表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

〈第4話 暴走トラック〉

 雲一つない秋空。

 絶好の買い物日和。

 そんなものがあるとすればだが……。

 まーこ、ゆーた、ゆーこの3人は、クラス役員の仕事の買い物に、自転車で来ていた。

 まーこは、特に、決まったクラス役員の仕事がなかったので、ゆーたとゆーこと同じクラス役員の仕事を手伝うことになった。

 まーこは、あれ以来、毎日、休まず学校に通っている。引きこもりを止め、毎日、自転車で登下校しているので、血色が良くなり、スタイルも良くなって、きれいになった。と、ゆーこは、密かに思っていたが、ゆーたは、何にも感じていなかった。



 3人が交差点で信号待ちをしていると、大きな赤いボールを抱えた小さな女の子が、彼女たちの左側に立っていた。そのボールが、ポロリと転げ落ち、テンッ、テンッ、と弾んで道路に出て行ってしまった。反射的に、それを追って道路に飛び出してしまう女の子。いち早くそれに気付いたゆーたが、路上で、後ろから幼女を抱き留めた瞬間、1台の赤い6トントラックが、ブレーキをかけるどころか、加速しながら突っ込んで来た。

「ゆーたと女の子は後ろに3メートル瞬間移動します」

まーこが、早口に言うと、ゆーたと女の子の姿は掻き消え、それと、ほぼ同時に、その3メートル後方に、ゆーたと女の子が出現した。いわゆる、テレポーテーションである。

「やるじゃん、まーこ」

「それより、あのトラック変よ」

まーこは、ゆーこを見ずに、トラックを目で追いながら言った。

 確かに、変だった。ゆーたたちに突っ込んできたこと自体は、信号無視でも何でもなかったのだが、今、トラックは、真っ直ぐ交差点を抜けるでも、曲がるでもなく、歩道を目指しているように見えた。

 そして、それは、見間違いではなかった。トラックは、歩道に乗り上げると、少しスピードを落とし、歩道に乗り上げると、楽しむように、逃げ惑う人々を追い回し始めた。



「な、何、あれ?」

「どういう事?」

トラックは、ある程度以上は深く入らず、車道に戻ると、他の場所を荒らし、また車道に戻り、を繰り返している。

「大丈夫。すぐに、警察が来てくれるさ」

ゆーたが、言った。言い切ってしまった。

一瞬の沈黙が流れた。

「ゆーた、あんた、今、何、言ってくれたのよ!」

ゆーこが、ゆーたの胸ぐらを掴んで、ガクガクと揺さぶった。

「す、すぐが無理でも、そのう……うぐぅっ」

ゆーこの拳が、ゆーたのみぞおちにめり込んだ。

「ど、どうしよう?」

まーこは、明らかに動揺していた。

「ど、どう? って、やるしかないでしょう?」

ゆーこだって、不安なのだが、精一杯の勇気を振り絞った。

「や、やるって、その……」

「私たちでよ。私たちと、ママチャリ3台で」

「……2台になりそう……」

「えっ?」

ゆーこは、まーこの視線を追った。そういえば、ゆーたがいない。嫌な予感がした。



 嫌な予感ほど、当たるものである。

 ゆーたは、いつの間にかまーことゆーこの近くに戻ってきていた赤いトラックと対峙していた。長い距離を置いて。

 ゆーたは、ゆっくりと自転車をこぎだした。トラックの真正面から真っ直ぐに。そして、グングンと加速していった。軽快に。ちなみに、ママチャリの正式名称は軽快車である。

 トラックの運転手にも、ゆーたの無謀な行動は見て取れた。それは、彼を面白がらせることにしかならなかった。当然、トラックも、ゆーたに向かって一直線の進路を取った。

 自転車とトラックは一直線上で、加速度的にその距離を縮めていった。

 ゆーたは、3割の計算と7割の感でタイミングを計ると、思い切り良く行動に出た。

 減速も何もしないまま、自転車の前輪の左前あたりめがけて、ハンドルを握ったまま飛び下りた。着地の瞬間、一瞬、前輪だけ全力でブレーキをかけて完全に止めた。慣性の法則で、自転車全体が前輪を軸に回転するのに合わせて、自転車をはね上げた。そのまま、ハンドルを持ち……、

「いっ・ぽん・ぜおい」

の掛け声で、自転車をトラックの運転手目がけて投げつけた。



「く、屈辱だ」

(何が屈辱なのか?)

