黒い弾幕が彼女を中心に世界を真っ黒く染める。

闇とも言える世界にグランヒルデと魔王の二人だけとなった。


「完全包囲と共に絶体絶命ってやつだよ!」

「ふぅん...」

「...っ! その余裕そうな態度が気に食わないんだ!!」

「あっそ。虚無《無知無欲の世界》」


魔王はスペルを唱えると二人を閉じ込めていた闇の世界を作り出していた弾幕全てを消した。


「なっ!?」

「虚無の前では闇も光もない」

「くっ...! けど時間は稼いだよ」

「は?」


彼女の言葉の意味を理解するよりも先に、魔王は自分の置かれている立場を理解した。

グランヒルデは彼を止めるつもりでもあったが、時間を稼ぐことも兼任していたのだ。彼らの完全回復までの時間を。

そう。魔王は完全に取り囲まれていた。


切り飛ばされた腕を完全に接合した磔の目は怒りに満ちていた。


今だに自分を心の何処かで信用している幻真は戸惑いの色が混じった目をしていた。


記憶がどうあれ自分の障害なりうる魔王を桜は決意を決めた真っ直ぐな目で見つめた。


仲間を操り、その仲間に攻撃をさせた非道の魔王を豊姫は侮蔑の感情が篭った目で睨んだ。


魔王が善か悪か、分からないにしろ自分の敵なりうる彼を未来は冷徹な目で見つめる。


一人でここまでの人数と強者を相手に掻き乱した魔王を、ベントは何かを期待する視線を向けた。


今までの魔王の行動に疑問を抱いている剛は、彼の行動の真意を求めるような視線を向けた。


そして、終作を完全に取り押さえたパルスィ は怒りと嫉妬ーーーー緑眼を憎悪で濁らせていた。


「ごっめ〜んアルマくぅん! 捕まっちった!」

「黙ってて終作。あなたの奇行は後で聞くわ。それよりも今はこの魔王よ」

「そうさ。俺の右手を切り飛ばした挙句、さとりを傷つけた代償はでかいぞ!」

「ふむ。まるでもう勝った気でいるようだが?」

「頭のネジが飛んでるんじゃないの? この戦力差でまだ勝てるとでも?」


未来の意見は尤もだ。

しかし、剛だけは感じていた。この魔王なら何かし得ると。


「勝つ? ギヒッ! 俺は勝つ気なんか毛頭ねぇよ!!」


パチンと指を鳴らすと地面から先ほどグランヒルデの雷剛によって消されたはずの感情の怪物達が飛び出した。


「まだ生き残りがいたか!?」

「けどたった八匹なら私一人でーーーー」

「桜下がれ!!」


幻真が桜の服の襟を掴み、後ろに下げるように引っ張ると彼女が立っていた地面がバクンとかじる音と共に抉れた。


「たった八匹だからって油断するな! あの怪物達はアルマの怪物の中でも別格だ!!」


幻真の叫ぶ声に紫色の眼をした怪物。暴食の怪物は首を傾げた。


「ペロン? なんであの子だけ記憶あるの?」

「主が言ってたろう。あれがイレギュラーだ。しかし、我を雑多の怪物達と同等に見るとは...烏滸がましい...!」


金色の眼をした怪物。傲慢の怪物は桜を蔑むように睨んだ。

その反応に赤い眼をした怪物。憤怒の怪物が笑って言った。


「はっはっは! 傲慢も怒る時があるのだな!」

「黙れ憤怒! 今は主を守るのだ!!」

「落ち着きなよ全く。マスター! 作戦通りに行くよぉ!」

「ああ、頼むぞ強欲」


青い眼をした怪物。強欲の怪物は足元に次元の狭間を作り出すと姿を消した。

それに続くように他の怪物達も行動を開始した。それぞれが主の敵を殲滅すべく襲いかかった。

ベントは怪物の一匹を抑えながら、皆に聞こえる声で叫んだ。


「テメェら! 一人一匹を相手にしろ! それなら問題なく倒せんだろ!」

「言われなくても...!」

「パルスィには悪いけど〜! こっちに来てもらうよぉ!」


次元の狭間を通って背後に現れた強欲の怪物はパルスィと終作を狭間に落とすと、また姿を消した。


「パルスィ! 彼女をさらってどうするつもりよ!」

「俺もやっと決心がついたんでな。そろそろ終わらせようと思ってよ」

「どういうこと...?」

「お前には理解できないさ」


桜の質問を流すように答えるアルマ。

その背後から次元の狭間を通り、強欲と終作が現れた。


「いや〜自由だ〜! すまないね〜アルマの強欲くん」

「別にいいよ〜。それじゃあ僕も戦おうかな!」


そう言って強欲は身の丈の倍はある大鎌を取り出すとアルマの目の前に立つ桜に襲いかかった。

突然の攻撃にたじろいだ彼女だったが、すぐに冷静さを取り戻し、強欲の攻撃を弾いて距離を取るとアルマに向かって叫んだ。


「待ちなさいアルマ! 約束を忘れたとは言わせないわよ!!」


桜の言葉にアルマは眼を見開いた。


「お前...記憶が...!?」


彼女にそう問うが、すぐに頭を抑え首を傾げた。


「...約束...? 今、私が言ったの...?」

「どうやら無意識みたいだね〜急がないと何かの拍子で記憶が戻っちゃうよ〜?」


終作はおちゃらけな態度で言った。

それに対して、アルマは真剣な表情で答えた。


「みたいだな...後は任せたぞ...終作」

「任せな。だが、お前が絶望に落ちそうになった時は全力で邪魔するぞ」

「その前に飛び降りてやるよ」


そんなやり取りにアルマは小さく笑うと終作の作り出した狭間に入っていった。

それを追おうとしていた幻真の前に立ちはだかるように終作が飛び出した。


「どけ!!」

「や〜だね〜!」









△▼△









ふむ。本格的に戦いが始まったか。


「ねぇ! 私の出番はいつ?」


慌てるな。

もうすぐお前にも動いてもらう。

......というか。本当に性格が微妙に似てないな。裏というよりも...表っぽいぞ?


「むむ! 私は正真正銘の安倍桜であり、表を支える裏の人格だよ!」


いや...うん。そういうところが俺の知ってる桜っぽくないんだよ。


「何を言うか! こういう一面もあるってことだよ!」


ああ、それでいいや。面倒くさい。


「人を無理矢理呼び出したかと思えば、文句ばかり! 何様だよ全く!」


管理者様です。


「屁理屈言うな!」


いや屁理屈じゃなくて事実。


「うるさぁい!」


はぁぁ...呼ぶ人格の方間違えたか...?

とにかくだ! お前にはちゃんと言った通り動いてもらうからな!!

お前の行動がある意味、全てを変えることになるんだ! そこんとこよぉく考えとけよ?


「大丈夫大丈夫! 私を誰だと思ってるの?」


あ、そういうのいいです。


「むかぁ!!」


はいはい。怒らないの。


「私やっぱりあなたが苦手よ」


別にいいですよ〜だ。

さぁてさて、俺はあいつらの監視に戻るか。







最後の声は誰だろうね。


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