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B side Collection  作者:
6/10

コンプレックス (某美術部小説番外編)

「陶野さん」

 呼び止められてふり返る。そこには、顔は見知っているけれど名前までは知らない、同級生が立っていた。

「これ、陶野先輩に渡してくれる?」

 クラスさえ分からない、これまで何度か廊下ですれ違ったことがあるだけの女の子にかわいい花柄――というのは好意的な表現で、思ったままの感想を言わせてもらえば、子どもっぽくて派手な色使い――の封筒を差し出されて、私は反射的に眉をひそめてしまった。

「ファンレター? それともラブレター?」

「両方」

 ついさっきまで一度だって私と口を利いたことはなかったというのに、彼女はさっと頬を染めて、まるで親友に恋愛相談をするかのように言った。

「もっとシンプルなほうが、陶野先輩の好みかな? 封筒も便箋も、すごく迷ったの。でも陶野先輩は競争率高いし、気持ちを伝えるなら少しでもかわいくて目立つ柄のほうがいいと思って」

「……兄さんには、付き合っている人がいるのよ?」

 舞衣子先輩という、付き合って三年になるれっきとした存在が。

 けれど私の目の前の恋する乙女は、チークをはたいた頬をますます赤くして息巻いた。

「そんなの、関係ないじゃない! あたしは想いを伝えたいだけなの」

 喉元まで出かかった「関係あるよ」っていう台詞は、呑み込んでおいた。客観的、一般常識的には大いに関係あることだとしても、彼女にとっては、微塵も関係ないにちがいない。

 彼女はこうやって手渡しで託すだけ、私の机やロッカーに無言でポストインするがごとくラブレターの類をつっこんでいく人たちよりずっとましだ。

 だけれど。

「想いを伝えたいなら、直接兄さんに渡せばいいのに」

 私は至極もっともなことを言ったのに、「できるわけないじゃない!」と素っ頓狂な声が返ってきた。

「だ、だって、陶野先輩なのよ? 陶野先輩は優しくしてくれるに違いないけど、あたし、先輩の前で失敗しちゃったら、立ち直れないよ。そうしたら、一貫の終わりじゃない」

 いったい何が一貫の終わりなのか私にはよくわからなかったけれど、そろそろ無駄話に時間を遣いたくなくなってきたので、私は手紙を鞄に突っ込んだ。

「わかったわ。渡しておく。それでいいんでしょう?」

「ありがとう陶野さん! いつかきっとなんか奢るよ」

 彼女は嬉しそうに跳ねて走って行った。

 私に兄さんへファンレターやらプレゼントやら託す子たちはたいてい「お礼に奢る」とか何とか言うものだけれど、私は彼女らに奢ってもらったためしは一度もない。もちろん、わざわざこちらから思い出させて、奢ってもらうつもりも毛頭ないけど。

 どうせ、家に持って帰ったら兄さんの部屋のプラスチックのゴミ箱に開けられもせずに捨てられてしまう運命なのに。兄さんが彼女らに気を留めることなんてありはしないのに。

 それでも、兄さんのまわりにはいつも黄色い声が飛び交う。それを、ちょっと羨ましいなって、思ったことがないといえば嘘になる。でも母さんの美質は兄さんが全部持っていってしまったから、私の分は残っていなかった。私は兄さんと全然似てない。自分の容姿は悪くはないとは思うけれど、それはあくまで「悪くない」であって、美人にはきっと決してカテゴライズされない。

 はっきり言って、兄さんは美人だ。色素の淡い髪、端正な面立ち、優しい目見、バスケットを始めてすらりと伸びた背、しなやかな筋肉。

 それでもって、ポジションはバスケ部のキャプテンだもの。もてはやされないほうが不思議かもしれない。でも、もてはやされる条件が整った人の妹って、やっぱり少し、つらいわ。

「なぁに暗い顔してるのかな? 早音ちゃんは」

 美術部のドアを開けた途端、日本人形のようにつややかな黒髪を切りそろえた笑顔に、ぶつかった。

「ほら、ほら、笑って! 幸せが逃げるよ?」

斗和子とわこが羨ましいよ」

 油くさい長机に突っ伏したら、美術部の栄えあるキャプテンにして心強い相棒の斗和子になぐさめるように肩をたたかれた。斗和子は一人っ子だ。

「また陶野先輩宛ての手紙か何かを預かったの?」

「ご明察」

「そこのゴミ箱に捨てとけばいいじゃない」

「掃除当番に見つかったらどうするの」

「じゃあ、コピー室のシュレッダーにかけちゃえば? どうせばれないわよ」

「良心が痛むのよ」

 斗和子はくつくつと上品な笑い声を立てた。

「早音ちゃんは優しいからねえ」

「優しいんじゃなくて、自分で良心が痛むのが嫌だから持ち帰って兄さんに渡すだけよ。単なる自己防衛の手段。優しいんじゃないわ」

「優しいって、自分で判断するものじゃないよ」

「斗和子は優しいわよね」

「ありがとう」

 にっこり笑んだ斗和子に少しなぐさめられて、私は身を起こす。そして傍らの、手紙が入っている鞄を眺めた。

 さっきの彼女は、兄さんのことを優しいといった。「陶野先輩は優しくしてくれるに違いないけど」、と。けれどそれは兄さんの上っ面しか知らない女子の幸せな誤解で、陶野隼人は万人に優しい博愛主義者なんぞではない。むしろ私が中継したラブレター、ファンレターの類を「資源の無駄遣いなのになあ」なんて言いながら笑顔でゴミ箱にぶち込める人だ。

 兄さんが優しくするのは、ごく一部の人間に対してだけ。それなのに兄さんはあこがれられ、もてはやされ、好意を寄せられ続けている。

 兄さんが羨ましくはないと言ったら嘘になる。兄さんを妬みたいとも思う。でも、兄さんは私に特別優しいから、兄さんは私に嫉妬させてくれないくらいに完璧だから、つらいのよ。


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