(今、鼓動が早鐘のように打っていることか?)

(おもわず急ブレーキをかけて止まってしまったことか?)

(それとも、奴の思惑通り、自転車が運転席に突き刺さってきたことか?)

(いや、落ち着け。どれも確かに屈辱だがダメージではない。十倍、いや、百倍にして返してやる。)



「やったか?」

トラックが止まっているすきに、ゆーたは、まーことゆーこのところに、戻って来ていた。

しかし、やがて、トラックのフロントグラスに突き刺さっていた自転車は、かみ終わったガムが吐き捨てられるように、車外に放り出された。割れたフロントガラスが、雑に取り払われると、トラックはエンジンを始動した。

「に、逃げろ!」

「あんたが、運転してよ!」

自転車が2台になってしまったので、1台にゆーたが運転して、ゆーこが荷台に座り、2人乗りすることにした。

「まーこ、あんた、あのトラック、止められないの?」

「私の能力じゃ、たぶん無理。……『あのトラックは止まります』……『あのトラックはエンジンが故障します』……やっぱり無理」

「それより、ゆーた! 追いつかれて来てる」

「そりゃ、そうだよ。ただでさえ、車と自転車なのに、二人乗りじゃあ」

「それは、任せて! 『ゆーたとゆーこの体重は15キログラムずつ軽くなります』」

その瞬間、文字通りゆーたは体がふわりと軽くなるのを感じ、同時にペダルも軽くなった。

「これ、良いわね。ちょこちょこやってもらおうかな?」

と、状況をわきまえず、ゆーこが言うと、

「いいけど、これ、何分も持たないわよ」

と、まーこが、答える。

「ふーん、ん? って、ことは? だ、だめじゃーん!」



「そうでもないわ。いいこと思いついた」

ゆーこが自信ありげに言う。

「でも、作戦タイムが取れないわね」

「それも、任せて。『私たちは、一瞬で意思疎通できます』」

「ナイス、まーこ! って、危なすぎるよ、ゆーこ」

作戦の全貌を知ったゆーたが、ゆーこに言った。

「大丈夫。あのおじさん、絶対、根は良い人だって。……まーこ、お願い」

ゆーこは、まーこの目を見て言った。

「……分かった。じゃあ、いい? 行くよ! 『ゆーこは、あのトラックの前に、突然現れます』」

まーこが、そう言った瞬間、ゆーこの姿は掻き消え、次の瞬間、トラックの前に、出し抜けに現れた。

トラックの運転手は反射的に急ブレーキを踏んだ。

ほぼ同時に、ゆーたが、

「車は急に止まれないーっ!」

と叫んだ。

すると、車だけが、慣性の法則を完全に無視して、いきなり完全に停止した。

しかし、運転手には、慣性の法則が働いている。運転手は、思い切り前に吹っ飛ばされることになった。



(何なんだ? こいつら? どうなって、やがる?)

フロントガラスから身を乗り出すようになりながらも、運転手はシートベルトによって、車内に留まっていた。

「お生憎様だったなぁー! よく見ろよ。俺はなぁ、きちんとシートベルトを着用しているから、車外に放り出されたりはしねーんだよ! はぁー、はっはっはっはっ」

実は、運転手は、心中穏やかではなかった。その命綱たるシートベルトで、右肩をひどく痛めたようで、全く自由が利かなくなっていた。

(はっ! だからなんだ? 片手ハンドル何て、いつもやっていることだ。シフトチェンジだってできる。問題ない)

