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魔術と剣術


銀髪の少年の名前はユエといった。ユエは向き合って座っている魔法使いに名を尋ねた。すると、彼女からの意外な切り返しが待っていた。


「私の名前をつけて?」


急な申し出に戸惑うユエに、彼女は視線をやや上に向けて空を仰ぎ、顎に手を当てて考えるふりをして、話し始めた。「ずっと考えてたの。私を選んでくれた人は、私にとって恩人であり、大切な人になるのだから、これからあなたに仕えていきますっていう意味で、名前を授かろうって。心を一新するつもりでね」


ユエは返す。「でも君の名前は両親につけてもらった大切な名前だろう」

「えっとね、これは魔法使いの一族――私たちは魔族って呼んでるんだけど、魔族の伝統みたいなものでね、魔族は自分の名前は自分でつけるの。勿論、生まれてすぐは無理よ。だから親から仮の名前を一時的につけてもらって、十二歳を機に仮の名を捨てて新たに自分で考えた名前を名乗るの。――名前というのは、すごい力を持つものとして私たちは考えていてね、自分のなりたいものとかを込めてつけると、本当にそれが叶うの。私もなりたい自分を思い浮かべて名乗ったのよ。そして実はね、その望みが少し前に叶ってしまったの。つまり、今の名前は夢を叶え切った、力を出し切ったお守りみたいな感じ。――だから今度は名を改めて、今度は私の新たな夢とあなたの夢、両方を叶えたいと思うのよ」

「――僕の夢」

「そうよ。名をあなたから。姓は私が。どう? 素敵じゃない?」

それから、ユエはしばらく虚空を見つめて何やらぶつぶつと呟き始めた。どうやら響きの好い名前を探しているようだった。それがわかった彼女は嬉しそうに持っていた杖をいじくって時間を潰した。

ユエははっと顔を上げて、彼女を見て、その名を呼んだ。

「じゃあ、――サラ。今思い浮かんだから」


サラは花のように笑みを浮かべた。

「サラね!」

そして一度立ち上がって、ユエの前に跪いた。彼の手を取ってそこにキスを落とした。彼女の伏せたまつげから覗く瞳が細められ、一瞬で空気が変わったことをユエは肌で感じた。サラの声色が緊張味を帯びる。



「先程は失礼致しました、ユエ様。わたくしをお選び頂けたこと、身に余る光栄。決して後悔はさせませんわ。――サラ=スチュアート、この身はあなたの為に」

「……うん」

頷いたユエを見て、サラは先程までの真剣な表情が一転して、笑顔が咲いた。

「緊張しちゃった。組決めの時の失敗、取り消さなきゃって思ってたから」

「別によかったのに」

「よくないの」


それから、二人は歩き出した。渡された地図に示された場所へ向かうべく。――背後から忍び寄る影に気づかぬままに。



組決めが無事終了すると、一組ずつに一枚の地図が渡された。そこには、ここ一帯の地形が描かれていて、その中に赤い×印が大きく記されていた。周りの声に耳を傾けてみると、どうもそれぞれが違う場所を指定されているらしかった。サラたちが受け取ったものには、街の近くにある一軒の小屋の上に印があった。


「地図にそれぞれ印があると思います。まずはその指定された場所に向かってください。そこで課題が出されます。それをクリアした者が合格者、その中でも優秀な成果を収めた者から順に、順位が決まってゆきます。その他詳しいことは指定場所にいる者に訊くようにしてください。――では、始め!」


参加者は一斉に飛び出していった。サラたちも地図を見ながら、その場所へと急いだ。地図はユエが持ち、先頭を走った。


「なんの為にバラバラにするんだろう」

ユエの問いにサラは首を傾げる。そして、興味無さげに返答した。「別に何でもよいのでは?」

「気にならないの」

「うん」

「なんで」

「そんなことよりも早く行きたいからよ、私初めてここまで来られたのよ! 楽しみじゃないわけないじゃない!」

促されるままユエは走った。……しかしこの選択が誤りであると気づくのはしばらくしてから。

会場であった広場から×印までそんなに距離が離れていないはずなのに一向に着く気配がない。サラはしばらくは興奮のあまり深く考えなかったが、さすがに周りが木々で覆われた人気の無い森に入ったところで、何かがおかしいと気づいた。

