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B side Collection  作者:
9/10

2、グンジョウファイター (「Blue Gradation Generation」)

 陶野がジャージを脱ぐ。西岳カラーの紺色に、青と白のラインが入ったユニフォームジャージ。胸のエンブレム刺繍が日射しできらきらする。

 袖を抜くと、むき出しになった陶野の腕が凶暴な太陽光線にさらされる。すでにきれいに日焼けしているとはいえ紫外線がざくざく突き刺さる気がして、見ているこっちが痛くって、放っておけなかった。

「ねえ、塗ったら? ぼくの貸すからさ」

 日焼け止めクリームを差し出すと、陶野はにっこりした。

「ありがとう。でも、塗らんくってもだいじょうぶ。これ、光合成してるんだよ」

「いったいいつから葉緑体装備したわけ?」

 あきれてしまったけど、日焼け止めは引っこめない。もちろん人間は植物じゃないんだから光合成してるなんてのはいいわけで、陶野はただ単に塗るのがめんどくさいだけに違いない。陶野は他人のことになると色々気がついて、細かく気を配れるのに、自分自身のこととなるとけっこうぞんざいだ。

「いいから塗りゃあよ。シミになるよ?」

「君はいったいいつからOLさんになったんですか」

「あんたが気にしなさすぎなだけだろ」

「太陽にじかに当たるとさ、元気出ん? それってやっぱ人間だって、光合成できてるってことだと思わん?」

「単にビタミンDが合成されとるだけじゃない?」

 ぼくのしつこさに押されて、けっきょく陶野は日焼け止めを受けとった。細く伸びた腕に、SPF50を塗りこんでいく。そうだそれでいい。

「みっちゃんはいつ見ても美少女だよなあ」

 肩から二の腕の内側にクリームを伸ばしながら、陶野がしみじみと言った。しみじみと言うことじゃないと思うけど。ていうか「みっちゃん」なんてぼくのことをよぶのはこいつだけだ。三根みつね優紀ゆうきという、雄々しいとは言えなくとも男子と納得してもらえるに足りる……だろうちゃんとした名前があるのに。「みっちゃん」じゃまるで昭和のヒロインだ。こう呼ぶのが陶野じゃなかったら、ぼくはとっくにしばいてる。

「それ、男にはまったく褒め言葉になっとらんよ。馬鹿にしとる?」

「馬鹿になんかしとらんって。だってみっちゃんはまつ毛長いし、顔小っちゃいし、細っそいしかわいいし、こうやって日焼け止めとか持ち歩いとるし色白いし。そこらの女子よりずっと美少女だって。心から褒めとるの」

「陶野はいつ見てもイケメンだよね」

 嫌味で言ってやったのに、

「ありがとう」

 陶野は実にいい笑顔で礼を言ってきた。まったく、こいつはわけがわからん。

 でも、陶野が見た目イケメンなのは残念ながら事実だ。凛々しい顔ってのを、陶野に会って生まれてはじめて認識した。それにいつも強気で、ぼくたち部員を引っ張っていく。その上、身長。聖田より十センチ低くても、ぼくよりは高い。五センチくらい。「みっちゃん」呼びは許せても、身長は許せん。その五センチよこせ。

「あれ? 真寺しんじおる?」

 日焼け止めのキャップを閉めながら、ぐるりとあたりを見渡して陶野が言った。

「もうあと十分もしんうちに、第一試合はじまるのに。セイタぁ! そっちに真寺おらん?」

「おらん。トイレとちがうの?」

「トイレ行っとるだけならいいけど、あいつは派手な顔に似合わず気が小さいからなあ。緊張しすぎてどっかで泣いとるかもしれん。……あ、みっちゃん、日焼け止めありがとう」

「ああ、うん。ねえ、真寺さがすの手伝おうか? たぶんどっかで膝かかえてうじうじしとるんだと思うけど」

「だろうなあ。中部大会のときも、奴ってば決勝前に腹痛いって逃げ出したから」

 陶野は聖田と応崎に二年をあずけて待っているように言うと、「じゃ、うちはこっちからコートまわり探すから、みっちゃんはあっちからトイレのほうまで見てきて。見つかったら携帯によろしく」

 てきぱき指示を出してさっそく駆け出したから、その背中にかるく敬礼した。

「了解」

 ぼくもジャージの上着を応崎にあずけてウェアだけの身軽になると、走り出した。

 真寺しんじ和矢かずやは、陶野による粛清の後すっからかんになったテニス部に入ったメンバーだ。聖田がサッカー部でくすぶってた奴を、スカウトしてきた。タッパはあるし顔は女子が群がるくらいだし足も速いのに、度胸がないのと当たりが弱いのとでピッチに立つには程遠かった真寺を、サッカー部から引き抜いたんだ(あ、顔の良さは関係ないか)。

 応崎に鍛えられてテニスはそれなりにできるようになったのに、今でもまだ試合前には顔が蒼くなったり腹が痛くなったりする。今日もどこかに隠れて腹をなだめているのか、トイレで泣いているのかしてるのかもしれない。

 ――いた。

 大して時間はかからなかった。たぶん、本人も見つけてほしいと思ってるから、本気で隠れたりしないんだろう。木陰で膝を抱えている真寺に歩み寄ると、ぼくはポケットから取り出した小瓶を突き付けた。

「はじまるよ、真寺」

「……わかっとる」

「あんたが来んと、棄権しないかんくなるってわかっとる? うちら、団体戦ギリギリしか人数おらんし」

「…………」

「とっととこれ飲んで腹治せ」

 百草丸の瓶をちゃらちゃらと鳴らす。真寺は中身の味を想像したのか、とても苦そうな顔をした。男にしちゃ長めの髪をバンダナで押さえてカッコだけはキメキメなくせに、こいつのメンタルは穴だらけだ。

「おまえ、いつも百草丸なんて持ち歩いとんの?」

「いつもどこかのだれかさんが腹痛を起こすものでね」

「……優紀はさあ、怖くなったりしん? 相棒の足引っ張ったらたまらんって。自分のせいでチームが負けたらどうしようって」

「うちらには勝利の女神がついてんだからだいじょうぶだって。あんたがそうやって試合直前までフケてるほうがずっとうちらの迷惑になってるっての、知っとる? ほら、立ちゃあ。そしてとっとと飲みゃあ」

「……水は?」

「水がほしけりゃ、もどれば聖田がくれるだろ。ほら、まずは立ちゃあって」

 百草丸をおしつけて、携帯を取り出す。ワンコールで陶野が出たので真寺を確保した旨とすぐに戻るからと簡潔に伝えて、まだぐずぐずしている真寺の尻を蹴っ飛ばした。

「優紀は男前だよなあ」

 しぶしぶ小走りになりながら、真寺がつぶやいた。

「陶野には美少女だって言われた。失礼だと思わん?」

「おれは顔じゃなくて中身のこと言っとるんだって。でもまあ、陶野からしたらなあ。うちの部活で一番男前なの、陶野だもんな」

「少しくらいあんたも中身の男前を見習えよ。百草丸だけじゃなくて、陶野の爪の垢でも煎じて飲みゃあ」

「陶野の爪の垢なら、百草丸よりききそうだもんな」

 コートの前で、陶野が手を振っている。間に合った。

 ホイッスルが鳴る。整列する。ここまできたら、西岳の群青のユニフォームと陶野に恥じない戦いをするだけだ。

 戦え、闘え! 勝利の女神が、笑ってこっちを見てくれるから。


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