1、アオハルデイズ (「Blue Gradation Generation」)
蝉の大合唱。焼けつくような太陽。陽の光をまぶしく反射する「全国大会」の真白い看板に、本当にここまで来たのだと実感する。
我らが主将・陶野出の顔は心地よい緊張と夏の日射しに晴れ晴れとしていて、うっかり見とれるほどだった。その細い肩に西岳男子テニス部を背負って、その折れそうな手でおれたちを引きずってきて。どんなに大変だったろうと思うのに、こんなにも晴れやかだ。
「セイタ、何ぼうっとしとる?」
いづるが振り返って、にやりと白い歯を見せた。
「西岳の副部長がそんないかにもおのぼりさんですって顔しとったら、関東の奴らにばかにされるぞ」
「ぼうっとなんかしとらんって」
「どうだか」
いづるはテニスバッグを肩に担ぎなおして、大股に歩いて行く。あいつはいつだって、おれたちの先を歩いている。
おれのすぐ後ろにいた応崎が、ぼそりと言った。
「聖田にかぎって、ビビってるとは思えんけど」
「ビビっとらんよ」
「一つ忠告しとく。てめえ、陶野の足を引っ張んなよ?」
「は?」
冗談じゃない。おれは応崎をにらんだ。
「おれは引っ張らん。おまえだっておれの実力は知っとるだろ? 部内じゃいづるに次いでナンバーツーだ。テニス歴は一番長いし、相手校の研究だってしとる。引っ張るとすれば、おれにだってなかなか勝てんおまえらのほうだろう」
応崎はとがった顎をしゃくる。
「馬鹿言え。陶野とダブルス組むことがあるのは聖田だけだろうが。てめえがビビったりぽーっとしたりすりゃあ、陶野がその分カバーしなきゃならんだろ」
「だから言っとる。おれは、いづるの足手まといにはぜったいにならんって。聞こえんかったか?」
自信たっぷりに宣言する。応崎は肩をすくめた。
「まあ、せいぜいがんばりゃあ」
「おまえもな」
かるく片手でハイタッチをして、おれたちはいづるの背中を追いかける。
中一の時、テストの結果がぼろくそで呆然としてたいづるに「テニスやらん?」って声をかけたのが、始まりだった。
「いっとくけど運動神経、ぜんっぜんよくないんだけど」
「楽しけりゃいいじゃん。別に、プロ目指しとるとかじゃないしさ。気楽にやってみん? ストレス解消にもなるし」
「ストレス解消かあ」
その部分には惹かれたようだったけど、そのときは、いづるはおれの誘いを断ったんだ。
でも結局、成り行きはどうであれ、二人でテニススクールに通うことになった。いづるはスポーツに関して天性の勘があるというわけではなかったけど、何しろすごく負けず嫌いだから、小学生のころからテニスやってるおれにまで対抗心燃やして、その努力は目を剥くほどだった。
そしてその結果が、この「全国」だ。
おれたちはみんないづるに引きずられた。というか引っぱり上げられた。というか釣り上げられた。おれたちだけじゃ――おれたちの地方どまりの技術と「どうせ」っていうモチベーションだけじゃ、こんなまぶしいところは夢にだって見られなかった。
学年考査の順位は、実はおれのほうがいづるよりも十位ぐらい高い。けど、部活でこんな高い成績を出すなんてことは、いづるにできてもおれにはぜったいにできなかった。
受付を済ませて、時間を確認する。シードじゃないおれたちは試合数が多いし、待ち時間も短いけど、それがとてもうれしい。いづるやみんなと少しでもたくさん戦いたいって、本気でそう思ってる。
蝉の声がする。砂埃のにおいがする。いづるが、振り返る。
「おうい、早く来やぁって。うちらの第一試合開始まで、もうあんまり時間ないんだから」
おれたちを急かす、けれど弾んだ声。ああ、楽しそうだ。
ここまで来たからには、全部出しつくして死ぬ気で戦って、いっしょに一番いい景色を見よう。