君はどこまでも飛んでゆける (某美術部小説番外編)
「全国出場決定おめでとう」
祝福の言葉をかけると、二つ年下のいとこの出は素直に照れた。
背が伸びたな、と思う。中学入学前の春休みに遊びに来たときは私よりもだいぶ小さかったのに、今ではゆうに追いこされてしまった。やっぱり、スポーツをやっていると伸びるのかもしれない。
「地区大会優勝だけでもすごいと思ったのに、県大会でも優勝だなんていうから。西岳学院って、もともとテニス部強いところなの?」
「ううん、全然」
出はコーラの氷をかき混ぜながらあっさり言い放った。
「早姉だって知っとるくせに。西岳は文武両道じゃなくって、“文”に思いっきり傾いとる進学校だって。テニスに限らず運動部全部ひっくるめても地区大会で表彰台に上がった人数より、東大進学者数のほうが多いんだから。まず部活やらん子が多いし大会に出ん部活がほとんどだし。部活は学生生活のスパイスみたいなもんで本命は勉強なんだよ、ふつうの西岳生は」
「そんな西岳生なのに、出たちは全国出場を決めちゃった、と」
「そう。決めちゃった、と」
出はいたずらが成功した子どものようににやにやした。
このいとこは小さい時からとても優秀で、中学受験をして県内トップの偏差値の私立中高一貫校に入学した。しかしいったい何がどうなったのか中学一年生の夏にテニスに目覚め、しかも一年生にして部を牛耳ったという。戸惑う部員たちを引っぱって、三年生になった今年、ついに団体の部で全国大会出場を勝ち取った次第だ。
今日は部活の仲間と全国大会の会場を視察しに来たという。その仲間は新幹線で帰ったものの、出だけはせっかく近くまで来たのだからということで、泊まっていくのだ。
「ねえ。どうしてテニスを始めようと思ったの?」
私がたずねると、出は飲み終わったコーラのグラスをわきに置いて腕を組んだ。
「んー……きっかけは、いろんなものの積み重ねなんだけどさ。もともと、隼兄がバスケやっとるのを見て、すっごいかっこいいって憧れとって」
そう。出も昔から兄さんのファンだった。
「中学入ったら運動部やりたいなあって何となく思っとったんだけど、勉強が忙しすぎて部活なんてちっともやれんくて。けど、いくら勉強したって、上には上がいるのが西岳でさ。テストが悪くてうじうじいらんことばっか考えるようになって腐っとったら、友だちが『テニスやらん?』ってさそってくれたんだ。さそってくれたそのときは断ったんだけど、そいつが部内でいじめにあっとるのを偶然目にしてから、なんかもう腹が立って仕方なくて。後輩いじめとか陰湿でガキっぽいことしとるくせに西岳生を名乗るだなんてゆるせんかった。だから汚らわしいそいつらを追い出す一環として、始めたといやあ始めたかな。ほら、外部から圧力かけるより、内部からのクーデターのほうが効くと思わん?」
長広舌。……たしかに積み重ねだ。汚らわしい先輩とやらをたかだか中学一年生がどうやって追い出したのか非常興味深いけれど、知るのが怖い気もするので聞かないでおく。
「ねえ。早姉、全国大会でのうちらの勇姿、見に来んの?」
不意に、出が真正面から私を見つめた。
「っていうか来やぁよ。うちら、強いよ? 見んかったら絶っ対、後悔するに」
そりゃあ……強いのだろうと思う。特に出は。いったいどれほどの訓練と努力をおのれに課して、ここまでやってきたんだろう?
出は、個人戦で全国に出場しようと思えば、おそらく去年だってできたはずなのだ。それなのに、それをしなかった。しようとも考えなかったという。「だってみんなで行かんかったら、うちがテニスやってる意味ないじゃん?」――出の頭の中にはハナから、仲間を差し置いてひとりだけでテニスをやるなんて可能性は皆無なのだ。
「早姉が来てくれたらうちの部活のみんなも、キレイなお姉さんが応援に来たって気合入るよ」
「残念ながら、大してきれいでもないお姉さんたけど」
「いやいや、冗談抜きでさ。早姉、見に来ん? 大声で応援しんくっても、そこにおるだけでいいからさ」
出がにっこりする。
そしてきっと私は、応援に行ってしまうのだろう。美術部員であることに私は誇りを持っているけれど、美術部でしか味わえない青春があるように、運動部にしかない青春もあって。出とそのチームメイトが決戦の舞台で見せてくれるだろうまぶしさを、見たいと思ってしまったのだから。