「ちょっと地図貸して!」


見れば二人は全くの真逆の方向に突き進んでいたのだった。サラは頭を抱えて崩れ落ちた。「これだけの距離でどうして迷うのよ」


心身共に疲れたサラは休憩を提案し、遅めの自己紹介を済ませてから、再び立ち上がり、歩き出した。

森を抜けながら、ユエは地面を見つめたまま先を進むサラに話しかけた。

「サラは」

「ん?」

「どうしてこんな大会に参加してるの」

その声には、こんなツマラナイ大会に、という否定的な感情が込められていた。

「あら意外。ユエは乗り気じゃないんだね」

「からかわないでよ」

サラは微笑んだ。

「ふふ、ごめん。――それで? どうしてそんなこと言うの」

「だってこんなの、……何も楽しくない」


先を行きながらサラは、顎を上げて顔だけを後ろに向け、逆さまな視線のままにユエを見つめる。短い、揃っていない前髪が揺れる。

「楽しくないの。本当に? 私は今楽しくて仕方ないのに」

「僕はなんでサラがそんなに楽しいのかわからない」

「え、だって。初めて主ができたでしょ、名前もつけてもらったし、これであとは合格して最優秀者という判定を貰う。私にはまだまだたくさんやりたいことがある。素敵じゃない?」

「素敵じゃない」

否定されてサラは軽く頬を膨らませる。

「なんでよ」

「だって――」



言葉を発しようとした時、サラに遮られる。

「あなたは私がどれほどこの試験を受けたかったか、知らないから。だからそんなこと言えるのよ。何度もなんども、弱そうだから女だからと理不尽な理由で不合格にされてきた私を。……それがどんなに悔しかったか。力はあるのに、誰も認めてくれない、その悔しさ、虚しさ。とてもじゃないけど言葉に出来ないわ。――でも、今はあなたがいる」

サラは長いスカートを翻して、ステップを踏むようにして、今度はちゃんと彼を振り返った。その身軽さにユエは思わず声を失った。

「あなたがいるのよ」

「……。」

「だから、私はあなたを守ってみせるわ。選んでくれたことを後悔させない為に」

笑う彼女に対し込み上げてくるのは苛立ちだった。ユエは内心舌打ちする。彼女はわかっていないのだ。この試験はそんな可愛らしい競争ではない。血生臭いそれこそ戦争の世界なのだ。ユエの声は自然と彼女の能天気さを責めるような言い方になっていく。


「サラは何もわかってない……! この試験はそんな生易しいものじゃない……。血が流れ、傷つけ傷つけられ、騙し合い、互いを裏切ってもどうとも思わない連中ばかりが参加してるんだ。君は女性だから、他から見れば恰好の標的じゃないかっ!」

サラの表情がみるみる険しくなってゆく。「ちょっと待ってよ、女性だから弱いっていうの、それはあなたの勝手な――」

「ああそうだね、君は魔法使いの女だから、だから大丈夫だとそう言いたいの? でも君自らが言ってたじゃないか、魔法使いの力は弱まりつつあるって――」

「そうよ」


サラは否定しなかった。ただ当然のことを当然のように認める、そんな言い方。彼の言葉に対する不愉快ささえ感じられない。その目にも。彼に対する優しさのみが湛えられていた。ユエはたじろいだ。激昂されるか、大泣きされるかのどちらかだと思っていたからだ。ユエはサラを見誤っていたのだった。サラは、彼の言葉の奥に秘められた、彼自身も気づいていない感情を既に察していたのだ。


