prejudice
☆
「先入観の利用よ」
男たちを呪文で拘束しつつサラは言った。
「魔法使いといえば、杖と帽子とロングスカート、そして何より魔法。弱体化や私が女ということもあって、私を襲ってくるやつらは皆揃って油断に油断を重ねてやってくる。恰好の獲物、なんでしょう? よくはわからないが、弱くなっているという魔法を使う女の子。でも皆忘れてるのねェ、私が何年も続けてこの舞台に立っていることを。――ここに立つまでにもいろいろな試験があって私はそれをずっと合格し続けていたのよ? 登竜門と呼ばれる狭き門を。私が本試験に参加できなかったのは、ペアになってくれる子が一人もいなかったからに過ぎない。力を少しも出さずに落とされてきたのよ? やっと全力を出せるわ。……あっ! さっきのも全力なんて出してないわよ? かなり力加減してたのよ」
一口でそう言い終えて、サラはユエに流し目で見つめた。そして悪戯っ子のように口元を緩めた。
「後悔しなくて済そうでしょう」
「そうだね」
素直にうなずく彼に満足そうにして、サラは自慢げに胸を張った。「そうでしょうよ」
それから倒した男共を大会管理委員に引き渡して、目的地へと急いだ。
「男たちはどうなるの」
ユエの問いにサラは素っ気なく答える。「然るべき罰を受けるでしょうよ」
今はもう大会に集中したいようだった。
「興味ないの」
「ないわよ」
「――へんなの。こんな会話前にもした」
くすりと笑みを零すユエを、サラはそっと一瞥する。その目は優しくはあったが、どこか不安要素を抱えたような色が浮かんでいた。それに気づかずユエはまた質問を重ねた。
「さっき先入観の話、してたよね」
「ええ」
「でもさ、そんなに強いなら、どうして油断させるようなことをするの」
それを聞いてサラは急に立ち止まった。そして深く項垂れた。ユエもまた立ち止まり、何かあったのかと覗き込んだ。その銀髪の頭をがしがしと撫で回してから、サラは叫んだ。
「勝つ可能性を少しでも上げるためよ! 自信があるからって力をみせびらかす莫迦はいないの、とっておきは取っておくもの、能ある鷹は爪を隠す! わかった?!」
「いたいよサラ……」
「お仕置きですよユエさま――。少しは自分で考える癖をつけなさって。いつだって答えが与えられるわけではないのだから」
「……うん」
どこか淋しそうにするユエに、サラは仕方ないと息をついて、持っていた杖をユエの前でかざした。サラは彼を一瞥する。
「一見ただの杖」
「うん」
「これをね」
親指で器用に、はまっていた赤い石を撫でるようにして回した。すると杖の先が木から鉄の刃に変わっていった。ユエは驚き、サラを見た。
「一応これも魔法の一種ね」
それから、とサラは自分の長いスカートを軽く持ち上げた。ユエは咄嗟に目を逸らしたが、彼女に促されて視線を戻すと、スカートの下はズボンになっていた。
「動きやすくなってるの。ブーツもヒールは低いし、足をしっかり固定してくれてる。ピアスは通信機能なんかも持ってるし色々便利」
わかった? とサラは苦笑した。少なくとも彼の気は済んだだろう。再び駆け出そうと足を上げたサラに、彼は容赦ない質問をぶつける。
「その帽子は?」
立ち止まる。そしてユエの頬を両手で挟み、叫んだ。「これを取ったら魔女じゃなくなるでしょう!」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
納得がいかないらしい不服そうなユエの表情を見て、サラはまたため息をついて、帽子を脱ぎ何やら呟き始めた。そして再び被り直す。
「あなたがそう言うから、オプションつけといたわよ」
「何?」
「秘密よ」
目的地が見えたサラは速かった。ユエの手を取り駆け出した。質問の時間は終わりとでも言いたげに。ユエは変わらず不服そうだった。
☆
「遅かったね」
小屋に入ると、青いエプロンをつけたひげ面の男がいた。金髪で若く、人の良さそうな笑みを浮かべている。サラは走った勢いのままに尋ねた。
「私たちは何をすればいいの?!」
「おお、元気だな。まあ椅子でも座って落ち着けよ」
ユエは勧めに従って乱れた呼吸を整えようとしたが、それを妨げるようにサラが叫んだ。「とてもじゃないけど落ち着けないわ」
