表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一人ぼっちの王様

作者: subaya

森の中に、とても小さな城がありました。金ピカだけど小屋くらいの大きさ。そこには、金ピカの服とくつに、王冠をかぶった王様が住んでいました。


金ピカのイスにすわる王様が、とてもいげんにみちた声で、


「のどがかわいた。だれか水を持ってこい。王様の命令じゃぞ」


と、命令しました。でも、返事がありません。それもそのはず、王様は生まれた時から王様だけど、家来がいませんでした……。王様は、いげんにみちた態度でこういいました。


「うむ。だれもいないのか。じゃあ、もうよいと命令する」


王様は、もう六十年も一人ぼっちの王様でした。


ある春の日の出来事です。王様の目の前に、地面から金色の小さな花の芽が顔を出しました。


「はじめまして。王様」


と、小さな芽がいいました。


「おお。はじめまして。そなたがここに来たということは、家来じゃな!」


王様は喜びました。さっそく、王様は命令しました。


「のどがかわいたぞ。水を持ってこいと命令する」


すると、芽は小さなせきをしながら答えました。


「わたしは、まだ弱い小さな芽だからできません」

「なんじゃと?では、今すぐ育てと命令する」


王様は、少し怒っていいました。ほおずえをついていげんを見せました。


「すぐには育つことは出来ません。王様。それに、水を与えてくださらないと……」


小さな芽がいいました。王様は、とてもびっくりしました。


「持ってこいと、この王様に命令するのか?」


王様というのは、世界のものに命令だけ出来るものなのです。金ピカのイスから一ミリでも動くなんて……。


「いいえ、お願いです」

「無理じゃ。わしは王様なんじゃから」


王様は、腕組みをしていげんを見せました。それから、王様は芽と話さないように、そっぽを向きました。でも時々、せきばらいしたりチラチラと見たり、


「ウォッホン。無理じゃとわしはわしに命令する……」


と、つぶやいたりしながら。


ところが、何日かすると、芽は大きくならないどころかもっと小さくなって弱っていったのです。王様はあわてました。


「う、うむ。わかった、わかった!お願いをすることをゆるすと命令する」


と、冷や汗をかきながら命令しました。王様は、すぐに城の外に飛び出しました。一ミリも動くどころか、汗をかくほど走るなんて! おまけに、途中で金ピカのくつが片方ぬげてしまいました。王様は、かまわずに走りました。そして、縄を引いて滑車を動かし、(滑車なんて見たこともさわったこともないけど、王様はとにかくひっしだったのです!)井戸の水を、おけにくんでもどりました。


「ヒィヒィ。さあ、水をたっぷり飲まされることを命令する」


王様は、弱々しい声でいって、小さな芽に水を与えました。金ピカの服も汚れてしまって、いげんなんてもうありませんでした。


「ヒィヒィ。うまいじゃろ?」

「とてもおいしいです。ありがとうございます」


芽は、おいしそうに水を飲みました。


「ふむふむ。わしに感謝することを命令する」


元気になった芽を見て、王様はなんだか安心しました。なにせ、生まれて初めての家来。いえ、これまでだって、王様が命令すれば聞いてくれる家来はいました。


例えば、雨雲が、大つぶの雨のなみだを落とし続ける時には、


「雨雲よ。泣くのをやめて、晴れた空の心を取りもどせと命令する」


と命令すれば、その三日後には、雨雲はちゃんと、日ざしがたっぷりの晴れた空になったし、雪の降る冬の冷たさがおとずれた時も、


「きびしい冬よ。怒るのをやめて、あたたかな心を取りもどせと命令する」


と命令すれば、その三カ月後には、冬はちゃんと、あたたかな風がふく春をもたらしたものでした。でも、


「遠いせいか、命令が届くのに、ちと時間がかかったのう。しかたない。ただ、せめて返事をしてほしいと命令する……」


返事をしてくれることはなく、王様と呼んでくれる家来もいませんでした。


「王様。さあ、王様も飲んでください。のどがカラカラでしょう」

「そうじゃ、わしは王様じゃ。それは、命令か?」

「いいえ、お願いです」


芽はかしこまっていいました。


「お願い?ウォッホン。お願いと命令は、どう違うか教えるんじゃと命令する」


王様は、小さな声でたずねました。


「違いなんて、ほとんどありません。お願いは、命令を水でうすめたようなものです。それに、わたしのような小さなものが、王様に命令するなんておかしいし、気分が悪くなるでしょう?だから、お願いするんです。わたしは、そうしていただけたら、とてもうれしいと思っているんです」


「ふむ。おぬしはわしが水を飲んでくれたら、うれしいのか」


「そうです。お願いにはうれしさがあるのです」


王様は、命令をしてきいてもらうのは、当たり前だと思っていました。でも、お願いをされた通りに水を与えられた芽のうれしそうな姿を見た時、なんだか気分がよかったのです。