サラは落ち着いた声で、首を傾げて尋ねた。

「では何故、あなたはそんな私を選んだの」

「っ……、それは――」

「それは?」

それは、とユエが言葉を探す。サラは急かさず待った。

「それは君が、……とても一生懸命だったから」


視線は自然と落ちて足もとに集中するユエ。その足は行き場を無くして地面を軽く蹴って、何ともいえない感情をやり過ごそうとしていた。言うなれば、照れと言わされたという恥とサラの動じない姿勢に対する戸惑い。そんな入り混じった感情を持て余しながらも、なんとか言葉を紡いだ。しかしその声は今にも消え入りそうなほど、小さくあった。

「……僕、一生懸命な人が好きなんだ。……その、応援したくなる。君のところに行く子が誰もいなかったから、じゃあ僕が代わりにって思った、それだけ。ほんとにそれだけ。正直僕は最優秀とかどうでもいいし、護衛だっていらない。親がうるさく言うから、仕方なくここにいるだけで、だから、サラとは別に主人とか臣下とか護衛とかそんなのになるつもりはないんだ」

ごめん、と謝るユエ。サラは黙っていた。その沈黙に対し、ユエは聞き取れないほどの声で一言、「どうせすべて無意味だし」とだけひとりごちた。その呟きはさらには届かなかったが、彼女は疾うに心を決めていた。


風が強く吹いた。帽子が飛ばされそうになってサラはそれに手をやる。ざわめく葉の音がする。サラはそれに消されないよう、声を張り上げて、至極何でもないことのように言った。

「じゃあ、応援していてよ」

「え……?」

言葉を失うユエに、サラは言葉を重ねる。


「私の目的! ここで一等を取って、権力手に入れて、富を手に入れて、それを全部使いきってでも魔族を守ることよ。魔族は今社会的に弱者として扱われている。弱体化によって抵抗したくても力が無いから。何をしても怖くはない。――だから私が強者としてここで認められることで、魔族の立場を少しでも改善していき、魔族を保護する。そしてもう一つ。それは私個人の目的。……今なお現存する古代魔族の純血を継ぐ魔法使いたちを探し出して会いに行くこと。この為にも、金や力が要る。だから――、あなたはともかく私に協力してほしいの。応援したいと少しでも思ってくれたなら、どうか最後まで……。繰り返しになるけどあなたの安全は勿論保障するわ。絶対に。なんなら、私を護衛係兼世話係とでも考えてくれてもいいわ。何でも命令して。――だからだから、少し、私に付き合って」

訪れる沈黙。そしてそれを破ろうと、何かを決意したユエが口を開いたその刹那、


「んぐっ――……!」

「動くなよ」


何者かに背後から襲われた。口を塞がれ、手足の自由を奪われたユエの首元には鈍く光る刃が突きつけられている。まさしく一瞬。ユエはそれを見て驚き、思わず後ずさろうとするがうまくいかない。

状況を把握したサラは、すぐさま持っていた杖を敵に突き付けて、恐ろしい形相で睨みつけた。


「落第者が邪魔するとは、一体どういう了見? そんなに罰を受けたいみたいねェ。」

底冷えした声色でただ一言命じる。「ユエを放しなさい」

ユエを人質にする男がにたりと歪んだ笑みを浮かべる。

「ヤだね」

「今なら許してあげられるわ」

そんなサラの言葉に、男は合図を送った。すると木の陰から何人かの大柄な男たちがぞろぞろと姿を現す。

「森の中に自ら入ってくれたからなァ、好都合だったぜ」


げたげたと下卑た笑い声が響く。サラたちは既に囲まれていた。が、しかしサラに微塵も変化が見えなかった。唯一あるとすれば、彼女の視線がみるみる冷えたものへと変わっていっていることだろうか。男たちは動かぬ彼女を恐ろしさのあまり「動けない」のだと思い込んだ。

