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B side Collection  作者:
3/10

その手のひらを、いつか (某美術部小説番外編)

その手のひらを、いつか    俺だけのものにできますように



「失礼しまーす」

「平坂君、いますか?」

 美術室のドアが開いて、女子の頭がふたつのぞいた。ふたりとも、見たことない顔だ。俺のクラスじゃない。それなのになんであいつらは俺の名前を知ってるんだろうなんて考えるのもめんどくさくてやめた。ただでさえ梅雨はじめじめしてて何やるのもめんどくさいんだから、面倒なことをわざわざ増やす必要もないんだ。

「翔吾君、お客さんよ」

「聞こえてますって」

 早音先輩が俺を呼ぶから、しかたなく俺は突っ伏してた机から起き上がった。外は雨でも、こうやって長机に腕を組んで枕代わりにして、早音先輩が絵を描いてるとこを眺めてるのは、それはそれで心地よい空間だったのに。何で見ず知らずの奴らのためにその心地よい空間を壊されなくちゃいけねえんだちきしょうとか心んなかで毒づきながら俺は廊下に出た。

 一年の女子が二人、ラッピングされた包みをそれぞれ持って、廊下できゃあきゃあ言っていた。声、ひそめてるつもりなのかも知んないけど、正直耳障りだった。

「平坂君。あ、あのね」

「誕生日、おめでとう。どうしてもプレゼントを渡したくって」

 誕生日? ――ああ、そういえば今朝母さんがそんなこといってたっけ。ケーキ買っておくからショートケーキとチョコレートとどっちがいい? とか何とか。俺がどうこう言う前に妹と弟が「チョコ!」って叫んだから、成り行き上チョコレートケーキに決定したんだった。

自分の誕生日もぼんやり忘れかかってた俺の前に差し出されたのはクッキーでも入ってそうなピンクのセロファンの包みと、中身のわからない紙袋。受け取るべきかどうか悩んだけど、悩んでるうちにふたつとも俺の手のなかに押し付けられてた。女って、こういうとき強引だ。俺が一言もしゃべんないうちに、女子は二人とももういなくなっていて、廊下には俺一人だけだった。

「あの子たち何だったの?」

 美術室にもどると、早音先輩がキャンバスと向かい合ったままで訊いてきた。今日はもともと活動日じゃないから、美術室には作品をはやく仕上げたいってことで自主的に出てきた早音先輩と、その早音先輩と二人っきりになりたいがために来てる俺しかいない。俺は包みを机の上に転がして、早音先輩のそばの机にまた突っ伏した。

「……誕生日プレゼント、渡しにきただけらしいっすよ」

「誕生日? 翔吾君、今日誕生日だったの?」

「実はそうだったりしたらしくて」

「そう。おめでとう」

「アリガトウゴザイマス」

 おめでとう、って、せっかく早音先輩が言ってくれるのにそんなどうとも思ってないようにさらっと言われてしまうと、ものすごく切ない。名前も知らないあいつらからプレゼントもらうよりも、早音先輩から一言、ちゃんとおめでとうを言ってもらえたほうが嬉しいに決まってるのに。

「早音先輩」

「ん?」

「プレゼント催促しちゃ駄目ですか?」

「プレゼントは催促するものじゃないじゃないの」

「でも」

「でも?」

「俺は先輩からのが、一番ほしいのに」

 早音先輩はエサをねだる犬や猫でも見るような眼で俺を見下ろして(ちょっと傷ついた)、一瞬何か考えるみたいにまばたきして、何を思いついたのか俺の頭に手を伸ばした。

「――――?」

 先輩の手のひらが、頭に触れる。先輩の指先が俺の髪をくしゃくしゃにする。

 心臓が口から飛び出そうって表現は、あながち間違いじゃないって思った。肋骨に響くくらいにがんがん脈打ってて、鎖骨の下の辺が痛い。どきどきした。だから本当に犬や猫みたいに撫でられてるんだと認識するのに、ちょっと時間がかかった。

「……何なんすか」

「お金のかからないプレゼントのつもり」

「犬猫みたいに撫でるのが?」

 俺がむくれると、早音先輩は喉で笑って言った。

「犬猫みたいに扱ったつもりはないのよ。翔吾君は嫌い? 撫でられるの」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「私は結構好きなの。小さいころから、私が聞き分けのないことを言うと、兄さんがこうやって撫でてくれるの。そうするとなんだか我がまま通す気も失せるのよね」

 聞き分けのない我がままな子ども扱いされたようで癪な気がしたのと早音先輩から触れてくれて嬉しかったのとで、その日一日は、複雑かつ微妙に嬉しい誕生日となった。

 夕食後にチョコクリームのケーキを食べながら、早音先輩の誕生日には何か気の利いたプレゼントを用意したうえで、絶対に忘れずに先輩の頭を撫でてやろうと、ひそかに決心したりして。


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