「いやいや……。お坊ちゃんはすごいお疲れの様子ですよ」
「とてもじゃないけど私、落ち着けないのよ、いい? 私たちが遅れを取ってるのはもうわかってるの。それで、制限時間は? 合格するために何をしなくちゃいけないの? ねえもしかしてもう優秀者が出たりした?!」
「いやいや出てませんって。――少なくとも焦って戦うような大会じゃありませんよ、これは」
笑う男にサラは興奮をぶつける。「何それ」
「頼むから休んでくださいよ、これから説明しますから」
「……わかったわ。ユエ、座って。私はいいわ」
ユエは脚の高い椅子に腰かけ、息をついた。大変そうだなと男に微笑まれ、サラに見つからないように頷く。
小屋の中は小さな喫茶店のようであった。コーヒーの香りが充満していて、部屋の温度は高い。走ってきた二人にとっては暑いくらいであった。席はカウンター席とテーブル席があり、客は誰もいなかった。
それから、カウンターから男は二人にコーヒーを出し、飲むように勧めた。ユエは有難く受け取ったが、サラは拒否した。まあそう言わずにと男が笑うが、サラは首を振った。
「猫舌?」
二人が声を合わせて尋ねるが、繰り返し首を振った。
「飲めないの」
「コーヒーを?」
「苦いのだめなの」
心底嫌そうな顔をしてサラは白状した。いつの間にか意気投合した男二人は楽しそうに吹き出し、笑い出した。
笑いがおさまったところでようやく説明がなされた。
「この大会では、開催期間を三週間としていて、とあるものを持って来られた者のみを判定対象とします。抜け駆けなし、三週間が終わってから結果が出されます。その時、この国の王と面会することになりますね。失礼のないように。――まあ、それまで動いていられたらの話ですが」
乾いた笑い声を上げるサラ。苛立っているが、そこはさすがというところか、笑顔の仮面を張り付けている。
「とあるものって?」
男はしゃがんで何かを取り出し、カウンターの机に置いた。それは三つのもの。一つは、白く丸い粒。二つめは植木鉢、そして最後に大きな布。二人は顔を見合わせて、説明を促した。
「この白い粒があるだろう? これが今回のキーだ。こいつはどんな環境状態でも華を咲かせるという非常にレアな植物だ。そしてこれが咲かせる華はなんと決まっていない。誰がどの土でどの水で、どんな方法で育てるかによって、色が変わっていくんだ。まずはこれが華を咲かせられるように頑張ることだな」
「え……」
絶句する二人の肩を男はポン、と叩いた。
「この植木鉢には持ち運び専用のバッグみたいなのがあるから、それに入れて持ち運べ。いいか、大事に扱えよ、これがないと合格できねぇからな。敵を減らしたいやつらは皆これを狙って攻撃するだろうから、死守しねぇとな」
「――ともかく華を咲かせたらいいのね」
ここでも、のみ込みが早かったのはサラだった。
「そうさ。咲かせたら、まあ王城を目指せばいいだろう。それからも色々やらなきゃならないことがあるが、ともかくはそこまでが目標だな」
「どうやったら華が咲くの?」
身を乗り出し尋ねる彼女に男は不敵に笑って見せた。白い歯がやけに目立つ。
「さあ知らない」
「はあ?!」
男は笑う。
「条件はさまざま。種によって色々違うんだよ。だからわからない。予測不能。だからこの植物は【未知の植物】なんて呼ばれてる。売ったら即金持ちになれるが、どうする、やめとくか?」
「……何それ」
ユエはとんと理解できない。まず、この大会で華を咲かせてどうするんだというところで手詰まり感を感じている。まったくもって無意味。だから参加なんてしたくなかったんだと独りごちる。
サラはというと、ひとまず華のことは置いといて、布に目をやった。
「この布は?」
しかしこの場合でも好ましい答えは得られなかった。
「それは王城に行けばわかる。行けなきゃ一生わからないままになっちまうが」
「何それ。ほんとどうなって――」
言葉を失うサラはそっと布に触れた。瞬間。
「……!」
布の上に文字が浮かんできた。まるでたった今書き込んでいるかのように記されていくそれ。しかし、その文字は一般に広く使われている文字とは明らかに違った。サラは驚愕する。
(魔法文字――……!)