男の一人が話しかける。


「レイチェルちゃん、お前がオレらから奪った参加権、返してもらおうか。今なら許してやんよ」

にたつく笑みに嫌気がさす。サラは顔をしかめて吐き捨てる。「敗けは黙って認めるべきよ」

「そうはいかねェなァ」

男たちは口々にざわつく。

「お前を動けない体にして不合格者としてこの大会の管理委員に引き渡す。その穴にオレが入ると。そういったわけだ」「ちょっと待てよそれはオレだろ」「まあそれは誰が先にこいつをヤるかで決めればいいだろ」「それもそうか」

「――うん、というわけだレイチェルちゃん。大人しくオレらに潰されてもらおうか、下手に抵抗すれば命は無い!」


一対多数。尚且つユエを人質に取られ身動きできない状況。誰が見てもサラには勝ち目がなかった。――だからこそ、敵側には明白な油断が存在したし、自分たちの勝利を確信していた。


各々の武器が一斉に少女一人に向かって振るわれる。

「二つ、言わせてもらうけど」

サラはその場でしゃがみ込み、杖を握り直した。逃げるためではない。かといって避けるためでもない。

息を軽く吸い込む。

それを合図に片足で踏み込み、男たちの方へと飛び出していった。



ユエの耳に届いたのは、無数の空を切る音。見えたのは、円を描くように舞っている銀色の何か。目を細める。そしてそれが刃の形をしていることを知る。

(刀……?)

ユエはさらに目を凝らす。サラは。サラは大丈夫なのか。上がる土埃のせいで目前の状況が把握できない。

(サラ――……!)


土埃が少しずつ風に吹き飛ばされ、晴れてゆく。まずそこから見えたのは、鈍く光る刃だった。それから変わった形の柄。そしてそれを握る小さな手。その手が優美にも思える動作で舞っている。それに合わせて刀が、一本の紐のように靡いているように見える。刃が波打つ度に誰かの悲鳴が上がる。


「ひっ、ひぃっ!」

土煙の中から、顔色が真っ青になった男が出てきた。両手両足を無茶苦茶に動かし、何ものかから逃れようと足掻いていた。ユエを捕らえている男がどうしたんだと叫んで問い質すが、すっかり恐怖に染まった男の返答は喘ぐ泣き声だけで全く要領を得ない。


「一つ。私はサラ=スチュアートっていうから、もうその名前で呼ばないでね。」



サラの声が響く。同時に刃が空を切る音がした。それが辺りの音という音を消してゆくようだった。

喘いでいた男がいつの間にか静かになっていた。ユエがそちらへ視線を移すと、男はパクパクと口を開閉し言葉にならない悲鳴を上げ続けていた。男の目はある一点から動かない。


「二つ。あなたたち、あんまり魔族を舐めない方がいいわ」

男の視線の先には光る刃が。

「後悔するわよ」

音が戻ってくる。呻き声が、あちらこちらで響いている。その声を目で追いかける暇はない。


――次の瞬間には、ユエを拘束していた手が消えていた。支えを急になくしたユエの体が前のめりに倒れかけたその時、温かい何かに抱き留められた。ユエははっとして叫んだ。


「サラ!」

「はぁい」


微笑むサラに、ユエは言いようのない安堵感に包まれる。

そしてサラの背後にまた別の男が武器を振り上げているのが見えた。

襲いかかってくるのを、サラはわずかも振り向きもせず、刀を一振りして男の武器をなぎ払った。サラの杖はすっかり姿を変えていた。杖の持ち手から先が刀身になっていた。


「今時、杖振るって呪文詠唱して術が発動するまで待ってくれる敵なんていないでしょう」


彼女は不敵に笑う。


「仕込み杖」


笑う。


「今時の魔法使いなら、刀のひとつやふたつ、使いこなせないとね」

そう思うでしょうと笑いながら、サラはユエに一礼した。


「サラ=スチュアート。魔法使い兼剣術使いです」



2話目です。主人公の本領発揮です!楽しんでってください(^o^)/

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