「さーって、今度こそ、死んだな、お前ら」

運転手が、そう言ったとき、ガィンッ、という鈍い音が響いた。

「おーい、おっさん。こっち、こっち」

見れば、最初に自転車を投げつけてきた少年が、石を持って、自転車にまたがっている。

「こっちに、おーいでっ」

そう言うと、石を投げつけて来た。石がトラックのボディーに当たると、ガィンッ、という鈍い音が響いた。

「き、貴様、……、ゆ、許さん」

トラックの運転手はエンジンを始動した。



 ゆーたは、自転車で疾走した。全力で。文字通り命を懸けて。

 しかし、ある地点で、ゆーたは、止まってしまった。

 迫るトラック。しかし、ゆーたは、それを、片手を上げて停めてしまった。

「ボーズ、何の真似だ?」

「平地で自転車、踏みつぶしたって、ただの弱い者いじめだ。面白くないでしょ」

ゆーたは、そこから、広がる道を指し示した。

「勝負しようよ。ここから続く、右曲りのダウンヒル。下りきるまでに僕を踏みつぶせなかったら、僕の勝ちってことで、どう?」

「そりゃあ、構わねぇが? 勝つのは俺だからな。しかし、何をかける?」

「何も? こちらには差し上げられるものがない」

「ハン。何、企んでやがる。まぁ、いい。勝つのは俺だ。負けた時のことなど決めるだけ無駄だ」

運転手はトラックに乗り込んだ。

「先に出ろ。3秒待ってから、エンジンをかけてやる」

「OK。スタート」



 下り坂の中腹近くにまーこはいた。そこは、下り坂のほぼ全体が見渡せた。ゆーたが、スタートすると、まーこは、

「ゆーたにかかる重力は1.3倍になります」

と、言った。

 ゆーたは、なめてかかっていた1.3倍の重力が思ったより大きいことに戸惑ったが、すぐに慣れた。

 運転手は、ゆーたが思ったよりも速いことに戸惑った。

 そして、左手1本でハンドルを思い切り右に切りながらだと、シフトチェンジできないことに、今頃、気付いた。

(しかし、相手は、自転車だ。ローギヤをベタ踏みすればいい。)

1番低いローギヤのまま、アクセルを全開にする。エンジンの回転数を伝えるタコメーターの針がグングン上昇する。

 その様子は、まーこにも、悲鳴のようなエンジン音の高鳴りとして伝わってきた。それが、十分高まった瞬間に、まーこは言った。

「あのトラックのエンジン内のクランクシャフトのおもりは、すべて30グラムずつ重くなります」

クランクシャフトとは、エンジンの回転を生み出しているはずみ車のようなもので、おもりが付いている。

そのバランスが、わずかとはいえ最高に負荷のかかった状態で崩れた。

1本、2本、と壊れ始めると、すべてが壊れるのは早かった。

かくして、トラックは停まった。



 翌日、下校時刻、学校の自転車置き場にて。

「じゃあ、2人乗りで帰る?」

ゆーこが、ゆーたに聞いた。

「まぁ、仕方ないかなぁ」

ゆーたが、ゆーこに答えた。

「ヒューヒュー」と友達が冷かして行く。

「あ、あのさ……」

おずおずと、まーこ。

「何?」

「え、えっと、学校から、ある程度離れてから2人乗りしないと、先生に注意されちゃうよ」

そのとき、

「2人乗りの必要はありません」

と、涼やかな声がした。

 声のした方を振り返ると、一人の少女がいた。

 ボブカットのセーラー服の美少女。そこだけが、暖かな春のようであった。

 よく見ると彼女が押している自転車は、ゆーたの自転車だった。

「俺の自転車? そんなバカな?」

そう、それは、2重の意味でありえなかった。

1つには、ゆーたの自転車は証拠品の1つとして、警察に押収されてしまったのだ。

そして、もう1つには、ゆーたの自転車は、滅茶苦茶に壊れ、修復は不可能なはずだった。

では、これは、何なのか? 同型の新品を加工したのだろうか? それにしては、思い出せる限りの特徴がすべて一致するし、使用感も同じくらいだ。

「これは何なの? そして、君は誰なの?」

「これは、ほんのお礼です。邪魔をしていただいた」

「邪魔?」

「ええ、特に、まーこさんには、1度ならずも2度までも」

そのとき、彼女のキュッと結んだ唇が微笑みを浮かべた。

それだけで、彼女の美しさが、冷たい氷の彫像のような狂気を帯びたものに豹変した。

まーことゆーたとゆーこの3人は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、我に返った時には、彼女の姿は、どこにもなかった。

「何だったんだ、一体?」

あぶら汗をぬぐいながら、ゆーたが言った。

「宣戦布告……かもね」

ゆーこの指差した先には、ゆーたの自転車にくくり付けられた緑色のものがあった。それは、緑のフェルトで作られた長さ5センチほどのモコモコと丸いフチの葉っぱのタグだった。ひらがなで、「ことは」という文字の形に切り抜かれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