魔族以外読むこともできないし知りもしない文字である。サラは食い入るように浮かび上がる文章を読んでゆく。
そして再び驚愕する。何故なら宛名が【サラ=スチュアート様】になっていたからだ。少なくともサラ=スチュアートの名前を知っているのは名付け親であるユエと、倒してきた男共くらいだ。男共は魔法で意識を失わせたから、当分は目覚めないだろう。となると先読みか千里眼に近い魔法で知った以外考えられない。余程の力の持ち主であるとサラは確信するとともに戦慄する。
サラはじっと食い入るようにその文字を追いかけ始めた。そして確信する。この大会の裏側に、魔法を使える誰かがいるのだ。そしてここまでの先読みに、魔法文字の使用。あちらはこちらの情報を握っている。それもかなりの量を。――サラは戦慄する。もしかするとその誰かは、サラを上回る実力者かもしれない。
布には、一言『パートナーから目を離すな』とだけ書いてあった。
(パートナー? それってユエのこと?)
サラは首を傾げる。その様子を、ユエが覗き込んだ。
「どうしたの」
声をかけられ、正気に戻った彼女はぎこちなく視線を移す。
「文字が……」
「え?」
「あなたから目を離すなって書いてある――」
「僕?」
ユエが身を乗り出してサラの手を引きよく見ようと布に手を触れた途端、
「あっ!」
まるで紙に火をつけ燃やしていくかのようにじわしわと、しかしあっという間に文字が消え去ってしまったのだった。サラは慌てて何かの呪文を口にするが後の祭で。そして結局ユエは見えず仕舞いだった。
「消えたね」
「……」
「サラ?」
布から視線を外さない彼女は、彼の声も聞こえていない。頭の中で、何らかの要素が引っ掛かっていた。布からはごく微量だが、今も尚魔力を感じる。サラは顔を上げ、
「ちょっと追いかけてみる」
とだけ告げて飛び出していった。探知魔法で魔力の主を見つけようと考えたのだ。――
残された二人はひとまずサラの帰りを待つことにした。手持ちぶさたになったユエは再び辺りを見渡した。今度は、じっくりと。実際に立ち上がり、近づいたりして観察する。そしてユエは、テーブル席の奥にあるアンティーク調の本棚の前で立ち止まった。そこにはまばらに本が並べられていた。ユエは訊く。
「ここはシャルさんのお店なんだっけ」
男――シャルは答える。「そうさ」
「ふうん」
「本、読みたきゃ読んでもいいぞ」
「――ありがと」
早速その中の一冊を取り出し、最初から最後まで一気にバラバラと捲った。そしてまた次のものへと手を伸ばし、繰り返した。シャルはすっかり目を丸くしている。「読む気あんのか……?」
ユエは青い表紙の本を取った。例のように物凄い速さで見ていった。
――そこでふと紙の音が止んだ。
「ここに置いてある本は、植物に関するものが多いね」
「ああ、植物好きだからな。ちなみにこの種を王様に提案したのは俺」
「へえ」
「そこは凄いって俺を誉めるとこだろ」
ユエはしばし沈黙してから、話題を戻した。「所々に書き込みがしてあるけど、これシャルさんの字?」
「そうだよ。読めないだろ? 俺の母国語」
彼の目つきが変わる。
「――ね、その母国語わかる人、いっぱいいる?」
「まず、いないな」彼は即答する。
「俺くらいだろうな」
それを聞き、ユエは安堵するような表情を浮かべた。それを見てシャルはひどく怪訝そうにした。
構わず、ユエは彼女が飛び出していった扉の方を見やる。扉は開きっぱなし。話は筒抜けだろう。内緒話であっても、だ。
それでもユエは知りたいことがあった。彼女は、知りたいことがあるならまず自分で努力しろと言った。その言葉に従い、ユエは行動する。
【――ねえ、レイチェル=カールースって魔族、知ってる?】
彼が口にした言語は、彼が聞いたことのないはずの、シャルの母国語であった。
☆
第3話です(*^-')b楽しんでってください(`∀´)