「お願いをされるというのは、嫌な気分がしないものじゃ」


と、王様は思って深くうなづきました。王様が、家来のいう通りにするなんておかしい!とも思いましたが……。


「わしの心は海より広いのじゃ。ふむ、さて、元気になったところですぐに育てと命令する。ウォッホン。いや、お願いする」


王様は、大きなせきばらいをしてはずかしそうにいいました。

顔が赤くなっていました。


「王様。花は、水を与えられて少しずつしか育つことが出来ないのです」


芽は、もうしわけなさそうにいいました。


「ぬ?そうなのか。仕方ないのう。なら、水を与えられて少しずつ育つことをお願いする」

「ああ、ありがとうございます。でも、自分で水を与えることが……」


芽が、そういいかけた時、


「ウォッホン。わしが与えてやってもよい。お願いなら」


王様は、ますます顔を赤くしてはずかしそうにいいました。


「ああ、うれしいです。王様が嫌になるまででかまいません。お願いします」

「ふむ、よかろう。お願いなら!」


王様は飛ぶように、また井戸に水をくみに行きました。途中に、脱げて落ちていた金ピカのくつなんて、目に入らない位でした。


一方で、芽は小さななみだを流していました。ああ、王様は何より心の広いやさしい人なんだなと、うれしくて仕方なかったようでした。


それから、王様は毎日、井戸に水をくみに行き、芽に水を与えました。汗をかき、服も汚れ、疲れもしましたが、嫌な気分ではありませんでした。それどころか、一日中、芽と話し楽しい毎日を過ごしました。


そして、小さな芽はつぼみになりました!


「おお、もう花になるのか?ワクワクしてきたぞ」

「まだ咲きませんが、もう少しですよ。王様。あと、朝が十回くるのを待っていてください」

「待つじゃと? 必要ないぞ。今すぐ朝が十回くるようにお願いしよう」

「王様。時がたたなければ、夜がこなければ、朝がくることはないのですよ」


王様は、イスのひじかけの上でほおずえをついて、ふしぎそうな顔をしてこういいました。


「おかしなことをいうのう。わしが、朝がくるように夜に命令するからくるんじゃぞ。いつも、眠って目覚めれば、ちゃんと素晴らしい朝になっておる。すごいじゃろ。まあ、それだけではないぞ」


王様は、王様の命令によってなしたたくさんのことをとくいげに話してきかせました。暑苦しい夏をおだやかな秋にさせたり、冷たい冬をあたたかな春にさせたり、おかげで世界は平和になったに違いないと。


つぼみは、少しおどろきました。王様は、だれよりも本当に王様なんだなと思いました。


「王様のわしが、嫌だと思うものは、世界のものが嫌なものじゃ。わしの命令は世界を幸せにする。だから、つぼみよ。お前も、幸せになってよいとお願いする。ふん」


王様は、鼻で息をはいて、いげんを見せていいました。


「だから今すぐ、花になるようにお願いする。朝を十回こさせるなんて、簡単なお願いなんじゃから」


「そうでしょうね。でも、わたしは少しずつ育っていく姿を見てほしいのです」


つぼみは、やさしい顔を見せました。


「ふむ……。しかし、わしは今すぐ見たいんじゃが。やはり、すぐに朝を十回こさせるようにお願いしよう」

「すぐに朝が十回きたら、十回分王様は、年をとってしまいますよ。楽しいことも、十回分なくなってしまいます」


すると、王様は笑ってこういいました。


「十回位、かまわないではないか。たいして変わらぬ。だが、お前はあっという間に花に育つ。わしも楽しいし、お前にもよいことではないか」


「よいことですか。そうですね」


突然、つぼみが少し悲しい顔になりました。


「どうしたんじゃ?楽しい顔をするようにお願いする」


王様はいいました。

つぼみは、小さくうなづいて笑顔を見せましたが、すぐにまた悲しい顔になりました。


「……わ、わかった。お前がいうなら、わしも待つようにわしにお願いする。だから、そんな顔をしなくていいとお願いする」


王様は、あわてていいました。


「はい、王様」


つぼみは、ようやく笑顔になりました。


「そう、わしは王様じゃ。それでよい。王様のお願い通りに、笑顔でいろとお願いする」


王様は、ひっしに何度もうなづきました。いげんを見せるのを忘れていた位でした。


「さあ、王様はつかれているでしょう。眠ってくださいませ。お願いです。王様」


つぼみは、何度も王様とよびました。

つぼみは、早く花になった自分の姿を見せたいと思っていました。水を与えてくれる王様に出来るゆいいつの家来としての仕事だからです。さぞかし喜んでくれることでしょう。


「ふむ。眠ってほしいことをお願してよいとお願いする。だから眠る。お前も眠って、出来るだけ早く花になってほしいとお願いする」


王様は、イスから立ち上がると、つぼみのそばにしゃがみこんでいいました。王様は、つぼみが家来であっても、大切な存在だと思っていました。


「はい。王様のお願いなら。おやすみなさいませ」


でも、つぼみはまだ……、つぼみでありたいとも思っていました。


朝がきて夜がきて、また朝がきて夜がきて、そして、十回目の朝がきた時、王様は飛び上がって大喜びました。


「おお、こんなにきれいなものを見たのは初めてじゃ。よくやった」


つぼみは、とてもきれいな金色の花になったのです。


「王様のおかげで、花になれたのです。さあ、命令してください」


花はいいました。


「ふむ。そうじゃな」


王様は、ほおずえをついたまま、思いつかずに困ってしまいました。


「ふむ。命令してほしいことをいうことをお願いする」

「王様の命令なら、掃除でも、水をくんで持ってくることもします」


花は、すきま風に小さくゆれていいました。


「だめじゃ。そんな仕事はさせられんし、命令出来ん。小さな体では、つぶされてしまうではないか」


王様は怒りました。小さな花が、水が入った重いおけにつぶされてしまう姿を想像しただけで、身ぶるいしてしまいました。


「そうじゃ!では、おとなしくきれいな花として咲いていることをお願いする」


王様は、名案だとばかりに手をたたいていいました。花は、王様のために何も出来ないことに、少しだけがっかりしました。でも、


「きれいに咲いているのが、おぬしの立派な仕事じゃ。わしは満足する」


とても幸せでした。

それから、間もなくでした。夜がきて朝がきて、また夜がきて朝がくるたびに、花の花びらは、静かにしおれ落ち始めたのです。王様は知りませんでした。王様は、世界のすべてのものの王様であるとしても、力がおよばないことがあることを知りませんでした。


「どうしたというのじゃ?朝がくるたびに、小さくなっているではないか。変わらずに花として咲き続けることをお願いする」


王様の顔色は、青くなっていました。


「王様。わたしは、もう散ってしまいます。散ってしまえば、もう王様の命令をきくことも出来なくなります」


花はいいました。


「では、散るなとお願いする。命令ではない」


王様は、大きな声でいげんたっぷりにいいました。すると、花はこういいました。


「そればかりは、無理です。王様にとって十回朝がくることは、わたしにとって百回朝がくることなのです。たくさんの生きるものにとって、同じ流れる時間でも、生きる長さは違うのです」


王様は、何も言えませんでした。花の言葉の意味は、わかりませんでした。


「わたしは、始まりがあって、今日終わってしまうだけです。咲き続けることは出来ませんが、また咲くようにお願いしてください。王様の願いならかなうでしょう」

「そうじゃ、わしは王様なんじゃ。散るな。命令じゃ。王様の命令は絶対じゃ。芽にもどれと命令する!」


王様は、泣きながら命令しました。花にも王様にもどうすることも出来ませんでした。


すきま風が花をゆらしました。その瞬間、花はきれいに散ってしまいました。王様が生きてきた中で、一番きれいな光景でした。王様は、空に向かってこう命令しました。


「昨日にもどれと命令する」

 

何度も何度も命令しました。

そして、夜がきて王様は疲れ、眠ってしまいました。


朝がきて目が覚めた時、王様は、今日のままだとわかりました。

花は散ったままだったからです。


「昨日にもどれといったのに、今日のままではないか!」


それから、王様は何十回朝がきても、花が散った日だと思い続けながら、


「昨日にもどれと命令する」


と、ひとりごとのように命令し続けました。


そして、ある日の朝がきた時、王様は飛び上がって喜びました。地面から緑色の小さな芽が顔を出していたのです。それどころか、たくさんの芽が顔を出していました。


「はじめまして、王様」


と、小さな芽たちがいいました。


「はじめまして」


と、王様もいいました。王様には、すぐに小さな芽があの花ではないとわかりました。

あの一りんの小さな花が、芽だった頃の姿や色を忘れられなかったのです。一度きりの初めての家来だったのです。たくさんの芽は、あの芽にとても似ているけれど、全然違うのです。

王様は、すぐに水をくみにいきました。たっぷりと芽に水を与えました。


「ああ、おいしい。ありがとうございます。王様」


王様は決して、すぐに花を咲かせるようになどとは命令をしませんでした。


王様は、あの花を忘れないために、毎日小さな芽たちに水を与えました。

そして、小さな芽が、花を咲かせるのを待ちわびながら一生を過ごしました。



  


                                            了



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